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 もう既に闇と化してしまった道路にしゃがみ込んで、隆哉はぼんやりと月を見上げていた。

「月が笑ってるようだね」

 膝に肘をついて顎を支え、小首を傾げるように呟く。

「それ…を言うなら、夜空、が笑ってる…ようだって、言うんだよ」

 地面から絶え絶えに聞こえる姿無きか細い声を無視して、隆哉は言葉を続けた。

「怪人なんちゃらの仮面みたいだ」

「仮面、の……口みたい、だろ?」

 咽喉の奥から絞り出すような、苦しげな声のくせに細かい処にこだわる。

 ――細く、欠けた月。

 それをネタに、二人の意味のない会話は続いていた。

「明日は新月かな」

「満月でないのだけは、確かだろ…な」

 地面の闇に影ができ、それが人の容姿(かたち)を成していく。

「あの、たまに出る夕日のように赤い月。あれはどーいう時に出るんだろうね」

「さあてね。天文博士にでも訊きゃ判るんじゃねぇ?」

「興味ない」

「なら、言うなっての」

 苦笑の混じった声に、隆哉はようやく視線をゆっくりと地面へと落とした。

「あんた。気が長いっていうか、寛容だよね」

「月くらいの事で、怒ってもな」

 うつ伏せた恰好の男は、肩を震わせ可笑しげに笑った。

「そうじゃなくて」

 ――さっきの高橋彬の態度。

 やっと再会出来た、長い時間を待ったその親友に、あんなに強く拒絶されて傷つかない筈がない。それこそ、絶える間もない地獄のような苦しみの中で、何度も車や人に踏まれながら、あいつだけをひたすら待っていたのだから。

 ――俺とは違って、ちゃんと『心』があるんだから。

 後悔すらも感情に出ない隆哉は言葉を失い、只目の前の男を見つめた。

「じゃ、何?」

「…………」

 黙り込む隆哉に、俊介がくぐもった笑い声をあげる。細めた目で、反応を窺うように隆哉の顔を見上げた。

「あいつはな、ああ見えて怖がりなんだよ」

「は?」

「彬のヤツさ。スプラッタ映画なんか観れねぇもん。幽霊も駄目だし、ゾンビ系も駄目。ついでに言や、絶叫マシーンも苦手なんだぜ、あいつ」

「なに、それ」

 唖然とする隆哉に、俊介は少しだけ顔を上げる。

「悪かったな。最初に言っときゃよかった」

 済まなさそうな表情を見せた俊介は、それでも次の瞬間、クスリと笑みを洩らした。

「――でも。まさかあいつに俺の姿、視えるなんて思わなかったし……。ましてや話せるなんて、さ」

 嬉しそうに微笑む俊介に、隆哉もゆっくりと頷いてみせる。

「うん。俺も最初気付かなかった。あいつ。その辺の霊感あるって言われてる奴等より、能力(ちから)あると思うよ。俺を通して、その場にいなかったあんたの声、聴いちゃうんだから」

「お前を通して? そりゃあ、いい」

 更に嬉しげな笑顔を見せた俊介から、隆哉は視線を逸らした。

「……なんで、笑ってるの?」

「だって、可笑しくねぇ? 彬のあの驚いたカオって言ったら」

 クスクスと笑う俊介にチロリと視線を投げ、再び顔を背ける。

「あんな事されて、どうして笑えるのかが、俺には理解出来ない。あの高橋はあんたの事、蹴り飛ばしたのに」

「だからぁ、あいつは怖がりなんだって」

「それにしたって」

 笑い声をあげていた俊介が、フイッと笑うのをやめた。真剣な面持ちで隆哉を見つめる。

「どうした? お前が気にする事じゃないだろう」

 俊介の言葉に、隆哉が俯く。半分しかない心であっても、自分が気にしなくていい問題ではない事は判った。

 ――俺は、利用したんだから。あいつを。

「俺はね」

 彬にも言えなかった台詞を、口にする。まるで懺悔でもするように、隆哉は指を組んで目を伏せた。

「俺はあの時。あいつが俺と同じ気持ちを抱いてると気付いた時、俺はあいつに自分の代わりをさせようとしたんだ。俺が彼女に訊けなかった言葉を、高橋に言わせようと。そしてあんたの答えが、彼女の答えでもあると、そう、思おうとして……」

「参ったな」

 ボソリと呟いた俊介は、血に塗れた手に拳を握りユルユルと持ち上げた。やっとといった様子で、コツンと隆哉の膝を小突いてみせる。

「俺なんて、なんの役にも立たねぇぞ」

 自嘲気味に笑った俊介が、地面に頬を乗せて瞼を閉じる。

 その姿を、硝子の瞳がじっと見つめた。

「只、そうだな。気休めになるかどーか知らねぇが、あいつのあの態度、予想通りだよ。あの時、下唇噛んでただろ? あれはな、言いたい事があるのに言えない時、あいつが見せる癖なんだ。それも、自分を責めてる時特有のな。あの癖を見せられちゃ、許すしかねぇよなぁ。ちなみに歯を食いしばりながら黙り込む時は要注意だぜ。その後、噛み付かんばかりに吠え立ててくる。憶えといて、損はないぞ」

 ぼんやりと膝に肘をついて顎を支えた隆哉は、どーでもいい事だと等閑に頷いてみせた。

「憶えといてもいいけど。どうせあんたの依憑を叶えるまでの短い付き合いだしね。役に立つとも思えない」

 おや、と一瞬意外そうな瞳を隆哉に向けて、俊介はククッと笑いを洩らした。

「そうか。ならいいや。俺が言いたいのは、お前がもし普段通りのリアクションをしてたなら、きっと彼女にはお前の気持ち、伝わってるって事だ」

「…そう…かな」

「ああ、勿論だ。それに死んだヤツにとっては、『誰の所為で』なんて大した問題じゃねーんだぜ。だって、既に死んじまってんだからな。そんな事よりもっと、大事な事があるんだ。おれたち死人には、死人なりのな」

「その大事な事が、『何故傍に来てくれないんだ?』っていう疑問だったワケ?」

 呆れたような隆哉の台詞に、俊介はククッと肩を震わせた。

 細い月に薄っすらと雲がかかり、闇が濃さを増してゆく。

 その中で二人は、身動きもせず只沈黙していた。ぞろりとようやく体を動かした俊介が、ゆっくりと口を開く。

「あーあ。どーせなら俺も、かっこよく『彬に心を遺してきた』とか言いたいよ。でも、しょーがねぇよなぁ。俺にはあれが、一番の『謎』なんだから。あんな時、あいつなら絶対――」

 声と共に、俊介の体が沈んでゆく。

「体より、ずっと痛かったんだ。血塗れの視界で見た、最後の景色は。俺の記憶の中でたった一つだけ、俺を縛って放さないんだ。あの、緋い記憶だけが」

 闇が俊介の体を覆い、同化する。

「…………」

 再びか細い月灯りが照らした道路には、一人ぼんやりとしゃがみ込む、隆哉の姿があるだけだった。

お読み下さり、誠に有難うございました!

次話 『白い影』へ続きます。

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