衝突
教室に入った一華は
嫌そうに1番後ろの勇真の隣の席に座った
「なんで倉沢の隣なんだよ」
嫌そうに文句を吐きながら
鞄を雑に机の上に置く
「イチがすぐ暴走するからだろ」
「なんだよ、それ」
すると急に
廊下が騒がしくなった
様子を見に行こうとした一華だったが
その前に1人の女子が近づいてきた
「ねぇ、1年生が柴崎一華を連れてこいって言ってる」
そう伝えに来たのは鈴だった
荒っぽい1年生に対して
怖がっている様子は特にない
言われたことを淡々と伝えに来ただけだ
「1年…?
あー、そういやさっき殴りかかってきた2人も
1年だったのか」
じわじわと一華の表情が険しくなる
怒りのスイッチが入ったようだ
「1年のくせになめやがって
」
言い終わる前に立ち上がる
そんな一華を勇真は引き止める
「やめとけよ
いちいち相手してたらキリがない
来た奴を毎回相手すんのか?」
「やってやるよ」
「いいから
待てって」
「なんだよ!」
「教室に乗り込めない雑魚を
わざわざ相手する必要ないだろ」
そう言われた一華は少し考える
雑魚だといえば確かに雑魚なのだろう
そして
「…」
黙ったまま
ガタンと音を鳴らしながらイスに座った
周りでヒヤヒヤしながら
2人の会話を聞いていたクラスメイトは
とりあえず胸を撫で下ろした
勇真と一華は奇妙な関係だ
特に仲が良いという訳ではないが
一緒にいるところをよく目撃されている
さらに
怒りのスイッチが入った時の一華に
ストップをかけられるのは
勇真しかいない
さすがに
ぶちギレて喧嘩している最中の一華を止めることは無理だ
割って入ろうものなら
最悪、一華の標的にされることを
勇真はよくわかっているからだ
一華の周囲の生徒がホッとしたのも束の間
廊下はどんどん騒がしくなっている
「ちょっと見てくる」
気になるようで
今度は勇真は止めず
一華についていくことにした
2人の後ろから
鈴もついていく
複数の男子生徒の怒鳴り声や
床に何かがぶつかる音が
響いている
3人が教室から出て
廊下を見ると
すぐにその状況を把握できた
「あー、そりゃ
ここまで到達できないよな」
人が入り乱れる廊下をみて
勇真は呟いた
「おい
なんで塚本が暴れてるんだよ」
そう言った一華の数メートル先には
10人以上の1年生を1人で相手している
塚本賢人の姿があった
刃物こそ出していないものの
圧倒的な強さで
もうほとんどの男子が
戦闘不能の状態にまで追い込まれていた
「一華に喧嘩売りに来たけど
賢人を見つけて
殴りにかかったってとこだろうな
賢人も強いって有名だから」
「このまま放っておいても
決着はつきそうね」
一般人からしたら
結構衝撃的な光景だが
鈴は淡々と告げる
「放っておいたら
1年生がやばそうだけどな」
勇真の言う通り
そろそろ止めないと
1年生が死んでしまいそうだ
「私が止めてくる」
「何言ってんだよ
イチが行ったら余計に1年の身が危ないから…
って、イチ!」
「行っちゃったね」
勇真の言葉には耳を貸さず
一華は賢人へ寄って行く
賢人は倒れ込んでいる1年生の胸ぐらをつかみ
無理やり立たせようとしている
「たいして強くもねーのに
俺に喧嘩売ってんじゃねーよ」
「…はい」
男子生徒は何とか声を絞り出して
返事をする
賢人のすぐ後ろに本来の標的だった
一華が見えたが
もう動けなかった
一華は賢人の手を掴み
男子生徒から離させると
そのまま
その場にいた1年生の方を向いた
「なんの真似だ」
賢人はあからさまに
敵意を込めた視線を一華に向ける
だが一華は全く気にしておらず
その場に倒れている1年生の男子達に目を向けた
「塚本にやられてるような奴が
私に勝てると思うな」
そこまで言われて
賢人は黙っていられない
一華の目の前に動く
「なんでお前より俺が
弱いことになってんだよ」
「当然だろ」
2人の間に火花が飛び散り
もうとっくに1年生は蚊帳の外になってしまっている
その様子を見ていた勇真と鈴
勇真はため息をつかずにはいられなかった
「確かに賢人と1年生の喧嘩は終わったけど…」
「次の喧嘩が始まりそうね」
「篠原さんって
傍観者に徹するってかんじだね」
「悪い?
こんな喧嘩、私には関係ないから
あと、鈴って呼んで
篠原さんって呼ばれるの嫌いなのよ
皆にもそう言ってるのに
誰も聞いてくれない」
名字で呼ばれるのが相当嫌なのか
今までの淡々とした感じが
少しだけなくなった
「ふーん
じゃあ、鈴って呼ぶよ」
勇真と鈴が話している間に
賢人と一華の間には
険悪さが増していた
1年生には殺気すらも漂っているように感じられた
「柴崎、なんなら今
ここでやり合ってもいいんだぜ」
「こっちこそ
ナイフは出さなくていいのか?」
「必要ねーよ
ハンデだ」
2人は睨み合っていて
今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気だ
1年生はこのままでは巻き込まれてしまうと
身の危険を感じたのか
どうにか体を動かし
呻き声をあげながらその場を離れようとする
「いつでもいいぞ」
賢人は不敵に笑みを浮かべ
一華を挑発する
「ナメやがって」
一華は簡単に挑発にのり
怒りをあらわにすると
一歩足を後ろに下げ
踏み込む態勢をとる
一華が蹴りあげようとし
賢人が受けようとする
しかしその瞬間
2人の間に勇真があらわれた
「っぶね」
一華はギリギリの所で足を止める
「邪魔すんなよ!」
一華はすぐに叫びだす
「巻き込まれても知らねーぞ」
賢人も鬱陶しそうに
勇真を見ている
「そう
お前とイチが喧嘩始めたら
他人を巻き込んでも気付かないだろ
だから止めない訳にはいかないんだよ」
「ったく
やってらんねーよ」
その場から動こうとしない勇真に呆れた賢人は
教室とは反対の方に歩いていった
「邪魔しやがって」
そう言うと一華は
教室に戻って行ってしまった
「喧嘩にはならなかったから
良かったじゃない」
傍観していた鈴が勇真の元に静かに近寄る
「いつかはやり合うんだろうけどな」
「柴崎一華を止められるのは
あなただけなんでしょ」
「そう言われてもな」
勇真の言うようにいつかは
手をつけられないような
喧嘩が起きる日がくるだろう
しかしこの日から暫くは
大きな問題は起こらなかった