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いもうと同盟  作者: みやこ
いもうと同盟
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再会4

駅前のビルのゲーゼン。地下一階にある。クレーンゲームやプリクラみたいなものは一切ない。アーケードゲームしか置いてなく、この近辺では硬派なゲーセンとして有名だ。午後の三時だというのに、ゲーム台の半数は埋まっている。その後で見ている人なども何人かいる。ほとんどのゲームが1プレイ50円なので、人が集まってくるのだろう。店名は『ころしあむ』。昔は下る階段のわきに小さい看板があった。しかし店長が酔ったときに壊してしまったらしく、看板ははずされた。多くの客が店名を知らない。ビルの一階が日本語にすると『地下鉄』になるファストフード店なので、地下鉄よりも地下、ということで、『奈落』と呼ばれている。

昨今のゲーセンは軟弱になり薄暗いと治安が悪そうに見えるとかで、明るくしている店が多い。しかしこの店は違う。店長がそう言っていた。『奈落』という呼び名が恥ずかしくないほどに、店内は暗い。ゲームの画面に黒い部分が多くなると、同時にその周りも暗くなる。しかし治安は守られている。店長が暴走族のヘッドだったらしく、悪いことをする奴は一人もいない。近所の小学生なんかも多く来ている。

店内は広い。学校の教室四つ分くらいだろうか。暗い空間に広がるゲーム画面の光を見るだけで、ゲーマーの心は癒される。そういうものだ。

飯田はあまりゲームが上手くない。自分が勝てそうな相手を選んで、そして対面の筐体に50円を入れる。そして勝って満足する。そんなんだから上手くならない。お灸をすえてやろうと、オレが対戦した。三本先取なのだが、飯田は一本も取れない。「ふぅ」とため息をつくと、オレの方に寄ってくる。

「入ってくんなよ。オレ、知り合いには本気ださねぇからな」

ゲームの下手な奴はだいだい言い訳も下手だ。無視してゲームをしていると、飯田はどこかへ行ってしまう。また自分より下手な奴を探しているのだろう。

店に来て一時間くらいした頃、CPUと対戦しながら対戦者を待っていた。学校の授業が終わる頃なので、人も増えるだろう。そろそろ強い奴と対戦できるんじゃないかと期待していた。

「YOU LOSE!(ユールーズ)」

気を抜いていたわけではないが、乱入してきた相手に先に一本取られた。

二本目、気を引き締めて挑んだ。相手はガードが上手く、なかなかこちらの攻撃が通らない。相手の攻撃は慎重で、あまりリスクの高い攻撃をしてこない。試合は長くなる。時間制限が一分なので、四十秒をすぎると体力ゲージが気になってくる。ゲージを見ると、オレの方が不利だ。このままだと時間制限でこっちが負けてしまう。積極的に攻めなくてはならない。しかしこっちの攻撃がガードされる。スキをつかれて、また一本取られた。

「ふうぅ」

息を大きく吐いた。

三本目、相手は妙な連続技コンボを使い、あまり効率的はなかった。こっちに与えるダメージが少なく、そういった積み重ねで相手の方が先にゲージを0にした。二本取ったので遊んだのだろうか?

四本目になると、オレは相手の戦法になれた。大技を狙わずに、小技で相手のゲージを削った。相手の大技をくらいそうになったが、相手が使っているコンボの難易度が高く、一度失敗し、オレは助かった。辛抱強く闘い、四本目もオレが取った。

「ふぅ」

鼻から息を出した。これで二本ずつ。

相手は明らかにオレよりも格上だ。遊んでいるのか? よくわからないが、あまり効率的に闘っていない。こういうプレイをする奴を知っている。ジャンボだ。身長170センチ、体重100キロオーバーのあの大女。普通、格ゲーをする奴は人のプレイを見たり、雑誌を見たりして、効率の良いプレイに徹するものだ。強い奴ほどそういうことをキッチリとやっている。しかしジャンボはそういうことを一切しない。自分でやってみて、気に入った技などを無作為に使う。こんなプレイをする奴、ジャンボ以外に会ったことがない。オレは長身なので、少し腰を上げれば相手の顔を見ることができるが、

「ファイナル ラウンド!」

集中することにした。

五本目、相手はオレの闘い方に合わせた。小技で攻めるオレに対して、相手も小技で対抗しくる。ガードは相手の方がうまいので、オレの方がゲージを減らす。しかしオレは小技を当てるために小技を連発しているわけではない。スキをついてコンボを狙った。一度コンボが入った。相手のゲージを四分の一にまで減らした。オレは三分の一くらい残っている。小技で攻めきろうと思った。しかし次の瞬間、

