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いもうと同盟  作者: みやこ
いもうと同盟
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再会1

朝、起きると、体の半分に重みを感じる。柔らかい重みだ。二段ベッドの下がオレで、上が妹なのだが、夜中に妹が下り来てしまいオレのベッドにもぐりこむ。妹の名は琴音ことね。琴音はオレの右側にいる。琴音の両足がオレの右足を包み、顔はオレの脇のあたりにある。琴音の胸は年相応の大きさがあり、オレの腹に押し付けられている。やわかい体の中でも胸が最も柔らかい。琴音はほとんど運動をしないので、人間として最低限の筋肉しかないだろう。オレの右半身はマシュマロに包まれているかのようだ。

「ええっと……」

朝はいつもこういう感じだ。オレはいつも硬直する。

琴音の右腿がちょうどオレのアソコに触れか触れないかの位置にある。男には朝の生理現象というものがある。困ったものだ。髪の香りがする。甘いような、石鹸のような、果実のような、花のような……。とにかく良い香りだ。そんなことを思ってしまうと、煩悩が生理現象に追従する。心臓のように脈打つ。オレは腰をひいた。

「おきろっ 朝だぞ」

琴音は一瞬ピクッと肩を震わせる。「うーん」と高い声でうなると、抱く力を強くする。

「おきろっ!」

鼻をつまんで左右に振ってやった。今度は楽しそうに「んんっ」と声を漏らす。顔をこちらに向ける。寝起きのトロンとした表情だ。

「あと、五分だけ」

そう言うと、顔をオレの脇のあたりに押し付ける。オレの脇は特別に臭いというわけではないが、多少は匂うだろう。琴音の両肩をつかんで押しのけた。琴音の軽い体は抵抗することもなく、すぐに離れる。琴音の目は半開だ。

