七方出
忍びは他国に潜入する際、目的と正体をかくすために変装した。特に多かったのが「虚無僧」、「出家」、「山伏」、「商人」、「放下師」、「猿楽」そして「常の形」である。
これを忍術伝書では、「七方出で立ち事」または「七化」といい、俗に「七方出」と呼ばれた。
戦国から江戸時代にかけては、この七態がもっとも旅人として目立たない服装の代表としたからだ。また、関所をもうけて百姓、町人、武士は自由に他国へ行けなかったが、僧などは自在に往来できる権限があり、都合が良かった。
では、七方出についてかんたんに説明します。
1、「虚無僧」とは、詳細はのちに語るが、普化宗のひとつで、有髪の托鉢僧のことである。顔を覆い隠す「天蓋」という深編笠を被り、白衣を着て、尺八を吹いて托鉢する僧のことである。
2、「出家」とは、仏教徒の僧侶のことだ。仏教徒は在家と出家の二種類があり、前者は家庭にいて、普通に生活しながら仏教に帰依するが、後者は家庭を捨て、世俗をはなれ仏門に入る。
3、「山伏」とは、山の中にこもって厳しい修行をする修験道の行者のことだ。古来より日本にある山岳信仰が仏教にとりいれられたものだ。
4、「商人」とは、この場合は物売り、行商をさす。路上で移動しつつ、独自の売り声や鳴り物をしながら呼び込み、物品を売ったり、食べ物を売ったり、修理やいらないものを買い取ったりする。
5、「放下師」とは、大道芸のひとつだ。輪鼓と呼ばれる空中独楽や品玉、こきりこ、高足など大道芸を見せて日銭を稼ぐ者だ。これものちに詳細を語る。
6、「猿楽」とは、平安時代に成立した芸能だ。こっけいな物真似や言葉芸で、のちに能、狂言に発展する。これも詳細はのちに。
これらは他国を自由に移動するもの者たちで、忍者が変装して他国潜入するのに都合がよかった。戦国時代には別に忍者ではないが、僧や山伏が自由に他国を移動できる特権に目をつけた戦国大名が他国にスパイ行動をさせた記録がある。
7、「常の形」とは、武士や百姓、町人の姿になり、他国に長く住みついて情報収集をおこなう。状況に応じて病人や怪我人になって相手を油断させることだ。
これは上記の六つとは種類が違う。〈草の者〉に近いニュアンスだ。だが、町では町人に化け、山では猟師に化け、戦のちかい領地で浪人にばけて陣に加わるなど、一時的な変装もふくまれるようだ。
これらを忍術伝書では、「七方出で立ち事」または「七化」といい、俗に「七方出」と呼ばれた。
戦国から江戸時代にかけては、この七態がもっとも旅人として目立たない服装の代表としたからだ。
それというのも、江戸時代は幕府や諸藩が軍事上、警察上の理由から関所をもうけていた。それぞれの国の民が自由に他国へ移動しないようするためだ。関所は交通の要所である街道におかれた
その主な目的は俗に「入り鉄砲出女」というように、鉄砲と女性の出入りが問題だったのだ。
と、いうのも江戸幕府が諸藩大名の謀反を警戒したためだ。鉄砲を江戸へ持ち込むことは禁じた。江戸に人質として住まわせた大名たちの妻女が変装して逃亡することを予防した。
また、諸藩も口留番所を藩の交通の要所や境界においた。要するに関所だが、江戸幕府に遠慮して番所と呼んだ。
藩に行き来する旅人、物品を監視するのが主な理由だ。
なので、他国へ行くためには通行手形が必要だった。これは現代でいう通行証、パスポートにあたるもので、旅のあいだ所持していなければならない。
手形を得るには面倒な手続きが必要だった。
関所破りなどをした場合、磔刑にされた。
しかし例外もある。
山伏や僧は関所の通過が自由に往来できる権限があり、都合が良かった。義経が山伏に変装して安宅の関を抜ける「勧進帳」や、松尾芭蕉が僧の姿で奥州めぐりをしたのも同じ理由であろう。
力士は特有の筋肉質で大柄な体型であるため、他者が力士に変装して関所破りをおこなうのは難しいと考えられ、通行手形が免除されていた。
遊芸人や下賎の民には通行手形がなかったので裏街道を通った。また、関守が黙認した場合が多かったといいます。遊芸人は通行手形のかわりに芸を役人に見せて証明したともいわれています。
飛脚も便宜が図られていました。幕府公認の継飛脚、諸藩の大名飛脚、そして武家も町人もつかった民間の飛脚屋、飛脚問屋などの区別があります。
七方出にあげた例の他にも、琵琶法師、連歌師、絵師、六部、傀儡師、漂泊の民などがあります。
いずれも付け焼刃の変装では、本物の僧や商人、大道芸人に出会えば不自然さから偽物だとばれてしまう。それらをよく知る者にも同様だ。
室町以前の関所は「関銭」がかかるので、庶民が山伏に変装して関所に行こうとすると、向こうから本物の山伏の一団がきて慌てて隠れたという笑い話がある。偽物だとばれたら磔となるから大変だと一目散に逃げました。
他国の地で本物の職業の者や、それをよく知る者がみれば不自然さから偽物と露見してしまうのは当然ですね。
修験者ならば護摩、僧侶ならお香、物売りならば品物の匂いがしみついていないとおかしいです。
そこで、忍びは長い月日を放下師や猿楽師のもとで修行をつみ、物売り商人のもとで奉公して勘所を体で覚えたといいいます。




