陽忍の術・遠入りの法
忍者は敵地に忍び込んで情報を得るのが重要な仕事である。敵方に忍び込む潜入術には、大別すると「陽忍」「陰忍」の、二種類にわけられる。
「陽忍」とは、忍びの者がその姿をさらしたまま敵中に潜入する術である。
「陰忍」とは、それとは真逆に姿を隠して忍びこむ術のことをさす。
まずは「陽忍の術」を紹介しよう。これは「陰忍の術」と比べ、時間をかけて謀略、諜報や離間策をおこなう。「兵法三十六計」でいえば「反間計」の戦術である。
さらに陽忍の術にも数ヶ月、あるいは数年も前から潜入する「遠入りの法」と、短期間のうちに潜入する「近入りの法」にわけられる。
陽忍の術・遠入りの法
「始計術」
まず、計を始めるのに必要な手段をのべるので、始計術という。
要は変装して他国に忍び込む潜入術の基本である。
たとえば武士や僧侶に変装するのであれば、髪形服装を変え、変装した職業の知識をふかく身につけ、諸国の時事風俗・地形・方言などを調べておく。
変装術について、くわしくは「七方出」の記事を参照してほしい。
もうひとつ肝心なのが、常に自分が忍者である事と忍術を心得ていることを他者に絶対に話してはいけない、という事だ。不用意な言動から正体がばれるおそれがあるからである。
たとえば、2017年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」において、侍の中野直之が人足たちの故郷話を聞き、竜宮小僧が地方によって呼び名がことなることから、人足にまぎれこんだ武田方の忍びを看破する話があった。
ちょっとした糸口から正体が露見する危険性があるので、つねに気をつかわねばならない。
また敵地の人間を味方にして利用する術も含まれる。
「桂男術」
桂男とは月の中に住む人間または、妖怪のことだ。そこから、潜入地の城の家臣には不平不満をもつ者が少なからず存在する者に目をつけ、買収や脅迫をして、密告者や裏切り者を作れという意味。
孫子の兵法でいえば反間計という戦法である。現在でいう二重スパイだ。
また、仲間の忍者を敵地の市民として潜りこませておくことも桂男術という。ある忍術伝書には、身内の者で美貌の少女を酌婦、召使として潜りこませて諜者にしておくとある。
「如景術」
形あれば影の応ずる如く敏速に行動せよという意味で、形があればつねに影がピタリとついていくように、素早く潜入することである。
味方を通路に置くべきことともある。この場合の通路は、敵の城下町の周辺のことだ。
「くノ一(久の一)の術」
くノ一とは「女」の漢字を三つにわけた隠語であり、敵地の武家屋敷に味方の女忍者をあらかじめ潜入させておくことだ。詳細は「くノ一」の章を参考にして欲しい。
「里人術」
敵国に昔からすむ里人を仲間に入れる事。敵地の十人で、以前敵将に仕えた者、不満があって浪人した者などをつかう。また、里人の従者となって潜入すること。
「身虫術」
ことわざで「獅子身中の虫」というのがあるが、ここから取ったものであろう。獅子の体内で飼われている虫が、かえって獅子を滅ぼすことだ。ここから組織の内部にいて害をなす者や、恩を仇で返す者を身中の虫という。
敵将の腹中に害をあたえる虫であるから、人選が難しい。たとえば父、祖父が無実の罪に服したり、ささいな失敗で厳罰を受けて恨みをいだく者や、出世できない不満分子、父子兄弟が敵味方にわかれ骨肉の争いをしている者などを選び出す。
この者と親しくなり、誘惑したり、煽動したりして謀略につかう。
「蛍火術」
謀計を用いて敵陣の内部から火事をおこして撹乱する術。蛍が自分の腹部から火を出すようなので、この名がついた。
または、敵方の有力な某将に偽の書状を送り、敵方の主将に「某は主将に対し謀反心あり」、「某は奥方に不義を働いた」「某は敵方に内通している」と噂をまいて内部の攪乱を行う。
もしくは、偽の密書をたずさえた間者を敵陣にはなち、わざと捕まる。敵将は偽密書にある「某将が内通した事への感謝」などの言葉から、疑心暗鬼に陥り、無実の某将を寝返ったと錯覚させる術。
「袋返しの術」
袋の表裏を裏返すような裏切りの術、寝返りの術をいう。たとえば、敵将に取り入り、功績をあげて信頼される。その後、重要な局面において袋返しのごとく寝返り、裏切る術をいう。
「天唾術」
天に向かって唾を吐く者は、我が身に唾がかかるという例えの術。敵側から忍者が潜入してきた場合、始末せずに、かえって敵方に被害がこうむるようにする。たとえば、敵方忍者を懐柔して寝返らせ、敵の情報を得る、または二重スパイにするなど。
「弛弓術」
敵方に捕らえられ、敵将に反間(二重スパイ)となるよう勧められたとき、これを承諾して敵側に寝返る。が、それは偽りの寝返りであり、情報などを集めておいて、時が来たらまた元に戻る。
弓に弦を張るときは、弓を三日月型にたわませて弦を張る。が、弓は弛むときは木のようにまっすぐ反り返ることに例えた術。
「山彦の術」
「敵を欺くには味方から」という諺があるように、味方の主将が忍者と仲違いする芝居をして、忍者は逃げ出す。その事は主将と忍者しかしらない狂言芝居であり、他の家臣や民はその噂を流す。
忍者は敵側に近寄り、寝返りとみせて召し抱えられる。敵将は忍者が前の主君と仲違いをした風聞を知っているから安心して雇う。
まるで山彦のように主君と忍者が響きあわせる様をたとえた術である。