「あっ」

バシ、バシ、バシバシと、相手のコンボが通ってしまった。しかもそのコンボが妙だ。実戦では一度も見たことないコンボで、これを成功させるためには、おそらく一秒の60分の一のタイミングで正確にコマンド入力しなくてはならない。相手がコンボの途中で失敗するんじゃないかと思い、あきらめずにレバーに握っていた。しかし、

「YOU LOSE!」

相手は最後までコンボをキッチリと決めた。

こいつ、やはりジャンボなのか? いや、まさか……。そんなことを思いながら、立ち上がった。

「やっと気付いた?」

そこにいたのは長い髪の少女。転校生の高田さんだ。ゲーム画面の光が顔に反射している。暗闇の中のロウソクのように、彼女だけが光っているように見える。それくらい綺麗だと思った。

「……………」

オレは無言のまま見つめる。CPUとの対戦がはじまり、高田さんは視線を画面に戻す。カロリーゼロのコーラを右手に持ったまま、左手だけで操作している。片手で闘っていることにも驚いたが、対戦していたのが高田さんであることの方が驚いた。無言のまま立ち尽くした。そんなオレを見ると、高田さんも、

「えっ?」

驚いた。オレは高田さんの方に歩いた。隣のゲーム台に誰もいなかったので、座った。次の対戦相手が来ても高田さんは片手で闘っている。オレと会話しながら。

「高田さん、ゲームするんだね。しかもすげぇ上手い」

高田さんは「ふふ」と笑うが、どこか苦笑しているようにも見える。そして、「高田さん、かぁ」とつぶやく。

「え? あれ? 名前、高田さん、だよね?」

「ええ、そうですよ。私は高田さんですよ」

からかうような口調。スネてるようにも聞こえる。なんでそんな言い方をするんだろうか? まぁ、可愛いから良いけどね。

何人かと闘っているうちに、この店では有名な猛者が対面に座る。十秒くらい闘えば相手の強さがわかるものだ。高田さんにだってわかったはずだ。それなのに片手のまま闘うので、先に二本取られてしまう。ジュースの缶をオレに突き出す。

「あげる」

オレは缶に口をつけて、『関節キスじゃん♪』などとくだらないことを思った。するとゲームの対戦者は高田さんに瞬殺される。四本目、本気を出した高田さんに相手も警戒するが、あまり意味がない。対戦時間が十秒から二十秒になっただけで、結果は同じ。高田さんのゲージはほとんど減らずに、相手は倒される。しかも最後に使ったコンボが印象的だ。最高難易度のコンボで、実戦では誰も使わない。しかしジャンボはよく使っていた。オレはマジマジと高田さんの横顔を見た。

