第4話 名もなき幻の大女優
2013年6月14日午後1時32分、東京都新宿区・映画館“キネマ・マハタリ”。魔神“ヴォルケニックス・グランドバアル”こと柳生但馬守宗矩は新宿にあるこの小さな寂れた映画館の前にいた。こんな誰も気づかないような周囲に溶け込んでいる映画館に何故いるのかというと、遡ること1週間前、宗矩がたまたま散歩している時に見つけたからである。そもそも宗矩はあまり映画を見ないし、映画館にも滅多に行かない。映画ならDVDを借りればいいし第一、新宿には新宿バルト9や新宿ピカデリー、テアトル新宿など幾つもの映画館が存在している。ただ映画を見るだけならばそこに行けばいいのだ。わざわざこんな所で見るのには宗矩が妙にこの小さな映画館が気になったからという理由があった。
「おや、いらっしゃい」
「大人一枚だ」
「毎度あり。最近、よく来てくれるねぇ」
「何というか妙に気に入ってしまったのだ、このレトロで懐かしい雰囲気が」
宗矩は入口入ってすぐにある簡素な窓口でチケットを購入する。売り子をしている老人は実はここの映画館の館長をしている人物だった。しかし、館長ではあるもののこの映画館のスタッフはこの老人しかおらず、実質的には個人で営業している映画館となっている。なんとチケット販売や映画の上映、館内の清掃をすべて1人で今までこなしていたが、残念ながら施設の老朽化や高齢に伴う館長本人の体力の限界もあって、残念な事に今月末をもって閉館してしまうらしい。
「しかし、誠に残念だ。今月末でやめてしまうのだろう?」
「ハハハ、残念だけど私も歳には勝てないさ。それにもう誰も来ないよ、こんな寂れた映画館には」
「それも時代の流れ故か…」
「さて、好きな席に着いて待っててくれんか?もう少ししたら映画を流すから」
そう言って館長は映写室に向かい、宗矩も客席に向かう。ここキネマ・マハタリは40席程度の小さな映画館だ。上映しているのはジャンルは問わないが、どれもこれも少なくとも30年以上前の作品ばかりで、それをいつでも大人1000円という低価格で上映している。確かに今の映画とは見劣りする部分はあれど、その時代ならではのエネルギーを作品から感じ取る事が出来る。因みに映画を見る際、拘りとして宗矩はなるべく客席の1番後ろに陣取って作品を見るようにしている。こんな寂れた所なので客は宗矩1人だけかと思いきや、客席には決まって1人の老女がいるのだった。
「ふっ、またまた卿に会ったな」
「おや、あなたは…」
「そういえば、何度も卿に会っているのに卿の名を訊いていなかったな。我は柳生但馬守宗矩、卿の名を訊かせて貰おうか?」
「私、豊田ハツと申します」
彼女の名は豊田ハツ。宗矩がこの映画館を訪れた際に必ずいる老女である。今までここを訪れる度に必ず会っているのだが、こうやって話をするのは今日が初めてだった。本当にいつもいるので、宗矩も少々気になっていたようだ。話してみると物腰柔らかな女性で宗矩も安心して話をかけてみようとする。
「豊田ハツか…覚えておこう」
「いいのよ、覚えておかなくて。ここがなくなったら、あなたは私に会えなくなるのよ?」
「この近くに住んでいるのだろう?」
「…………えぇ………」
「ならば会えよう」
確かにこのキネマ・マハタリが閉館してしまえば、ハツに出会う事は少なくなってしまうだろう。しかし、よほどの事がない限り全く会えなくなるわけではない。生きてさえいれば何処かでばったり会う事もあるハズだ。そう生きてさえいれば。とは言え、ハツは老人なのである。いつ亡くなってしまうかわからない。だから自分に対して悲観的な発言をするのだろうと宗矩は思っていた。
「卿はまだまだ生きる事が出来る。だから、そこまで悲観的になる必要は全くないと思うが?」
「ふふっ、あなたって面白い人なのね」
「我はそうは思わんが…」
「若いのにそんなに謙遜しなくていいのよ。あなたは充分面白い人よ、そこは胸張っていいと思うわ」
