終章 使徒と神
―――自衛隊の応援が来たのはその二時間後だった。銃を構えて警戒しながら入ってきた彼等に、ラントは衛兵生物と共に異星人達の事情を説明。翌々日には必要物資がトラックで運ばれ、茶色い生物達はロケットの修理に取り掛かった。そして三日後、別れの日がやって来る。
「――散々御迷惑を掛けた僕達に対し、この星の人々はとても親身に力を貸してくれました。感謝の言葉もありません。皆さん、本当にありがとうございました」ペコリ。
例の如く出発式寸前で姿を眩ました女王の代理として、衛兵生物が一礼した。耳が割れんばかりの拍手の大半は、一昨日昨日ウイルスが切れ被り物を脱いだ住民達の物だ。記憶は無くても元同族、まだ親近感は残っているのだろう。
式典の最後尾に立つ私の耳に、背後から声が聞こえてくる。
「おい、腕折れてたんじゃねえのか?んな動かして複雑骨折になっても知らねえぞ」
「相変わらず人の話を聞かん奴だ。軽い罅だと医者も言っていただろう。お前こそ穴が空いているのだ。寝ていなくて大丈夫か?」くすくす。「化膿して使えなくなっても知らんぞ」
「加害者は手前だろうが!」
「元はと言えばお前の突っ掛かって来るのが……どうした?まだ傷が痛むのか?」
重い鉄骨を地面に置く音。
「違えよ」
「なら何だ?急に俯いて」
「俺が下見ちゃいけないのかよ、このく……あ、いやいかんいかん」
「フン、まあいい。身体に異常無いなら早く運ぶぞ、工事が滞る」
「待てよ!ったく、落ち着いて話も出来やしねえ」
離れていく二つの硬い靴音。と、そこへ軽く跳ねる様な足音が近付いた。
「お姉ちゃん!良かった、無事だったんだ……」
「何だ、わざわざ様子を見に来てくれたのか」
人形はそれまでに無い穏やかな声で応える。
「もうお姉ちゃんてば!私達すっごく心配してたんだから。お父さんとお母さん、あっちで待ってるよ。早く行って元気な顔見せてあげて!」
「父さんと母さんがか?学校や仕事はどうした?」
「そんなの休んできたに決まってるじゃない!ほら行こ!」
「ああ、分かった。そう言う訳だ、少し抜けるぞ」
「ケッ!おい餓鬼、あんまはしゃいで発作起こすんじゃねえぞ?あと瓦礫屑で空気も悪ぃ、吸い過ぎて喘息にならねえように」
「無闇に顔を近付けるな。妹が怯えているだろう。――大丈夫だ、目を合わさなければな。奴は自分の身体に穴を開けるのが趣味のド変態だが、お前は私が必ず守ってやる」
「あぁ?人が折角忠告してやってんのに、好き勝手言いやがっ―――おい!無視して行くんじゃねえ!!この糞アマァ!」
矢張り世界が違ってもミーカールはそのままか。まだ当分素直にはなりそうにない。
住民の作った造花道を抜け、衛兵生物は槍を持っていない方の短い腕を千切れんばかりに振って退場した。ロケットの離陸は周辺に危険が伴うため、見送りはここまでだ。
(主よ、彼等の旅路に御加護をお与え下さい)
解散する住民達に紛れ、私も目的の場所へ向かい歩き出した。
滞在先の自衛隊のテントに今朝、アンプレラ社から連絡があった。新薬を元に生成されたワクチンにより主が無事治癒。ついては今日の正午、電波塔の入口にて礼をしたい、と。金銭には全く興味無いが、この世界の主の本来の姿は一目見ておきたかった。
(ジプルが愛した姿か……矢張り他の皆と同様、現実と同じなのだろうか?)
彼女の遺体は、アンプレラの社員達が別の街に住む家族の元へ運んだらしい。頭部の銃創をどう誤魔化したのか、どう言う事情で死んだと説明されたかは一切聞かされていない。愛欲の果てのテロリスト、と言う事も伏せられたのだろう。数年間別居していた家族を今更責めても仕方の無い問題だ。
あれだけ苦しい思いをして頂上まで昇り詰めたのが、まるで昨日の事のようだ。あれから電波塔も急ピッチで発信アンテナの修理が進められてはいるが、如何せん街の被害も甚大だ。巨大生物に開けられた研究所への穴は、誰かが誤って落下しないようオレンジ色のネットが掛けられている。
(早く着き過ぎたか?)
