変装術
「変装」
昔から余所者という存在は警戒されるものだ。戦国から江戸時代においても、大名や幕府は領地の民に、見慣れぬ怪しいものを奉行所に通報するように言い聞かせた。また、目付や同心をおき、関所をもうけて不審者を警戒した。
太閤秀吉は治安維持のため、下級武士・町民・百姓に五人組という隣保組織をつくらせた。江戸幕府はそれを引き継ぎ、十人組を組織。キリシタンや浪人などの怪しい者を見つけさせ、報告させる。
忍びの者も他国に潜入すれば、このような隣保組織や目付・役人に疑いの目を向けられる。そこで、忍者は怪しまれない職業の者の服装に変装した。
ただ、姿形を真似ただけでは、役人に誰何された場合、たちどころに偽者を見破られる。そこで、変装する職業者の知識技能を身に着けて、いざとなれば身分を証明せねばならない。
忍者がよく変装につかった疑われにくい職種の者を「六法出」と呼称した。
すなわち「山伏」(修験者・行者)、「出家」(僧侶)、「虚無僧」、商人、放下師(遊芸人)、猿楽師である。
この「変装」と比べ、ふつうの服装を「常の形」と呼ぶ。すなわち武士・町民・百姓の服装だ。「六方出」に「常の形」をくわえて「七方出」と呼んだ。その詳細は「七方出」の章を参考にしていただきたい。
他の変装法の分類として、「鬼一法眼の秘伝五種」というものがある。
○「美男美女」…美男美女に変装する。
○「殿屋台樹」…屋敷・邸宅をかまえて、隣人とのつきあいを良くする。
○「閑居岩水」…世俗を逃れて深山幽谷に住まい、岩水を友とし心静かに、世捨て人としてのんびり暮らす。
○「田楽歌舞」…遊芸の職をきわめて、貴賤男女と仲良くなる。
○「文筆画工」…文士・絵師などになって、富裕者の家に出入りする。
この五計をもって相手に近より、情報などを得る。
「変相」
「変相」とは、「変装」と同じ読みであるが、内容は異なる。「変相」とは人相を変えることで他者になることだ。「正忍記」にはくわしい化粧法が記載されている。たとえば、
○髪の毛を剃りあげて、坊主頭にする。逆に、坊主頭の者がカツラをかぶる。
○あごひげ、口ひげを剃り落として印象を変える。逆につけひげをつける。
○眉墨・オハグロ・紅花・朱土・白粉・藍草・キハダなどの顔料をつかって化粧をする。
○顔首手足などの目立つ肌に偽のホクロ、アザ、イボをつける。
○義歯を取りはずす。また、別の義歯にとりかえる。
○薬物を使用して顔面に浮腫・潰瘍などをうかべる。
○大きな魚のウロコを、コンタクトレンズのように目にはめる。目がしろく曇って盲人のようになる。
「発声と声音代え」
変装した職業によっては、独自の発声法を会得したものがいる。僧侶・山伏の読経、商人の売り文句、遊芸人の歌や踊りなど。それらを真似して覚えることも重要である。
また人間だけでなく、犬猫鳥虫の鳴き声を真似る変声術もある。家屋に忍び込んだり、木草に穏形で隠れたりして、相手に発見されそうなとき、動物の物真似で注意をそらした。
話はそれるが、江戸時代には寄席演芸に声色という芸が生まれた。現代にも声帯模写の芸人や、声優で得意とする者がいる。
「偽態」
「偽態」とは「擬態」とは異なる。現在は使われなくなった言葉だ。この場合は、ある状態をよそおう。
○虚病(仮病)…一日から数日間を眠らずに絶食する。さらに灸をすえ、ひげを伸ばし、手足の爪をのばし、頭髪に手入れをしない。すると、本物の半病人の姿となる。ほかにも、片足をひきずる、偽の包帯・副木をつかい怪我人を装うなど。
○仮狂…狂人を演じる。
○号泣…泣男・泣女をよそおう。これは葬式のときに雇われて泣き叫ぶ者で、日本以外にも、中国・朝鮮からヨーロッパ・中東にもある習俗。昔は「泣き屋」という職業・副業もあった。
○仮妻子…仮の妻・仮の子をつくって一緒に旅をし、一緒に住んだりする。関所や目付もまさか偽家族などがあるとは、常識外れの術であろう。
忍者ではないが、加賀前田藩二代目藩主の前田利常は江戸幕府からの疑いをそらすために、鼻毛をのばし、宴会で裸踊りなどをして、アホウの真似をしたことがある。
「替玉」
替玉とは影武者ともいう。武将や権力者が自分に似た人相・背格好の人物に同じ服装をさせて身代わりにすること。武将では平将門・武田信玄・真田幸村などが有名。
「元の木阿弥」の語源になった故事にも替玉が登場する。戦国時代、筒井順昭が病となり、死の間際に家臣団を集め、倅の順慶が成人するまで替玉を用意させた。声の似ていた僧(または盲人)の木阿弥という者を寝所におき、訪ねてくる者をだまし、敵にまだ順昭が生きていると思わせた。
その間、木阿弥は贅沢な暮らしを享受。しかし、筒井順慶が成人し、父・順昭の死を公表。木阿弥はふたたび元の身分に逆戻りしたという。