若いと言われても宗矩ことヴォルケニックスは実年齢約37000歳である。何とも気の遠くなるような年齢だが、外見は人間で言うなればだいたい30代半ばに見える。実年齢も人間に換算すればだいたい外見同様30代半ばになるのだろうか。宗矩は普段はあまり自分の年齢を気にしていない。とはいえ、人間ではないのでやはり老化するスピードは圧倒的に遅い。いずれは自分が育てた花梨や拓海達が大人になり、結婚して子供が生まれ、やがて老人となって死んで行く。宗矩は彼女達と同じように生きる事が出来ず、1人取り残されて行く。そう考えると虚しいし、寂しい。
「そういえば、ここはいつも同じ女優が主演の映画しか流さないが、何故なのだ?名は確か…」
「大空八重子ね。ここの館長さんがその大空八重子の大ファンなの。私も大ファンなのよ」
「大空八重子か…訊いた事がないが?」
「若い方には誰だか知らないかもしれないけど、戦後を代表する大女優よ。もっとも女優でいた期間が短かったから知らない人が多いのも事実だけど」
このキネマ・マハタリでは不思議な事にある女優が主演している映画しか上映していなかった。その女優の名は大空八重子。ハツが言うには戦後を代表する大女優らしいが、女優としての活動期間が短かったらしく、少なくとも宗矩は知らなかった。そもそも宗矩自身、あまり俳優・女優、タレントに興味がなく、有名な役者であっても知らない事も多い。どちらかと言えばアニメやゲーム好きなので、無駄に声優の知識はある方だ。
「なるほど、だからその大空八重子という女優が主演した作品しか上映しないわけだな」
「えぇ、忘れ去られていくのは可哀想だわ…」
「確かに忘れてしまう事は寂しい事だ」
そんなしんみりした話をしているうちに館内にブザーが鳴り響く。それはこれから大空八重子主演の映画が始まるという合図だった。館内の電気が消灯され、スクリーンに映像が映し出される。タイトルは『奮闘!女教師』というありきたりな物で、ストーリーも大空八重子演じる女教師がど田舎の小学校に赴任して子供達と一緒に成長していく話だった。大空八重子の事を意識して見てみると容姿はその時代らしい黒髪の美人、演技も良かったと宗矩は思う。後、宗矩的には子役の演技が下手くそでしかもウザったらしいところが気になった。今の子役は演技が上手いと聞いているし、花梨と比べて何とも可愛げのないガキだと思ってしまう宗矩だった。こうして全編100分前後の映画は幕を降ろした。
「確かに卿の言うとおり、大空八重子はいい役者だった」
「ふふ、ありがとう」
「だが、子役が気に入らん。かつての子役はあんなに下手なものなのか?それに可愛げがない」
「ダメよ、あの子達の事悪く言っちゃ。あの子達だって一生懸命頑張っているのよ」
「むぅ、そうか…」
ハツに窘められてしまう宗矩、意外と彼女の言葉に引き下がってしまう。まるで自分の母親に窘められたような何処か懐かしい気持ちになる。思えば、宗矩がこの人間界に災臨してから早3000年の時が経過していたがその間、宗矩は1度も故郷である魔界に戻った事はない。家出同然で魔界から飛び出してこの人間界に災臨したので、宗矩としては2度と魔界に帰るつもりはない。しかし、ハツと話しているとまるで自分の母親と話しているような気分になってしまう。今まで心配した事はなかったが、今ごろどうしているのか。
「どうしたの?」
「いや、卿と話しているとまるで故郷に残していた我が母を思い出すのだ」
「まぁ、あなたがそんな事言うなんて嬉しいわ」
「そ、そうか…」
どうやら宗矩はハツには頭が上がらないらしい。やはり、ハツに自分の母親を重ねてしまっているからだろうか。思えば、ハツは自分の母親に似ているところがある。聡明で優しいところはそっくりだ。2人はロビーに向かう。そこには先程まで映写機を動かしていた館長も見送りの為にいた。宗矩は花梨が待っている我が家に帰ろうとしていた。
「また来てね、我々はいつでも待ってるから」
「そうしよう」
「またここで会いましょう」
「そうだな。では、失礼」
