担任三浦の苦悩
最悪のクラス分けが発表されてから
およそ3か月が経った
2学年では
小さな揉め事は日常的に繰り返されているが
奇跡的に狂った5人同士で
喧嘩をすることもなく
比較的平和な日々が流れていた
それは未だに2-Fが
全員揃ったことがないところに
理由がある
生徒にとって
特に2-Fの生徒にとって
それは好都合なことであるが
三浦にとっては問題であった
一華が学校に来ているのを見たのは1度しかない
御曹司、五十嵐涼も
なかなか学校に来ない
賢人は学校に来ているらしいが
教室に姿を見せない
いつも来ているのは
勇真と鈴の2人だけだ
そんな勇真に一華の居場所を尋ねるが
知らないと返されてしまい
三浦は困り果てていた
「今日は塚本君も五十嵐君も、学校来てたよな
塚本家はどこ行ったんだろう?」
午前中
担当の数学の授業が無いため
学校内を見回っていた
ふと窓の外を見てみると
下は校舎裏で雑草が生い茂り
人が寄り付かないような場所だ
なのに
何人かの人がいる
よく見ると全員が男子生徒だった
「あれは…
塚本君?」
賢人は赤原学園の男子生徒を相手に
喧嘩をしていた
賢人の担任になって3ヶ月目
もうこんな喧嘩の目撃には
三浦は慣れてしまっていた
様子を見て
まずい状況になったら止めに入るとして
今は眺めるに留めた
噂によると賢人は
この学校の生徒相手に
負けたことなどないらしい
三浦の視線の下で行われている喧嘩では
その噂に違わぬ強さを見せつけていた
相手が多い分
多少スピードで追い付けなくても
力でねじ伏せる
「塚本君に喧嘩を売る方が間違いですね」
三浦はそんな一人言を呟いていた
10分も経たずに
その場に立っているのは賢人だけとなった
「何見てんだよ」
パンパンと手についた砂をはらうと
三浦が覗いていた窓を見上げた
まさか気付かれていると思わなかった三浦は
驚いてしまう
「わ、バレてましたか
今、降りるんで待っててください!」
そう告げると
三浦は階段を駆け降りた
「走って来んのかよ…」
賢人は三浦が向かっていることを
知っていながら
その場を離れた
「アイツと話すことなんかねーっつーの
…マジかよ」
三浦が通らないであろうルートで
校舎に戻っていたのに
目の前に三浦が現れた
「塚本君
わざわざこっちまで来てくれたんですか?」
「は?」
なんで三浦がここにいるのかわからなかった
もしかしたら自分の行動が読まれていたのかもしれない
一瞬そう考えたが
目の前の男のナヨっとした風貌を見て
それはないか、と可能性を消す
「あっちの扉鍵がかかってて
仕方なく遠回りしてきました」
三浦の言葉には
やはりそういうことかと納得する
「で、何か話でもあんのか?」
「話というか
聞きたいことがありまして…
塚本君はどうしてあんなに喧嘩をするんですか?
どうしてそんなに強いんですか?」
「は?」
純粋な子どもがするような質問に
賢人は呆れて
しばらく黙り込む
そしてそのまま
校舎に戻ろうと三浦とすれ違う
すると数歩進んだ所で立ち止まった
「まだ足りない
もっと強くならなきゃ満足できねーんだよ」
そう呟くと
また歩き出した
三浦意味がわからず首を傾げる
そして1人
誰もいない校舎の入口に取り残された
職員室に戻った三浦
賢人のことも気がかりであるが
他にも悩まされる問題がある
全く学校に姿を見せない一華に連絡をとろうと
ケータイに電話をかけてみる
連絡を試みるのは初めてではない
しかし1度も繋がったことがない
今回もやはりいつまでも呼び出し音が
鳴り響くだけであった
「やっぱりダメか…」
「三浦先生?どうかしましたか?」
脱力感を漂わせる三浦に
安藤は少し心配そうに話しかける
「柴崎なんですけど
全然連絡つかなくて…」
「去年もなかなか学校には来てませんでしたからね
でも登校したかと思ったら
すぐに喧嘩を始めちゃうんで…
何とも言えないんですよねー」
一華がいないほうが
まだ安心して学校生活を送れるということなのだろう
その思いは生徒も教師も変わらないのだ
「でも、やっぱり
まずは学校に姿を見せて欲しいです
僕でよければ話聞くのに…」
力なくそう呟く
頼りなく見えるが生徒のことを思っているのだろう
「ふふっ
頼もしいですね」
そんな話をしていると
チャイムが鳴り
昼休みの始まりを告げた
職員室には時々
教師に対して不満をもった生徒が
殴り込みにやって来ることがあるが
今日は穏やかな時間が流れていた
しかし
狂った5人にそんなことは関係ない
「三浦!」
勢いよく職員室の扉が開けられると
2-Fの生徒が
三浦のもとに駆け寄る
何故喧嘩をするのか
「どうしましたか?」
急に呼ばれた三浦は何事かと驚いている
「どうもこうもねーよ!
さっき柴崎が教室に来たんだけど…」
「本当ですか?
これでF組全員集合ですね」
今日は一華以外の休みはおらず
やっと三浦の願いは叶ったのだ
しかし男子生徒が話したかったのは
そんな単純なものではなかった
「んな呑気なこと言ってる場合じゃねーって!
柴崎と五十嵐が今やり合ってるんだよ
男子が止めに入ってるけど
あれは、やべー」
職員室にいた他の教師にも
緊張が走る
ガタガタと
慌てて三浦は立ち上がる
「な…2人とも教室にいるんですか!?」
「あぁ」
状況を聞いた三浦は
とにかく急いで
教室に向かって走り出した