塔の隣には天に向かい静かに発射を待つロケットが立っている。他の茶色い生物は既に乗り込んだ後らしく、辺りに姿は見えない。衛兵生物はもう乗ったのだろうか?それともまだ別れの挨拶に回っているのか。
ミユビシキのいないデイパックを開け、鳥の餌と水のボトル、二欠け減ったチョコレートを眺める。ハンドガンは救護班によって別の街の病院へ運ばれたラントに持って行ってもらった。もう私には必要の無い物だったからだ。ミーカールやウーリーエールは恐らくどこかに隠して所持しているだろうが、私には関係無い。
(それにしても色々な事があった……)
あれ以来現実に戻れる兆しは現れないが、案外ここでの暮らしも悪くはないかもしれない。力は使えずとも、私の医療技術は住民達の健康に寄与している。水晶宮の木偶と違い、人間達は頭を下げて礼を言ってくれる。道具である天使でも気分は良い。
「イスラ」
予想外な後方の声。振り返って、見慣れた顔に浮かんだ笑みに安堵する。
「良かった。無事元に戻られたのですね」
「ああ。製薬部門の連中が巧くやってくれたみたいだ。――これでやっとあの日の続きだな」
「?あの日?」ロケットが墜落し、混乱の中ジプリールに薬を打たれて鳥になった日の事か?
主は真剣な顔つきになり、私の左腕を掴んで引き寄せた。
「好きだ」「は?」
言うなり私の右手を取り、手の甲に口付けを落とした。
「あ、あの、ジュード様……??」
想定外の展開に、ただでさえ世間知らずの頭がついていかない。
「親の決めた結婚なんて真っ平御免だ。会社の後継にも興味無い。愛おしい君に比べれば、そんな物はすっかり霞んでしまう」
「ジュード様、それは一体」
「決まっているだろう?僕は君を人生の伴侶に迎えたい。幸い、この国ではつい最近同性婚が認められたばかりだし」
想像だにしない事態に、私は仰天し過ぎて失神しそうになった。
「け、結婚!?いけません!神と四天使が人のように結ばれるなど」
「だから僕はただの人間なんだよ。君が仮令天使でも畏まる必要は全く無い」
温かい手で後頭部、首、そして肩にかけて撫でられる。
「ですから駄目なのです。大体ここは私が本来いるべき世界は別の」
ゴゴゴォォッッッッ!!
地面に刺さっていたロケットが上空へ動き始めた。着地点から勢い良く赤い炎が噴き出し、ぐんぐん加速をつけて街を離れていく。と、推進部のすぐ上の部分の壁が割れた。
ガランゴロンガランゴロン……!パタパタパタパタ……!
ロケット内部に設置された複数の鐘が鳴り響き、押し込められていた白い鳩(鶏や鴉もちらほら見えるような……)達が一斉に飛び立った。一緒に入っていた花吹雪が舞い散るのを見た主は、御機嫌で口笛を吹いた。「僕達への祝福だな。異星人達も意外と気が利いているじゃないか」
そう言って主は私の顎を持ち上げ、顔を近付けてきた。唇に柔らかい―――。
がらんがらんがらん!!
ごごごご……!!