午後6時14分。新宿区・フライングデビル2階柳生家。今日はフライングデビルやわ営業しておらず、宗矩と学校から帰って来た花梨が親子水入らずの時間を過ごしていた。今日の夕食はカレーライスだ。夕食の中で宗矩は花梨にキネマ・マハタリの事を話す。花梨はそんな宗矩の話を真剣に聞き、興味を抱いていた。
「……という事があったわけだ」
「へぇ、小さな映画館かぁ…いいな、いつか花梨も行ってみたいな」
「そうか、彼等もきっと喜ぶであろう。しかし、あそこは今月末で閉めてしまう。行くならば早めに行ってやるといい」
「うん、わかった」
花梨がキネマ・マハタリに興味を示してくれたので、宗矩は花梨の為にキネマ・マハタリへの簡単な地図を書いて花梨に渡す。残り僅かな営業期間ではあるが、新たに客が来てくれれば館長やハツも喜ぶであろう。これもひとつの恩返しになるだろうと宗矩は思っていた。花梨も宗矩が喜ぶ事をしたいのだ。
「どんな映画やってるの?」
「ハッキリ言えば、一昔前の映画だが味があって面白いのだ。確かに今の作品と比べて劣るところはあるが、何というかエネルギーを感じる…そんな映画だ。あと主演がどれも大空八重子という幻の大女優なのも特徴だな」
「大空八重子?どんな女優さんなの?」
「よくわからんが、戦後を代表する大女優なんだそうだ。我もどんな人間なのか知らないが。まぁ、花梨は知らないだろう」
「そうだね、初めて聞いたよ」
宗矩は帰ってから大空八重子に関してネットで調べてみたが、何故か全く情報が見つからなかった。ハツが言うには戦後を代表する幻の大女優なんだそうで、なかなか情報が手に入らないのは覚悟していたが、情報社会となった現在でこれだけ探しても見つからないのは少々気になった。しかし、自分はあの映画館で彼女の映画を何本も見ている。間違いなく大空八重子は存在していたのだ。宗矩はそう確信する。
「今度また行くつもりだから、ハツに大空八重子について話でも訊くとしよう」
「花梨も会えるといいな、そのハツさんに」
「マハタリに行けば、きっと会えるさ」
「うん!」
6月19日午後3時42分。東京都新宿区内。新宿第七中学校を出た花梨は宗矩から渡された地図を頼りにキネマ・マハタリを探していた。本当ならすぐにでも行きたかったのだが、色々と忙しかったのでなかなか時間が取れず、地図を渡されてから約1週間後にようやく時間がとれたという事だった。その間、宗矩は暇さえあればキネマ・マハタリに向かい、映画を見て来ていた。そんな父が羨ましい花梨は地図を片手に愛用のスクールバッグを肩にかけて探し回っていた。しかし…
「変だなぁ、全然見つからない…」
キネマ・マハタリを探し回る事数十分、花梨は未だにキネマ・マハタリに辿り着けずにいた。この辺りは民家や家が多い上に宗矩が花梨に渡した地図がかなり大雑把に書かれている為、探索は困難を極めていた。素直に宗矩に連れて行って貰えば良かったかもと花梨は少し後悔してしまう。そんな途方に暮れた花梨に声をかける人物がいた。
「諦めて帰ろうかな…」
「お~い、花梨ちゃ~ん!」
「あっ、美鈴お姉ちゃんだ!」
花梨に声をかける人物…それはスパイゼル事件で宗矩と関わりを持った新宿総合高校3年生の藤沢美鈴であった。あの事件以来、美鈴と親友の生徒会長・稲川真姫は揃ってフライングデビルで働かせてもらっていた。宗矩から信用出来ると見なされた事で働く事になり、必然的に花梨とも関わりを持つ事にもなる。美鈴は特に花梨と仲良くなっていた。2人の共通点は貧乳である事。巨乳爆乳に憧れ、そして同時に巨乳爆乳を妬む2人はいつの間にか姉妹みたいに仲良くなっていた。
「何やってんの?」
「パパが最近通ってる映画館を探してるの。キネマ・マハタリって言うんだけど、美鈴お姉ちゃんは知ってる?」
「おっさんが?いや、アタシはそんな映画館知らないんだけどさ、アタシも一緒に探そっか?今日は店やらないなら暇でさ~」
「真姫お姉ちゃんは?」