「おはようございます」

琴音が膝立ちになると、オレの脈打っているところに腿がふれる。

「あっ♡」

恥ずかしさ、罪悪感、それだけではない別の何かもフツフツとわいた。琴音の視線がそこへ向かう。すると急に罪悪感だけが増す。オレは跳び上がり、ベッドの隅に逃げた。

「いやっ、これは違うんだ。朝だから、そのぅ、なんかこんなふうになっちゃう時があるっていうか……」

琴音は目をこすり、瞳をキョロッとオレの方に向ける。

「朝立ち、ってやつですよね。私、歳のわりには奥手だと思いますが、それくらいのことは知っています」

アナウンサーのようなハッキリとした日本語。恥ずかしがられるよりはマシだが、妙にムカつく。

「い、いつもいつも、お、おれのベッドに来るなって、い、い、言ってるだろっ!」

「ええ。言われていますし、記憶しています」

「じゃ、なんで……」

「私が、勇真ゆうまさんの要望を無視しているからです」

オレの眉間にはしわがよっているだろう。そんなオレの顔を見ても、琴音は表情を一切変えない。

「仕方ないじゃないですか。冷え性で足を温めていないと眠れないんですから」

「靴下履いて寝ればいいだろ?」

「素足の開放感がないと寝れません」

「湯たんぽとか」

「あんなもの、温かいのは最初だけです」

「ほら、いろいろと電化製品とかあるんじゃないのか?」

「暑くなりすぎたりするので、あまり使いたくありません」

言い合いや口喧嘩でこいつに勝つことは少ない。オレがムスッとしていると、

「勇真さんは、一度寝てしまうと何をしても朝まで起きないのだから、何も害はないじゃないですか」

こんなことを言う。

「いや、その、だから、男と女だし、色々とだな……」

「大丈夫です。私、そういうの気にしませんから」

「オレが気にするんだよっ!」

「いいじゃないですか。減るもんじゃあるまいし。だいたい妹の私に対して意識しすぎなんじゃないですか?」

やはり言い負かされる。オレが妹である琴音に性的な感情を抱いているところに問題の根源がある。オレが意識しなければ何も問題ないわけだ。返す言葉がない。仕方なく、

「減るもんじゃあるまいしってさぁ、女が言うセリフかよ」

捨て台詞を残し、前かがみのまま部屋を出た。情けない。

用をすませて、歯を磨き終わる頃には股間の熱もひいた。

部屋に戻ると、琴音が着替えている。羞恥心がないようで、オレが部屋に入ってもテキパキと着替えている。椅子に座って、パジャマを脱いでいる。寝ている時、琴音はブラをつけていない。見ようと思えば胸を見ることもできる。見たりはしないが、想像してしまう。色白の肌にピンク色の……、いやいや、こんなこと考えていたら、また生理現象が加速してしまう。背を向けていても、布すれの音やブラをつける音など、そういった音がオレの脳に伝わる。ああぁ、今、ストッキングを履いている! ススッと足を通し、パツンッと腰まで履く。この音が一番好きだ。ああぁ、いやぁ、いかんいかん。オレは首をブンブンと振った。ササッと制服に着替えて、一階に降りた。

ジュウジュウという音。こうばしい匂い。父さんがキッチンで目玉焼きを焼いている。

「マオさんは仕事?」

「あぁ、締め切りが近いからな」

『マオさん』とは父さんの再婚の相手、つまり今のオレの母親だ。『母さん』と呼ぶのがテレくさくて、『マオさん』と呼んでいたら、ずっとそう呼ぶようになってしまった。うちのマンションの近所にマオさんの仕事場がある。漫画家だ。連載しているのは月刊誌だし、ページ数を少なめにしている。常にハードワークというわけではないが、締め切り前は仕事場にこもる。今頃、二人のアシスタントの方と頑張っているだろう。

リビングでは、琴音の双子の弟、そうがパンを頬張っている。オレを見ると、ゴクッと急いで飲み込み、「お兄ちゃん、おはよう」と挨拶する。

「あぁ、おはよう」

父さんは目玉焼きを二つずつ焼く。オレがいつも座るところにもすでに目玉焼きが置いてある。オレは塩をかけて食べる。爽は「ええっとぉ」と言いながら、テーブルの上をキョロキョロと見回す。ケチャップを探しているのだろう。

爽の体のことについて詳しいことは知らないが、男としての成長が全く見られない。声変わりもしてなく、骨格も随分と細い。少しやせぎみの琴音よりも更に細い。高一になっても見た目は小学生のようで、身長も150センチを下回る。顔つきは琴音に似ているが、脂肪が少ないせいか人形のような造形美を見せている。

そんな容姿と素直な性格が相まって、マオさんにはお人形のように扱われている。可愛らしい服をたくさん買い与えられるし、月に二回くらいのペースで美容院につれていかれる。髪型は耳を隠すくらいのショートカットで、金髪だ。ロールの多いパーマをかけているのでフランス人形のようだ。今着ているパジャマも随分と可愛い。白地に花柄。フアッとしたやわらかそうな生地で、袖口や首の周りにフリルがついている。

琴音よりも高い声で、

「パパァ、ケチャップってある?」

キッチンにいる父さんにきく。

「ああ、あるよ」

椅子からピョンとおりて、キッチンへ向かう。ドロワーズから伸びる白い足。フローリングの床を素足のままペタペタと歩く。ケチャップを取ってくると、目玉焼きにたくさんかける。そんなにかけたらケチャップの味しかしないんじゃないかと思う。乱雑にフォークで切り刻むと、テレビに目を向けたまま口にもっていく。もちろん口のまわりにケチャップがつくし、服にもこぼす。あまり食事作法などにこだわらないオレだが、

「爽、口のまわりにケチャップついてるぞ」

さすがに注意した。

爽は舌で口をなめ回す。そんなことをしても全然とれない。オレがティッシュを一枚とると、爽は顔をこちらに向ける。すこし乱暴に拭いてやった。それなのに爽はニコニコと嬉しそうにしている。

