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雪りんご飴の誓い



ーーーーむかしむかし、ある所に、それはそれは仲の良い兄弟がおったとさ。


寂しい田舎町…農作物は余り実らず、動植物も減り続ける一方。金銭の収入は殆どなく、親族のあても無い、たった二人きりの家族。


緑に囲まれた山奥、小さな一軒家で、静かに、ひっそりと暮らしていた。


兄はいつものように狩りに出掛ける。必死に。しかし未だ餓鬼同然の少年が一日中目を凝らして続けたとしても、捉えられる動物などたかがしれている。


朝起きて、家事をこなし、当ての無い仕事に赴き、疲れ果てて帰路に着く。


くたくたの身体を癒してくれるのは、妹の夢物語だった。


その口から語られるのは、想像も出来ない、ロマン溢れる物語。何処から語彙が溢れてくるのかーーー学校とやらに通っている自分、友達と笑っている自分、二人で幸せな日常。この世界からは及びもつかない、有り得る事の無い世界に、目を輝かせていた。


ふと兄も、その世界に自分を委ねていた。


そんな眈々とした日々。それでも二人は、満ち足りていると感じていた。彼等二人は、幸せを分け合っていたのだ。


何処までも何処までも二人でーーーー誓い合い、愛の印を刻み、とこしえに、この時が続いていくんだろう。そんな錯覚にさえ心を揺らしていた。


妹の歳はまだ幼い。兄はやっと成人したばかりの歳で、働き手など見つかるはずも無い。


今までーーーー半年前までは、祖父が狩りと百姓、家事を同時にこなしていたがゆえ、なんとか家計を立てられていたともいえる。二人になってしまった今、何をどうすればいいのか。


生まれながらに両親は側にいなかった。育児放棄……親権は祖父に委ねられた。


そして、妹は病に侵されていた。遺伝性の腹膜炎ーーーーーー


寝たきりの生活。


外界の情報はなに一つ自分の目で見た事がない。感じた事が無い。触れた事が無い。本当の事は何もわからない。なのに妹は、幼い頃から祖父の《外》の話しを聞かされ続けていた。


空を飛ぶ恐竜。


洞窟に眠っている金銀財宝。


王様の国に神様の城。


妹は、外界の美しさに想像を膨らませていた。


…それが曲がりくねった、虚構だとも知らずに。













そうして2年ーーーーー容体は、いっこうに良くならなかった。


医者に連れてってやるだけの金もなく、そのあてもなく、ただ途方に暮れているだけの毎日が続いていた。


…孤独だと思っていた人生に、灯され続けていた光が、今、ゆらゆらと強風に吹かれている。


衰弱しきった弱々しい声音で、話すのも辛いであろうのに、気に留めず妹は、懇願する様な瞳で兄を見据えた。


「お兄ちゃん」


それはまるで、自分の運命を悟ったかのように。


「最後に、一つだけ、お願いを聞いて欲しいな」


《最後》ーーーーー


そんな事言わないでくれ。


信じたくない。


この陽だまりは、俺の唯一の機関なんだ。身体なんだ。神経なんだよ。なくなっちゃ俺自身が機能しなくなってしまう。だから亡くしてはいけない。手放しちゃならない。絶対に救わなくちゃいけないーーー!!!


「俺は、お前まで失ってしまったら……誰を、拠り所にすればいいんだよ……誰の為に……菓を差し出せばいいんだよ!?」


まだ時間はあるはずだーーー。

だって、こんなにも、美しい、笑顔を見せてくれているじゃないか。


「ごめんね……」


でも、彼女の口から発せられる言葉は、懺悔の言葉ばかり。


「どうしても…一度でいいから……おじいちゃんの大好きだったっていう………雪りんご飴が食べたいな」


罪悪感など欠片も存在しない、慈愛に満ち溢れた母の恵みで、俺の心はまた揺らいでしまう。


そんな物、この世界には存在しないんだ。


全て、虚構の産物。

あの爺さんの、狂った作り物なんだよ。


「お兄ちゃん」


「ーーーーダメかな?」


ーーーーーーーーああ、


物語とは、何故こうも人の夢を奪うのだろうか。


たった一人の妹の……

たった一つの望みも叶えてやれない…っ。


これで妹を救えたとしても…


そんなんじゃ………兄、失格だ。












俺は、走った。

家を飛び出し、降りしきる雨の中、暗闇の空を突っ切るように。


見つける…!!!

何があっても。この胸が張り裂けようと、指が千切れようと足が裂けても!!!!!


雪を。

りんごを。

飴を。


それはきっとーーーーー美しい物だから。


森に飛び入り、草を掻き分け、木々をまさぐる。


空を視る。

《雨》が降る。


ーーーーー空に吠えた。


「どこだ…どこだよっ!!!」


「俺は…早く、あいつのもとに帰らなくちゃいけないんだっ!!!!」


「時間が無いんだよっ……!!!さっさと見つけなくちゃならないんだよ!!!だからっ…!!!」





ーーーーーそれが、叶わない望みだと知りながらも。


人は、願ってしまうのだ。




「…雪よ。降ってくれ」


季節は夏。


「…りんごよ。実ってくれ」


緑には、何も実らない。


「飴…何処かに転がってねぇのかよ……?」


飴とは、なんだーーーーーー?






時間だけが、無情にも過ぎ去って行った。











「…わあっ……本当に……本当に冷たくて……甘くて、美味しそう………」


なんとか探し出したのは、白い粟に赤い毛玉、それに水の雫をかけ、木の枝を刺しただけの小さな創作物だった。


それを彼女は…何に見たてているのか。


もう彼女が冷たくなるのを理解した俺は、静かに。その遊びに乗っかってやる。


「ほら…早く食え。ほっぺたが落ちるくれぇにうめえんだぜ?ほら…これ食って、さっさと元気になりやがれ」


胸が斬り裂かれるような痛みに駆られる。


結局なにも出来なかった。

俺はこいつに、なにもしてやれなかった。


馬鹿な俺に対して、彼女はーーーーーー


「…ありがとね。お兄ちゃん」


どうして、眩しい笑顔を見せるんだ


「嬉しい…ありがとう…幸せ……」


もう喋らなくていい……目を開けなくていい……


「大好きだよ……お兄ちゃん」


ただ、側にいてくれ………








「ごめんね」







静かに、

いつものように、

彼女は眠りについた。




何事も無かった。


眠たかったのだろうな。


おやすみ。少し休んでてくれ。








さあ。


また狩りに行こう。


明日になれば、きっとまた笑顔を見せてくれる。


どんな話を、聞かされるだろう?


楽しい話?

悲しい話?


どちらでもいいさ。

ここに彼女がいる事の、

その証明となるのならば。







次の日。


彼女は起きなかった。

具合が悪いのだろうか?

でも、額に手を当てても、熱は感じられない。


安心して、家を出た。




三日後、


まだ彼女は目を覚まさない。

どうしたんだろう?

面白い夢を見ているのだろうか?


また、物語を聞かせて欲しい。







一週間が経った。



顔が少しやつれてきたように思えた。


腕も細くなってきているように思える。


でも、大丈夫。


いつしか移ろいだ季節がやってきたとしても。


またきっと。

あの笑顔を見て、笑ってみせる。




だから俺は、

あえて彼女を起こそうとはしない。


薄く微笑を浮かべる彼女の頬に、小さく口付けを交わす。



こんなに綺麗な寝顔をしている彼女を、むやみに起こしてはいけない。






ーーーーーその笑顔はきっと。







彼女にとって。


かけがえのない、《りんご飴》だったのだろうから。








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