「真姫は弓道部で忙しいよ。まっ、もうすぐ引退するから少しは一緒に遊べるよ」
一方の真姫は弓道部の稽古で汗を流しているそうな。ギャルな美鈴や拓海・文乃と異なり、真姫は生徒会長を務める真面目な人間だ。稽古はサボらず毎日参加し、家に帰ってからも自宅の道場で武道の稽古に励んでいたりと己を磨く毎日を過ごしていた。そういう事からバイトのシフトも店内で1番少なく、なかなか一緒に遊ぶ機会も少なかったりする。花梨や宗矩は思うのだが、そんな真面目な真姫とギャルな美鈴、不良の拓海や文乃とはどうして仲良くなれたのだろうかと不思議でならなかった。
「よっし、早速探そっか!」
「うん!」
美鈴の協力を得た花梨はキネマ・マハタリの探索を再開する。1人より2人がいいさなんて言うように目的のキネマ・マハタリの探索は美鈴のおかげでスムーズに進み、ようやく辿り着こうとしていた。古き良き時代を感じさせるというキネマ・マハタリに胸を踊らせて花梨と美鈴は対にキネマ・マハタリに辿り着いた。辿り着いたハズだった。だが、そこにあったのは信じられない光景であった。
「ねぇ、美鈴お姉ちゃん」
「なんだい?」
「ここでいいんだよね?」
「うん、地図の通りだとね」
「なんで…なにもないのかな?」
キネマ・マハタリがある場所、そこにはそんな名前の映画館はなかった。じゃあ、何があるのか。何も建っていなかった。目の前に広がるのは更地だけである。しかも、周りは何かしらの建物が建っているにもかかわらず、何故かそこだけ更地となっていた。花梨は信じたくなかった。信じてしまうと宗矩が自分に嘘をついた事になってしまうからだ。
「もしかして、パパは花梨にウソついたのかな?」
「そ、そんな事ないって!おっさんがさ、花梨ちゃんを悲しませるような事しないって!」
「わかってる、わかってるけど…」
「じゃあさ、おっさん今まで何処に行ってたんだろうね?」
キネマ・マハタリが見つかるどころか存在すらしていなかった現実に意気消沈する花梨を必死にフォローする。ここで疑問が浮上する。では、宗矩は今まで何処に行っていたのだろうか。宗矩が嘘をついているとは思えないが、それなら何処に行っていたのか。そもそも大空八重子という女優や豊田ハツという老人は実在するのか。本人はキネマ・マハタリに行ったし、大空八重子の主演映画を見たし、豊田ハツという老人にも会ったと胸を張って言い切れるだろうが。
「…パパが言ってた事はやっぱり全部ホントなんだと思う。でも、もしかして変な事に巻き込まれてるのかも…」
「あ~、それっぽいよね。何かこうミステリードラマみたいじゃん」
「こういう時は調べて貰おう!」
「おっ、アテがあるの?」
「うん!」
午後5時19分、新宿区内・スカルハート探偵事務所。花梨と美鈴はJR新宿駅に近い古びた雑居ビルの3階に来ていた。そこには小さな探偵事務所があった。名はスカルハート探偵事務所という。花梨に連れられる形でこの探偵事務所に来てしまったわけだが、まさか探偵と知り合いだったとは夢にも思わない美鈴だった。因みに美鈴と真姫はまだ会った事ないが、柳生家は警視庁超常犯罪捜査課課長・神楽坂葵とも交友がある。
「ここだよ」
「た、探偵事務所じゃん!えっ、何?花梨ちゃんは探偵にも知り合いがいるの⁉」
「うん、たまにお世話になってるの」
「ひょえ~!」
「失礼します」
美鈴が驚くのをスルーし、花梨はスカルハート探偵事務所の中に入って行く。中はあまり資料などがあちらこちらに散乱していて整理整頓されていないので、ちょっと小汚い事務所という印象があった。そして奥の窓ガラスに面した大きなデスクにこのスカルハート探偵事務所の所長・赤羽海舟の姿があった。彼はかつて優秀なエリート刑事だったが捜査中に負った怪我が原因で警察を退職せざるを得なくなり、現在はこうして新宿に小さな探偵事務所を開き、細々と人々に貢献している。
「やぁ、花梨じゃないか。元気だったかね?」
「うん、花梨は元気だよ。海舟さんは相変わらず暇そうだね。仕事してるの?」