「服にもこぼしてるぞ」

「いーの。パジャマだし」

パジャマといっても随分と高そうだ。ユニクロで買ったオレの私服よりも高いだろう。まぁでも、汚してもマオさんがすぐに新しいのを買うので、何も問題ないんだがな。

父さんが目玉焼きをさらに二つ持ってくる頃には、琴音がリビングへやってきた。

爽は愛想よく「お姉ちゃん、おはよう」と挨拶するが、琴音の挨拶は「あ、うん」と短い。父さんには会釈して、テーブルの席につく。すぐに食べはじめる。

昨今の世の中では複雑な家族構成というのも珍しくない。オレは父さんの実子で、琴音と爽はマオさんの実子だ。つまり、琴音は妹とはいってもオレとは血がつながっていない。再婚したのは五年前。その時オレは小六で、琴音は小五だ。二人の身体つきは少しだけ男女の成長を見せていたし、性的なことを意識しても不思議はない。正直言ってオレは意識していた。今、オレが高二で、琴音が高一。今のオレはもっと意識している。しかしどうも琴音にはそういう素振りが見えない。

「勇真さん、早く食べてください。学校、遅れますよ」

「あぁ」

琴音はオレのことを『勇真さん』と呼ぶ。アナウンサーがニュースの原稿を読んでいるような、そんな口調だ。顔の表情もあまり変えない。大人っぽい顔立ちをしているわけでもないが、常に落ち着いているので、少し年上にも見える。髪型は爽と比べるとシンプルで、背中の真ん中くらいまであるロングのストレート。前髪は眉の位置よりの少し長い。髪の隙間から小さい耳が見える。

「なんですか?」

オレが見ていることに琴音が気付いた。

「あぁ、いやぁ、別に、なにも……」

琴音は目玉焼きがのっている皿を少し自分の方に引き寄せる。

「あげませんよ」

「いらねぇよ」

琴音はオレのことをどう思っているか? それがわからない。嫌われてはないと思うが、単なる人間湯たんぽだと思っているのかもしれない。

「箸がすすんでませんね」

「箸じゃない。フォークだ」

琴音は少しだけムスッとする。

「くだらない」

琴音を不機嫌にすると、なぜか勝ったような気持ちになる。

「お前こそ、急いで食べろ。花月かづきが迎えにくるぞ」

琴音は返事をせず、食べるスピードも遅いままだ。モグモグとゆっくり噛んでいる。

ピンポーン、と電子音がリビングに響く。いつも決まった時間に花月が迎えにくる。花月はうちのマンションの向かいに住んでいて、有体に言うと幼馴染というやつだ。オレよりも一つ下で、琴音や爽と同学年だ。

チャイムがなると、オレと爽は急いで仕度を済ませて玄関へ向かう。ドアを開けると、

「勇ちゃん、爽ちゃん、おはよう」

花月はニコッと笑う。

「あぁ、おはよ」

「琴ちゃんは?」

「あぁ、いやぁ、まだ……」

オレや爽と違って琴音は急がない。紅茶を飲んだり、洗面所の鏡の前に立ったり、とにかく急がない。部屋に鞄を取りに行くのもゆっくりだ。やっと玄関に来て、ゆっくりと靴を履く。

「琴ちゃん、早くしてよぉ。遅刻しちゃうよぉ」

琴音がボソッと「朝からうるさいわね」と言うと、花月の頬が膨れる。

「遅刻しちゃうから言ってるのにぃ」

「花月が騒いだって、私は急がないんだから、無駄よ」

「もうっ、そんなこと言ってぇ」

琴音はテクテクとエレベータの方に歩き出す。花月は頬を膨らましたまま琴音をジロッと見ている。琴音が振り向く。

「なに突っ立ってるの? 本当に遅刻するわよ」

花月の頬が更に膨れる。

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