悪夢のクラス分け
赤原学園が受験生全員を合格にしてから1年後
今年は定員割れは何とか免れたものの
教師陣は新たな問題に頭を悩ましていた
その問題について
もう何日間も話し合っているが
どうしても打開策が見つからない
「どうします?」
机に置かれた生徒の名前の書かれたカードに
目を落としながら考え込む
「もうお手上げだよ」
「この問題の対処法なんて
きっと存在しないんですよ…」
クラス替えをしているのだが
なかなか良いように決まらない
重い沈黙がこの場にいる10数人の教師全員にのし掛かる
そして彼らは
もう考えることを止めた
「…これでいいんじゃないですか」
話し合っても意味がないことを薄々感じた
年配のベテラン教師が
沈黙を破り
机の上に置かれた5枚のカードをまとめて
1ヶ所に含めた
ひきつった表情をした教師もいたが
その方向で話を固めようと
次々と賛同の声が徐々にあがる
「これ以上話し合っても
どうにもなりませんよね」
「もしかしたら
これがベストかもしれないですしね」
「じゃあ、もうこれで。では、貼ってきますね」
そう言うと女性教師は大きな模造紙を持って
校舎の外へと向かった
新学期
学年が上がりなんとなく成長を感じている者
新入生として期待と不安が入り交じっている者
多くの高校生が通りを賑わしている
赤原学園に近づくと制服をまともに着ている生徒は
数える程しかいない
ただ、新学期が始まるとあって
校門をくぐる生徒が
どこか楽しそうにしているのは確かだ
校門をくぐった彼らは
そのまま校舎の外にある
クラス分けが貼られた模造紙を見に行く
掲示板の前に集まった生徒たちは
誰と同じクラスだの
誰と離れてしまっただのと
騒いでいる
しかしもう1つ
彼らがチェックするポイントがあった
「俺は…2-Aか
…よし、セーフだ
お前は?」
「俺、2-C
こっちもセーフだ」
髪を明るい茶色に染めていて
ヤンチャそうな印象を与える男子生徒2人が
小声でクラス分けを見ながら話している
誰かの名前を探しているらしい
すると
「おい!今年やべーよ!」
後ろから髪色はそこまで派手ではないが
いくつものピアスをつけた
男子が慌てた様子で
人を掻き分け2人のもとへ加わった
「うわ
なんだよ、うるせーな」
眉をひそめてその男子をみる2人
あまりの声の大きさに
周囲の視線も集めている
「ほら、あっこ!
2-F見ろよ!」
2年生の最後のクラス
F組のクラス分けを指差す
2人は、いや、その場にいるほとんどの生徒が
F組にいる生徒の名前を
上から順に見ていく
暫く見ていくと
「…嘘だろ」
「…おい、これ
まじか…」
あちこちから似たような声があがる
先程まであんなに騒がしかったこの場が
嘘のように静まりかえっていた
彼らの表情には
どこか恐怖を含んでいる
3年生のとあるクラス
新しいクラスではあるが
顔見知りがほとんどで
新鮮さには欠けている
「ねぇ、2-Fのメンバー聞いた?」
「え?なにそれ」
スカート丈が異常に短い女子生徒2人が
机の上に軽く座って喋っている
「ほら、2年で狂ってる奴らいるじゃん?
今年同じクラスになったっんだって」
「え?
誰と誰が?」
グロスを塗りながら
“狂ってる奴ら"の顔を思い浮かべ
どの組み合わせでも相当まずいだろうなと考える
だが
返事は衝撃的なものであった
「5人全員」
グロスを動かす手が止まる
自分の学年とは関係ないし
その5人とは関わったこともない
それでも身の危険を感じさせる寒気がした
「は!?
それヤバくない?
普通バラバラのクラスに分けるっしょ
よりによって全員同じクラスって…
絶対問題起こるじゃん!」
「5人まとめて監視ができるから
って理由らしいよ
ま、その割には
今年赴任してきた男に
担任やらせるんだけどね」
「なにそれ…悪夢のクラスじゃん
うちらが卒業するまで
大人しくしといて欲しいわー…」
「今年、赤原が定員割れしなかったのって
その5人に憧れて
受験した人が多かったからって噂だし
新入生もヤバそう
何も起こらないとか無理なんじゃね?」
すでに新入生が3年生と揉めたという
情報もある
「赤原終わったな
うちらの人生も終わったな…」
自分達の将来を心配して
落胆の表情を浮かべる2人
それでもまだ彼女達はマシな方だった
狂った5人が揃ってしまった
クラスの一員でもなければ
学年も違う
まだ他人事で済ませられる話なのだ
3年生とはまた別の校舎の3階に2年生の教室はある
ただ同じ階ではあるがF組だけ離されている
これは靴箱から教室までのルートが
他のクラスの生徒と別になるため
トラブルを避けられるだろうという
教師陣の苦肉の策であった
2-Fの教室は別に静まりかえっている訳でもなく
綺麗に並べられていた机は
すでにガタガタになっていて
むしろ他の教室よりも騒がしいくらいだ
なぜなら
ここにいる全員が
“狂っている”と言われている5人と
同じクラスになることを知らないからだ
5人以外の
このクラスのメンバーは
学力テストの点数の低い順に決められている
学力の低い赤原学園の中でも
下位層のもの達なのだ
そんな彼らは
クラス分けの発表で自分以外の名前を
見ることがなかった
そうこうしていると
チャイムが鳴り響き
担任らしき男が教室に入ってきた
20代後半くらいで
身長が高くスラッとしているが
あまりオシャレとは言えない黒縁眼鏡と黒髪により
何とも弱々しく、頼りない印象を与える男だ
「えー、皆さん席に着いてください
この2年F組の担任を任されました、三浦孝之です
今年から赤原学園の教師となりました
どうぞよろしくお願いします」
見たことのない教師に一瞬目を向ける者もいたが
すぐにザワつき始める
「ねー、担任若めなのに
残念なかんじの男じゃない?」
「そう?あれ意外と眼鏡外したら
いいかんじの男かもよ」
「えー、そう?」
女子はコソコソと三浦の品定めを始めていたが
めげることなく
出席簿を開く
「今から出席とるんで
名前呼ばれたら返事してください」
出欠席の確認が始まると
1人目も2人目も
名前を呼ばれたら一応返事をするという感じだ
だが次の瞬間
教室の空気が変わる
「五十嵐さん
あれ?五十嵐涼さん
欠席ですかね」
五十嵐涼という名前に
全員が耳を疑う
一部の女子は目が輝いたが
5人の内の誰かと同じクラスになる可能性を
全く考えていなかった彼らに
受け入れがたい現実が突きつけられた瞬間だった
だが悪夢はこれで終わりではなかった
次々に聞きたくない名前が呼ばれていく
そして遂に
「塚本さん…
塚本賢人さんもお休みですか?」
5人目が呼ばれた
誰1人として登校していなかった
だからこそ
この5人が同じクラスであることに
気づけなかった他の生徒へのダメージは大きかった
「これ、何かのドッキリか?」
「はは…
何なんだよこのクラス…」
「がちで無理
私生きていけない」
彼らの今の心境は
ただただ絶望でしかない
「皆さん?どうかしましたか?」
異変を感じた三浦が
不思議そうに小さな声で聞くが
誰も何も答えない