「ふっ、少なくとも君達の店と比べれば私は暇じゃないさ。今日も元気にペット探しだよ」
「あ、あの~、花梨ちゃん、紹介してよ」
「あっ、ゴメンね。この人はこのスカルハート探偵事務所の所長さんをしている赤羽海舟さん。で、この人が花梨のお友達の藤沢美鈴さん」
蚊帳の外にされてしまった美鈴に花梨は海舟を紹介する。海舟は専用の席から立ち上がると美鈴と握手を交わす。立ち上がってみるとわかるが、185cmと意外と身長が高い。体型もがっちりしている。スタイルだけ見ると宗矩に近いかもしれない。因みに花梨の身長は152cm、美鈴の身長は155cmとそんなに大差はなかったりする。
「赤羽海舟だ。よろしく頼むぞ」
「藤沢美鈴で~す、シクヨロ♫」
「早速だけど、依頼しようかな」
「何だね?花梨にしては珍しいじゃないか」
「うん、実はね…」
花梨は海舟にこの一連の事件の事を話し、キネマ・マハタリや豊田ハツ、大空八重子について調べるように依頼する。実は海舟も宗矩の正体が魔神“ヴォルケニックス・グランドバアル”である事を知っている人物の1人である。宗矩も何度か怪物に関する情報を入手すべく、海舟に調査を依頼した事があり、そういう事もあって花梨とも顔馴染みとなっていた。海舟は宗矩を情報面でサポートする仲間の1人なのだ。
「なるほど、まさか彼がそんな事になっているとはね…わかった、引き受けよう」
「ありがとう!」
「ただ、調べる為に少し時間が欲しいんだ」
「うん、わかった。お願いします」
海舟に事の真相を突き止めるように依頼した花梨は美鈴と一緒にスカルハート探偵事務所を出て、帰路につく。午後6時近くなっているが、日没が遅くなって来ているのか、まだ外は明るいほうだった。美鈴は花梨に海舟が本当に信用出来るのか疑問になったので尋ねてみる。美鈴の海舟の第一印象は気障っぽくて胡散臭いという散々なものだった。
「なぁ、ホントにあの探偵信用出来るの?なんかさ、胡散臭い感じがするんだけど」
「海舟さんはこの近辺の探偵さんで1番優秀な探偵さんなんだよ。だから、安心していいと思うよ」
「そうかな~?」
6月23日、午後7時28分。新宿区・フライングデビル。柳生但馬守宗矩は娘の花梨と美鈴と一緒にフライングデビルを営業していた。今日は日曜日だったので学生のみならず、一般のお客も数多く来たので繁盛していた。さすがにこの時間となると客もいなくなり、店内は3人だけとガラリと寂しくなっていた。花梨が海舟に依頼してから数日が経過しているが、その間も宗矩はキネマ・マハタリに通い詰めていた。何も知らないであろう宗矩を見ていると少々複雑な気持ちになる花梨だった。そんな中、遂に彼が現れた。
「いらっしゃいませ!あっ!」
「やぁ、久しぶりだね」
「卿か、本当に久々だな。何しに来た?」
「少しばかり君に見てもらいたいものがあってね」
海舟はそのままカウンター席に座り、バッグから調査資料を出して宗矩に渡す。渡された宗矩は海舟の調査資料を目に通すが、次第にその表情は信じられないといったものに変化していく。そこに書かれているのは今まで何の疑問も抱かずに接してきた宗矩にとって到底認められないものだからだ。
「……何だコレは?」
「花梨から訊いたよ。君がキネマ・マハタリという映画館に最近通い詰めている事を。それ自体は別に問題ない。問題なのはそんな映画館はこの世には存在しないという事だ」
「そんな馬鹿な…」
「確かにキネマ・マハタリという映画館が存在していたのは事実だ。だが、50年前に放火によって焼失してしまい、今はずっと更地のままになっている。昨日、君がキネマ・マハタリに行くのを尾行させて貰ったが、君はキネマ・マハタリの跡地に足を踏み入れた瞬間に消えてしまったのだ」
次々に突きつけられる真実。キネマ・マハタリは実在していた映画館だが、50年前の放火によって焼失してしまい、今は更地になっている事。その放火によって2人死者が出てしまい、それが宗矩と親しくなった豊田ハツと館長である事など海舟の調査によって新しい事実が次々と浮かび上がって来た。つまり、宗矩は今の今まで幽霊と話をしていたという事になってしまうのだ。