「宜しかったのですか女王様?一言挨拶していかなくて」ロケットの操縦室兼ロイヤルスイート、但し他の客室は無く、他は単なるすし詰め貨物室だ、で衛兵生物が尋ねる。「数年振りに顔を合わせる機会でしたのに」
「もー?(何で?)」
餌皿を頭上高くで左右に振り、いたいけな飼い犬を弄んでいる女王陛下は呑気に鳴いた。尻を覆う×印の絆創膏を貼られたハビーが、懸命にランチへありつこうとジャンプで頑張る。
「あのミユビシキ、偶に話される実のお兄さんだったのでしょう?」
「もー?(そうだっけ?)」
つかつか。彼女は皿を持ったまま、衛兵生物の視界一杯に顔を近付ける。
「それに先程のレバーの仕掛けは?さっきから一体何が大音量で鳴っているんです?」
「もー(質問ばっかりするな)」更にぐぐぐ。
「普通するでしょう。機関室に詰め込んだ鳩や大量の折り紙も女王様の仕業」
「五月蠅い、モスの分際で」
ドスの利いた声の後、女王は何事も無かったように再び皿遊びに興じ始めた。
「……はぁ」
いつも通り彼女の考えは読めないな。兵生物は深い溜息を吐いた。
「や、止めて下さい!!」ガバッ!「………え?」
抵抗して目を瞑り、開けた先は電波塔前ではなかった。透過性の高い水晶製の天井に壁。ここは――
「やっと目が覚めたか」
夢より遥かに顔色の悪い主が、法衣姿で枕元に立っていた。声のトーンも幾分こちらの方が小さく、生気に欠けている。
「大父神様……私は、一体……」
「覚えていないのか?スキー場から戻った翌日、高熱を出して寝込んでいたんだ。三日三晩。随分魘されていたが……お前も悪魔におかしな夢を見せられたのか?」
封印し切れない悪魔の思念は、しばしば主の精神を闇へ堕とす。しかし、今まで私達四天使には影響が無かった。所詮は擬似感情をプログラムされた道具、狂う程の余地が無いせいだろう。
「分かりません」
寝巻きは汗を吸ってじっとり濡れていた。前髪も額に貼り付いている。
「あの、主よ」
「どうした」
「主は、恋をなさった事があるのですか?」
私の問いに、主は酷く動揺した。
「どうしたんだ急に?」額に掌を当て、「まだ熱が冷めていない。新しい寝巻きに替えてもう少し眠るんだ、いいな?」
「質問に答えて下さい」私は何時に無く強気に言った。現実のこの方は――愛を芽生えさせ、他人に対して苦痛を感じた事があるのか?
「……無いさ、勿論。被創造物のお前にも、多少僕の記憶があるだろう?あの死の宇宙で、そんな悠長な事を考える暇など与えられなかった。神となった現在も、宇宙の問題で頭が一杯だ。それがどうした?」
目の前の主に、生まれ持った運命と責任を捨て、愛に生きようとする夢の面影は全く見受けられない。しかし……何故だろう。あの主の方が余程生を、限られた命の燃焼を楽しんでいたと思えるのは。
「いえ。愛について少し思う所があったので、訊いてみただけです。申し訳ありません」
「そうか」
私はふと、主にミユビシキと言う鳥を知っているか尋ねてみた。
「知らないな。そいつが夢に出てきたのか?」
「ええ。美しい鳴き声で――」
何時の間にか、夢での主との冒険を止め処無く語っていた。彼は驚きつつも、時折微笑ましげに続きを促した。
「す、済みません大父神様。私ばかり喋ってしまって……」
「いや、随分面白かったよ。僕も偶にはそんな愉快な夢が見たい」
「愉快……なのでしょうか?」
「ああ。――少し待っていろ」
指輪の力を解放し、宇宙のありとあらゆる事象を検索できるモニターを浮かび上がらせた。何度か画面を切り替えた後、特徴的な鳴き声が聞こえてくる。
―――キッ、キッ。
「これで眠れるだろう」
「大父神様……何とお礼を申し上げればいいか」
秩序の道具である私に対し、目的のためとは言え主が労力を使われる事に罪悪感と感謝を覚えた。偽物の感情であっても、私にはこれが全てだ。
―――キキッ。
もう一人の主であるミユビシキよ。どうか、悪魔に対抗できる力を彼に与えておくれ。お前のようにどんな時も闇に飲まれず、光輝ける心の強さを――。
「何、構わないさ」
創造した寝巻きに着替える私を、主は何故かベッドに腰掛けながら御覧になられた。
「お前は僕の大事な花嫁なのだからね」
「はーい、こちらクオル王国……お兄ちゃん?え?イスラがまだ起きない?」少女は受話器のコードをくるくる指に巻き付けた。その足元には、餌を一刻も早く欲しいコリーが懸命に擦り寄っている。
「放っておきなよそんなの。大方歪みない夢でも見てるんじゃない?――そんなの便利な指輪で検索して。純真無垢な妹に何言わせる気?おにーちゃんのエッチ」ガチャッ。