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第三話

 小奇麗な木造の扉を開け、清掃が行きとどいた廊下を歩く。小奇麗、と表現すればいいのだろうか。年季を感じさせる木造建築だったが、所々に花瓶が置かれていて、どこか華やかな雰囲気で満たされている。とはいえ、貴族の館である。玄関はどこだろう、と不審者さながらにうろついていると、これはこれは、と穏やかな声がペルルに掛けられた。

「あ、どうも……」

 悪事を企んでいる訳ではないけれど、どこか気まずさを感じて振り返る。初老の男性だった。腰に帯刀しており、一目でそれなりの業物だと分かる。

「もしや、エルフ殿かな。体調は良くなりましたか?」

 引き締まった体と芯のある声には年齢を感じさせない。ただ、穏やかな瞳と真っ白に染まった頭髪だけが年相応に思えた。

「お陰さまで」

「フランソワ様が突然お連れした際は驚きましたが、ようございました」

「あの子、私を一人で担いできたの?」

 尋ねると、まさか、と男性が口元を緩めた。

「伝書鳩を使いましてな。緊急事態だからと呼びだされてみれば、貴殿が倒れていた、という訳です。申し遅れましたが、吾輩はビックスと申します。シャルロイド公爵家に仕えております」

「私はペルル。見ての通り、エルフだよ」

「ええ、存じております。それで、ペルル殿はどうしてアリアに?」

 えと、と答え、フランソワに話した内容を簡潔に繰り返す。かしこまりました、とビックスが答えた。

「でしたら、すぐに船の手配をいたしましょう。吾輩の部下に伝えておきます」

「ありがとう。でも、少し散歩をしたい気分だから、港には自分で行くよ」

「そうでしたか。それではお気をつけて。最近はバクの姿も多くなっておりますからな」

「増えているみたいね」

 そこでペルルは顔を曇らせた。

 バク。ミルドガルドに跋扈する魔物の類である。古来よりミルドガルドに生息している種族ではあるが、通常の魔物や野生動物とは大きく異なる特徴を持つ。その姿はまるで影に生命を吹き込んだかのような漆黒で、姿かたちは個体ごとに異なる。狼のような姿をしていたかと思えば、馬のような姿をしているものもある。あまつさえ、人型のバクすら存在するという、特異な存在であった。ミルドガルドにおいてはどの国においてもバクの被害が発生しており、各国王、領主はバク対策が他の政策類と同様に頭痛の種となっているのだ。

「流石にチョルルにまで侵入するバクはいないとは思いますが、用心に越したことはありません」

「そうするよ」

 ビックスの忠告をありがたく受け、ペルルは屋敷を後にした。武器があれば良かったのだろうが、愛用の弓はやはり他の荷物と同様に海の底に沈んでしまっている。この街にいる間はともかく、今後も旅を続けるにはやはり護身用の武器は持っていた方がいいだろう。安く買えると良いけれど、とペルルは思った。

 ビックスが教えてくれたところによると、シャルロイド公爵邸は街の外れに位置しているらしい。もともとはチョルル港の防衛拠点なのだ。公爵邸の敷地はそのままチョルル街の境界となっており、広大な敷地内には戦時に立て籠るチョルル城が聳え立っている。ペルルが運ばれたのは普段使いする生活用の屋敷で、軍事拠点としてはチョルル城の方が重要なのだ。

 やっぱり、重要な拠点には信用できる者を配置するんだろうな。

 商人の往来が激しい大通りを歩きながら、ペルルはそんなことを考えた。シャルロイド家はアリア王国の縁戚、というだけでない。王位継承権すら与えられている、アリア王国内にある数々の貴族の中でも群を抜けて厚遇を受けている一族なのである。創設者は初代アリア王国の第二王子の家系であり、チョルル港を抑えていることも合わせてその実力は王家に匹敵すると言われている。