「まさか2人がもうこの世に……あの2人は老人の姿をしていたからわからなかったが、幽霊だから姿を変える事も可能だったわけか…」
「パパ…」
「どうする?君が彼等にしてやれる事は…」
「まずは店が大事だ。それは後でもよかろう」
そう言って宗矩は渡された調査資料をカウンターに置き、厨房に戻る。本当は今すぐにでもキネマ・マハタリに向かい、真相を2人から聞き出したいところだが、フライングデビルを放ったらかしにするわけにもいかない。結局、その後お客は誰も来ないまま今日の営業は終了した。後片付けには海舟も手伝わされる羽目になったが、お陰でいつもよりも早く片付けが終わる事が出来た。
「着いたな」
「更地だけど、やっぱりパパには見えるの?」
「あぁ、事の真相を知っても尚、我にはキネマ・マハタリがちゃんと目の前にあるぞ」
午後9時20分。新宿区内・キネマ・マハタリ跡地。フライングデビルの後片付けを済ませた一行はこの地を訪れていた。一般人の目には草一つ生えていない寂しい更地が目の前に広がっているが、宗矩の目には寂しい更地がキネマ・マハタリに映っていた。存在しないとわかっていてもどうやらそれは変わらないらしい。宗矩の他には海舟に花梨、なんかノリでついてきてしまった美鈴もいた。因みに美鈴は幽霊が大の苦手である。
「何も卿まで来る必要はないのだが…」
「こ、怖くねぇし!ゆ、幽霊なんてさ‼」
「ふっ、勝手にするがいい」
足をガタガタ震えさせながらも虚勢を張って見送る美鈴に何か妙に癒されながらも宗矩はキネマ・マハタリに赴こうとする。魔神が幽霊相手にどうするのか、花梨や海舟は見当がつかなかった。幽霊を見る事が出来る宗矩は幽霊を倒す事も出来るという。実際、宗矩の武器である禍太刀命と射抜神命は幽霊相手にも通用する武器なのである。過去にも何度か幽霊を倒した経験もあるという。
「パパ、気をつけてね?」
「案ずるな、花梨。我は必ずここに戻って来るぞ。海舟、それまでの間、花梨と美鈴を任せる」
「あぁ、任せてくれたまえ」
「うむ」
人間の盟友である海舟に花梨と美鈴を任せると宗矩はキネマ・マハタリの跡地である更地に足を踏み入れる。宗矩がキネマ・マハタリに入る…つまり跡地である更地に足を踏み入れると宗矩の姿は消えてしまう。目の前で宗矩が消えて驚く花梨と美鈴。海舟は昨日の尾行で実際に目にしている為にそこまで動揺はしていなかった。
「き、消えた?」
「い、イリュージョン⁉イリュージョンだよね⁉」
「頼んだぞ、宗矩…」
キネマ・マハタリに足を踏み入れた宗矩はロビーでいつものようにくつろぐ館長と豊田ハツの姿を見つける。幽霊であろう事がハッキリとわかっているものの、やはり生きている普通の人間にしか宗矩は見えなかった。そんな2人にしてやれる事はたった1つしかない。悲しくも堅い決心を胸に秘め、宗矩は2人に話しかける。
「やはり、いたか」
「やぁ、珍しいねぇ。夜に来るなんて」
「あら、こんばんわ」
「単刀直入に聞こう。卿らは…幽霊なのだな?」
本当に単刀直入にハツと館長に幽霊かどうかを尋ねる宗矩。彼自身あまり回りくどい事を好まないので、ハッキリ訊いてしまう。その問いに対し、2人は否定してする事なくニッコリ微笑み肯定する。すんなり肯定されてしまった為、宗矩は少々驚く。本当なら嘘だと言って欲しいぐらいだった。
「あぁ、そうだよ」
「えぇ、よくわかったわね?」
「あ、あぁ…我が友が卿らの事を調べてくれたおかげだ。我1人が突き止めたわけではない」
「なるほど」
「調べてくれたおかげで、色々な事がわかった。このキネマ・マハタリが50年前に焼失してしまい、その際に卿らは死んでしまった事。卿らが夫婦である事。大空八重子という女優は実はハツの芸名なのだという事…」