「え、もしかして……ジャンボ……なのか?」

五本目もあっさり取ると、高田さんはまた片手に戻す。

「やっぱり返して」

オレの手から缶を奪い、またチビチビと飲みながらゲームを続ける。

「ジャンボって言うけどさぁ、仙道くんの方がよっぽどジャンボじゃないの」

ジャンボとゲーセンに行っている頃だって、身長はオレの方が10センチくらい高かった。ここ半年くらいで更に伸びているので、オレは高田さんを見下ろしている。

「私、身長だって168センチだから、そんなに言われるほど大きくないし、太ってた時だって体重って78キロくらいだったんじゃないかなぁ」

「うそだぁ。100キロはあっただろ?」

高田さんはオレを睨む。ゲームの筐体からは「YOU LOSE!」と聞こえた。

「そんなあるわけないでしょっ!」

急に大きな声を出したのでビックリしたが、周りで見ている奴らもビクッと振るえた。高田さんもそれに気付き、視線を画面に戻す。

「男ってそういうもんなのよね。太り気味の女を見かけると、デブってレッテル貼って、妙なあだ名をつける」

「ジャンボってあだ名、嫌だったら嫌だって言えばよかっただろ?」

高田さんは難易度の高いコンボを決めながら、「いや、別に嫌じゃなかったよ」と言う。本当はどうなんだろう? 嫌じゃないって言ってるけど、やっぱ嫌だったのかな。

「新しいあだ名つけてよ」

妙なことを頼む。今の高田さんには悪い意味での身体的特徴がない。つけにくい。

「名前って確か、千尋、だったよな」

高田さんは振り向いて、「え? 覚えててくれたの?」と嬉しそうにする。いや、今日、自己紹介のときに名乗ったから覚えていただけだ。だけど「まぁな」とウソをついた。

オレは考えたあだ名を口にするが、高田さんに却下される。

「チヒロにゃん」

「なに? にゃんって?」

「チヒっぺ」

「ないな」

「チッヒー」

「うーん、なんか、ちょっと違うかも」

「チヒロン」

「あぁ、なんか離れた」

「ジ アーティスト フォーマリ ノウン アズ チヒロ」

「は?」

『ジャンボ』をのぞけば、そもそも女の子にあだ名なんてつけたことがない。良いあだ名が思いつかない。

「下の名前、呼びやすいから、そのままでいいんじゃねぇのか」

高田さんはカチャカチャと操作しながら「そう?」と言う。画面に目を向けたまま、

「じゃ、名前、呼んでみてよ」

また妙なことを頼む。

意味もなく人の名前を呼ぶのって、なんか妙だなぁ、と思いながらも呼んでみた。

「チヒロ……」

チヒロは無言だが、口の端が少し上に向いている。嬉しかったのだろうか? 何を考えているのかよくわからない。

ジュースを飲み干すと、缶を置いて両手で闘う。両手で闘うと余裕があるようで、オレの顔をチラッチラッと見るようになる。

「お姉ちゃんにさ、別に相談するって感じでもなくてね、ジャンボって呼ばれてるって言ったことがあるんだけどね。そしたらね、太ってるあんたが悪いって言うの」

オレは思わず「ふっ」と吹き出してしまった。そして「ひどいな」と言った。

「でもね、ひどいのはお姉ちゃんじゃないの。世の中ってのはそういうもんなのかなぁ、って、その時思った」

「で、やせようって思ったのか?」

チヒロは「まさか」と言って、苦笑する。

「向こうに行って、食べ物があわなくてね。朝と夜は家だからよかったけど、昼は食べてなかったからなぁ。向こうのお菓子はまずくて食べたくないから間食もしなくなったし」

今のチヒロの体重はどれくらいあるのだろうか? 妹達の身体を思い浮かべて比べてみた。爽は40キロを下回っている。琴音と口喧嘩すると、「お姉ちゃん、40キロ超えてるんだからデーブ、デーブ」と言う。琴音は40キロを少し超えるくらいらしい。花月は、琴音と比べると胸が大きいし、腿も太い。40キロ半ばくらいだろうか。妹達の身長は、爽が145センチなので群を抜いて低いが、琴音が155センチくらいで、花月はもうちょっと高い。チヒロはそれよりも十センチくらい高く、胸は花月よりも大きい。スカートからのびる腿もムチムチしている。それでいてウエストは細く、グラビアアイドルのような体型だ。50キロ前半くらいだろうか。だとすると、この十ヶ月の間に20キロ以上やせたことになる。食事が合わないだけで、そんなにやせるんだなぁ、と驚いた。

「こっちで生活してたら、また戻っちゃうかもな」

なかなかの冗談を言ったつもりだが、コンボの入力をしているチヒロにギロッとにらまれる。

「じょ、冗談だよ」

冗談を言った後に、『冗談だよ』と言うほど悲しいことはない。

「仙道くん、太っている子が特に好きってわけじゃないんでしょ」

「あぁ、まぁ、そうかなぁ」

チヒロはゲームをしながら、首をコキコキと二回振る。

「じゃ、この体型を維持しようかな」

「えっ?」

オレは太っている子が好きじゃない。だからチヒロが体型を維持する。オレの日本語の理解力は正常だと思う。つまり……つまり……つまり……えぇっと、あれだな、だとすると、導かれる答えは……

困惑していると、チヒロは「ふっ」と吹き出す。

「なんで、自分は冗談ばっか言うクセに、人が冗談言うと間に受けるわけ?」

オレは乾いた声で「あはははは」と笑うしかない。

「今の体重ならね。私が上にのっても仙道くんはつぶれないし、私が下になってもお腹が邪魔にならないわよ」

想像してみるとかなりエロいが、それよりも怖さを感じる。オレが一年前に言った言葉、

『あいつがオレの上に乗ったら、オレは押しつぶされるし、オレがあいつの上に乗ったら、腹がじゃまで何もできないだろ?』

覚えているのだろう。

「……根に持ってるのか?」

「九十才くらいになって、ボケて自分の名前を忘れても、あの言葉だけは絶対忘れないと思うなぁ」

相当根に持ってるな……。女の記憶力は異常で、たまに煩わしさを感じる。

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