 と言っても、統一されたのはお祖父ちゃんが生まれた頃だから、まだ五百年程度かしら。

 ぶつかりそうになった主婦に軽く会釈をしながらペルルは歩く。エルフは人間と比べて極めて長寿な種族である。ペルルも二十歳だが、エルフ族の中では一番の年下だった。次の子供が生まれるのは五年後か十年後か、或いは五十年後か。人間からすれば気が遠くなるような話であった。

 途中、武器屋により軽く物色する。食料品を扱う店は露店が多いが、武器屋は宝飾店に次ぐ高級店だ。店構えもそれなりで、石造りの立派な二階建てだった。

「いらっしゃい」

 店員の威勢のいい声に軽く頷き、一通りを眺める。剣、短剣、槍、斧、銃器まで置いてあった。最新のマスケット銃だったが、値段は勿論、生産量が限られるので街中の武器屋に置いてあるのは極めて珍しい代物である。他の国家では見たことがない。この一事だけでもチョルル港が相当に栄えていることが窺えた。

「でも、やっぱり弓のほうがしっくりくるなぁ」

 マスケット銃を眺めながら呟く。旅の間に銃の威力を何度か体験しているものの、自分が使うとなるとやはり物ごころついた頃から触れている弓の方が扱いやすく感じてしまう。

 その弓矢も豊富に在庫が取り揃えていた。気が向くままに手にとってみる。庶民でも手にしやすい手頃なものから、腕のある職人の魂を感じさせる重厚なものまで様々だ。とはいえ、エルフの弓に敵う名弓は人間界にはまず存在しない。

「うーん、もう少し考えようかな」

 やがてペルルはそう結論を出すと武器屋を後にした。武器防具を取り扱う店は他にもあるだろう。あとでじっくりと時間をかけて考えればいい。

 やがて、潮の香りが強くなってくる。港だ。ばたばたと吹きすさぶ風は港町特有の現象だった。フードがまくれないように軽く手で押さえながら港湾案内図を眺める。客船の受付は専用の窓口を通すらしい。ニースは貨物も人間も同じ窓口だったなぁ、とペルルは思った。ペルルが乗船した港町である。チョルルに比べるとなんともさもしく感じる港であった。

 客船ターミナルは先ほどの武器屋を二回り以上大きくした建物だった。渡航する人間が多いのだろう、内部は驚くほど混雑していた。暫く待たされ、受付に通されたのはそれから十分ほどが経過した頃だった。

「コンスタン王国ですと、ブルサ行きとソング行きがありますけれど」

 受付の女性はペルルの要望を聞くとそう答えた。コンスタン王国はアリア大陸からアリア王国へと伸びた半島国家だ。ブルサはチョルルの対岸に位置しており、一日あまりの航海で到着する最寄りの港だった。ソングは半島の付け根に位置しており、コンスタン王国と国境を接する大国家ビザンツ帝国にほど近い。エルフの里はビザンツ帝国南部の大樹海の中央部に存在するので、ソングまで船で行ってしまった方が旅程の短縮にはつながる。

「ソング行きで」

 そう告げると、そうですね、と受付の女性が時刻表を捲った。

「次のソング行きは一週間後ですね」

「そんなに待つの?」

「ええ。ビザンツ帝国とは国交がありませんので……」

 声をひそめながら女性が言った。ミルドガルド大陸には合計五つの国家が存在するが、アリア王国はその中で唯一ビザンツ帝国との国交を開いていない。理由は五年ほど前に発生したグロリア戦争である。ミルドガルド最東端に位置していたグロリア王国はその時にビザンツ帝国の侵攻を受けて滅亡している。その報復、という形で国交が閉ざされているのだ。もともとソングは領域こそコンスタン王国に属しているが、ビザンツとの交易を主な目的としていた港である。必然的に航路が狭められることになったのだ。

「じゃあ、ブルサ行きは?」

「それでしたら、毎日一便ありますわ。今日の便は出発してしまいましたけれど」

「うん、それでいいよ。明日の便をお願い」

 承りました、と女性が答え、発券の手続きをしてくれた。

 全てが終わる頃には、そろそろ日も暮れるという頃合いだった。


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