そう、このキネマ・マハタリの館長こと豊田五郎は実はハツの夫で、そして大空八重子とはハツの芸名である事が宗矩の口から語られた。これらもすべて海舟が調べた事実である。勿論、これを知った時の宗矩はとても信じられないといった心境だったが、結局すんなりと納得してしまった。心の何処かでそうなんじゃないかと思っていたからなのだろうか。
「あら、そんな事まで」
「で、君は私達をどうしたいのかな?」
「卿らには成仏してもらいたい。いつまでもこの世にはいたくないだろう?」
それが事の真相を知った宗矩の願いである。ある日、見ず知らずの輩が引き起こした放火によって命を奪われるまで、苦労したけれど幸せな人生を過ごしてきたであろう2人の事を考えるとそれが1番だと思ったからである。いつまでも自分達が死んだ場所に居続ける必要はないのだ。
「それにいつまでもこんな虚しい事をし続ける必要はない。ここで流れていた映画は実は存在しないもの…全ては卿らの妄想なのだろ?」
「そう、私は…大空八重子は売れなかったわ。せっかく映画に出れても端役が殆ど、セリフがない事なんてよくある事だった。でも、いつかは主演をやるという目標を持って日々を懸命に生きてきた。けど…」
「ある日、私達は殺されてしまった。君が言ったように放火によって命を奪われてしまった。そして、私達は成仏出来なかった。よっぽどこの世に未練があったんだろうね」
「幸い、私達は2人ともこの世に残る事が出来た。成仏出来なくてやる事がない私達は幽霊の映画館をこの地に作って、毎日私が主演の妄想の映画を見る事にしたの。確かにあなたが言うように虚しい事なのかもしれない…でも、それが夢だったのよ」
2人の口から語られた悲しい真実。放火によって命を、そして夢も奪われてしまった事が未練となり、2人は今の今まで成仏出来なかった。そんな暇な時間を少しでも紛らわせる為に2人は幽霊の映画館を作り上げ、妄想で作り上げた映画を見る日々を過ごしていたのだ。因みに50年前に死亡したので容姿は若いままのハズにも関わらず、姿を老人にしていたのはせめて生きていると錯覚する為らしい。
「ハツは自分が主演の映画を作る事、私はそんなハツが主演した映画を自分の映画館で流す事が夢だった。全部妄想だけれども幸せな時間だったよ。そんなある日、君がこの映画館を見つけたんだ」
「驚いたわ。まさか幽霊となった私達をハッキリと見る事が出来る人がいるなんて。でも凄く嬉しかったわ、妄想とはいえ私の主演の映画を見てくれるなんて」
「…………………」
「ありがとう。妄想だけど私の映画を見てくれて本当にありがとう。もう思い残す事は何もないわ」
するとハツと館長こと豊田五郎の姿が変わり、老人から50年前の若かりし姿に戻って行く。ハツはスクリーンで何度も見た大空八重子そのものに、五郎は田舎っぽい純朴な青年の姿になっていた。そう、彼女らの未練はもうなくなっていたのだ。彼女らは自分達と出会い、自分達の映画を見てくれた宗矩に感謝する。
「でも、ごめんなさい。あなたに嘘をついちゃって。自分の映画だって胸を張って言えなかったの」
「そんな事は気にしていない」
「ところで、君について訊きたい事があるんだ。君は一体何者なんだい?幽霊となってしまった私達を見る事が出来るなんて普通の人間には出来ないハズだからね」
「それは…これが答えだ。ふんっ!」
そう言って宗矩は瞳を赤く光らせて前方に魔方陣を発生させるとそのまま魔方陣から鎧を出現させ、魔神“ヴォルケニックス・グランドバアル”へと変身する。もうこの2人に隠し事は出来ないと思って宗矩も本来の姿になったのだ。因みにハツと五郎はヴォルケニックスの姿を見てもそんなに驚かなかった。
「魔神、再臨せり…!」
「なるほど、君があの悪魔だったのか」
「でも、凄くいい悪魔さんなのよね」
「別にそんな事はない…」
「ふふっ、そんな姿になっても謙遜しちゃうのね。あら?」
すると、天井から暖かくて淡い光が降り注いで来た。どうやら2人が天国に旅立つ時が訪れたようだ。淡い光に包まれるハツと五郎の身体は徐々に薄くなって行く。ヴォルケニックスとの別れ…いや、永遠の別れの時が刻一刻と迫っているのだ。ヴォルケニックスはそんな様子を目を細めながら見守る。
「そろそろお別れのようだ。今まで楽しかったよ、ありがとう」
「ありがとう、私も楽しかったわ。あなたはこれからもこの世界を守ってね?」
「言われるまでもない」
「さようなら」
「さよなら」
「…さらばだ」
ヴォルケニックスに見送られながら豊田ハツと豊田五郎は無事に天国に旅立って行った。2人が天国に旅立った後、キネマ・マハタリも淡い光に包まれて消滅し、更地に戻る。勿論、キネマ・マハタリの中にいたヴォルケニックスも現実世界に帰還し、更地の中に佇むようにして姿を現す。更地の外にいた花梨と美鈴、海舟がそれぞれ帰還したヴォルケニックスに近づいてきた。
「パパ!」
「どうやら終わったみたいだな。彼女らは?」
「今頃、極楽浄土だろう」
「そうか」
「ん?ありゃあ、なんだ?」
ふと美鈴が更地に何かを見つけたらしく、ヴォルケニックスが近づくとそこには1000円札の束が置かれていた。それは今まで宗矩がキネマ・マハタリで払い続けた映画のチケット代だった。どうやらお金までは持っていけないので、宗矩に返そうという事なのだろう。ヴォルケニックスは札束を拾い上げると感慨深げに見つめ、そのまま美鈴に札束をまるごと渡してしまう。
「卿らが使うといい」
「マジでか⁉キャッホォ!」
「いいの?だってパパのお金じゃあ…」
「ふっ、気にするな」
まさかの臨時収入に喜ぶ美鈴をよそにヴォルケニックスは星も見えない夜空を見上げる。今頃、あの2人は極楽浄土に、もしくは個人的に忌々しい天国に着いた頃だろうか。2人の幸せだった夫婦の幽霊に思いを馳せるヴォルケニックスであった。もう二度とあの2人に出会う事はなくても2人の冥福を祈らないわけにはいかない。こうして梅雨のとある出来事は幕を下ろした。
こんにちわ、エンジェビルですo(^▽^)o
約2週間ぶりになってしまいましたねf^_^;)ホントならもっと早く投稿したかったんですが、何せ今回はいつもと違う話になっているので苦戦しましたσ(^_^;)こういう話って書かないので、話を膨らませるのに苦労しました。
宗矩が出会った2人は実は幽霊で、映画館も存在しなかった…というホラーなのか、ちょっといい話なのかという変わった類の話である事は間違いありませんf^_^;)結局、戦いませんでした(T_T)変身はさせましたが、しなくてもいい展開ではありますねσ(^_^;)何となく深夜特撮っぽい事をやるのがテーマなので、これはこれでアリなのかもしれません。
○赤羽海舟(ICV:池田秀一)
今回で初登場した不死鳥シリーズからの復活キャラです(^^)かつては景綱の悪友にして情報屋というポジションでしたが、今作では景綱がいないので探偵となっています。そういえば葵もそうですが、かつて海舟も宗矩とは何の関係もなかったかと思いますσ(^_^;)今後も探偵として宗矩に情報を提供する立場にあるので出番はあると思いますo(^▽^)o
○豊田ハツ/大空八重子(ICV:池田昌子)
今回のゲストキャラです。普段何かしらのネタを盛り込む事が多いゲストキャラですが、彼女と館長はネタを盛り込んでいません。盛り込む隙がなかったといいますか…f^_^;)イメージキャストの池田昌子さんはかつてウルトラの母を演じられた大ベテランさんですね(^^)吹き替えではかのオードリー・ヘップバーンも担当されていたハズですo(^▽^)o
○豊田五郎/館長(ICV:納谷六朗)
キネマ・マハタリの館長さんです。彼もネタは何も入れてないと思いますσ(^_^;)ハツと比べるとあんまり出番なかったですね(T_T)イメージキャストの納谷さんはこちらも大ベテランですねo(^▽^)o
次回は不死鳥シリーズからの復活キャラが登場しますo(^▽^)oそろそろ彼に戻ってきて貰いましょうか(^-^)/次はちゃんと戦う予定ですよ(^^)
ではではm(_ _)m