三章 地下研究所
エレベーターで別館制作室より更に地下深くへ。
表向きはテレビ番組の映像保管所らしい。しかし黒い箱が大量に収められた部屋から一つドアを開けると、それまでと違う異様な冷気が私達を包んだ。更に下へ続く階段を降りる。奇妙に甘い異臭が鼻を突く。
「どうやらこの臭いの元が例の薬らしいな」
緑色の薄暗いライトの下、天井から床に向けて幾本もの巨大な試験管が伸びていた。何れにも赤黒い液体。熱せられてコポコポ気泡を発生させる。
「蒸留過程の途中だな……完成品はこの奥か」ジプルも恐らくは。
バタンッ!
「た、助けて下さい!!」
奥のドアから飛び出てきた青年も私達と同じ迷彩服だった。この世界のスタンダード、ではないだろう。彼は先頭の人形ではなく、何故か二番目の私にしがみ付いてきた。!?彼はまさか、
「ラント……!!あなたまで」
突然名前を呼ばれた彼は吃驚し、それからデイパックの主を見て一層驚愕した。
「それは御使いの鳥ミユビシキ……では、あなた様はまさか天使様!!」
「え、ええ……」この世界ではただの人間に過ぎないが。
ドスンドスン!!もっもっもっ!!
「な、何だこれは!?」
体長四メートル程に巨大化した赤い生物が、ドアを潜ってこちら側に現れた。両手には見覚えのある二丁の銃。
「矢張り向こうの手に渡っていたか」ハルバードを構えて人形が呟く。「弾はそう入っていないはずだが、厄介だな」
「逃げて下さい天使様!この化物、本官達の隊を一瞬で」
「残念ですがそれはなりません。使命のため、私は何としてもこの奥へ進まなければならないのです」
「使命……それは神が下された?」
この世界で初めて主を信じる人間に出会えた。少しニュアンスは違うようだが、世界が違おうとラントは矢張り立派な信仰者だ。
「いいえ、私自身で決めた事です」ぎこちない手付きでデイパックから取り出したハンドガンを構えた。と、彼も自前の銃を背中から降ろす。マシンガンとは微妙に形が違い、銃身が細い。
「廃れても鳥の教徒。天使様が戦うなら本官、地獄の底まで御一緒致します」
「ラント……」世界が変わろうと揺ぎ無い信念に胸が熱くなる。「ありがとうございます」
「本官如きにお礼など仰らないで下さい。さ、御指示を」
勿論私に戦いの経験など無い。司令官の人形は少し考えた後、言った。
「あの被り物の弱点は背面下部だ。貴殿等三人で奴の注意を前方に出来るだけ引いてくれ。その間に私が後ろに回って叩く。異論は」
「ありません」衛兵生物が槍を振って応じる。「お二人の銃ではあれに傷一つ付けられないでしょう。援護射撃をお願いできますか?」
「勿論です」
「では――行くぞ」
赤い生物を取り囲むように皆が一斉に散る。とにかく銃弾に当たらないように、且つ奴の気を引かないと!
「僕が相手です!」
ショットガンの散弾の雨を、巧く前転で避けて衛兵生物が懐に飛び込む。槍の刃先で腹を裂迫の気合いを以って突く!
もー!!
怒った生物がグレネードランチャーを自らの足元に撃つ。衛兵生物は素早く巨大な足の下を潜り側面へ。氷漬けの足裏を軽く引き剥がし、敵は身体の割に短い手足をバタバタさせた。
「こっちだ化物!!」タタタタタンッッ!!ラントの銃が火を噴き、赤い生物の顎に次々弾が当たる。ダメージは無いようだが、上手く注意は引けた。敵の銃口がこちらを向く。
「イスラ!あの棚の陰に逃げるんだ!」「はい!」
弾が発射される寸前、私達は左右に走った。私は資料で埋まった本棚の後ろに。ラントも反対側にあったデスクの背後に回るのが見えた。
もーもーもー!!
憤怒で全身を真紅にした生物は〇・数秒迷い、ドスンドスン!こちらに標的を定めた。衛兵生物が脇腹をぶすぶす攻撃するのも構わず突っ込んでくる。
ドオンッ!
「わっ!」
隠れていたのと隣接する本棚に生物の頭部がめり込む。ドミノ式に倒れ掛かり始めた所を這って脱出――っ!二つの銃口が私を捉えた。いけない!直撃すれば背中の主が!
「っ!!」
身体能力の限界を超えた回転運動に両脚が悲鳴を上げた。頬を掠めたショットガンの弾が壁に穴を開ける。追撃は!?
も……?もー!!……ドスン。
「危ない所だったな」破れた被り物の内部からウーリーエールを引き摺り出しつつ、人形が言った。「心配無い、気を失っているだけだ。じきに目を覚ます」
緊張が解けた途端、私は座り込んだまま腰が抜けてしまった。脚に力が入らない。
「天使様!だ、大丈夫ですか!?」
「え、ええ。何とか……」
ラントは懐から白いハンカチーフを取り出し、私の頬に当てた。その時、ようやく自分が切り傷を負っていると気付く。
「申し訳ありません!天使様にお怪我をさせてしまって……」
「これぐらいどうと言う事は。あなたは大丈夫でしたか?」
「はい。天使様の御加護のお陰で、傷一つ負っていません」
布に付着した血の量は大した物ではない。救急キットの絆創膏で充分だ。
衛兵生物の指示で、ウーリーエールは沢山の茶色い生物に胴上げされて元来た道を運ばれていった。恐らくあの休憩所へ連れて行き、手当てを受けるのだろう。
「皆さん、付いて来て下さい。このドアの先に本官の隊が。仲間達は皆別の青い怪物に拉致されましたが、まだ荷物は残っているはずです」私を気遣わしげに見、「天使様はそこで少しお休みになっていて下さい」
「分かりました」
三人が部屋を移動し、私は傷へ絆創膏を貼ろうとデイパックを降ろした。
「あの自衛官、随分君を気に入っているようだね」
出てきて羽を伸ばすミユビシキが、何故か不機嫌そうに呟いた。
「彼は真性の信仰者ですから。人間の中でもそうはいない、貴重な逸材だと」
「……馴れ馴れしい。僕は嫌いだ」
「ジュード様?」
嘴を上げてそっぽを向く。
「自衛隊は街の危機に無力だった。武器を持っていたのに、結局全員あの生物共のウイルスにやられて……国を守るが聞いて呆れる」
人間から突然鳥にされてしまい、赦せない感情は鈍い私でも理解出来る。けれど自衛官も私達同様懸命に戦ったはずだ。その勇敢な行動を否定してはならない、仮令神であっても。
「そんな言い方は良くありません。彼等の犠牲で私達はこうして今無事に」
「?ああごめんよイスラ。そう言う意味ではないんだ。ただ彼が初対面のくせに君にべたべた触るから」頬を食い入るように見つめ、「その傷だって、こんな身体でなかったら僕が手当てしたのに」
??手当て、した?この主は医療従事者が将来の夢なのだろうか?頭も良く判断力に優れた彼ならば、最も難しい外科医にもなれるはずだ。
「早くジプリールを捕まえて人間に戻らないと……何時盗られるか分かったものじゃない」
またよく分からない発言だ。この世界特有のニュアンスなのだろうか。
救急キットから小さい方の絆創膏を取り出す。患部に貼り、ずれていないか彼に確認してもらう。ついでに衛兵生物から貰ったチョコレートを底から取り、一欠け割って口に運んだ。甘さで疲れが若干癒される。
「そう言えばイスラ、以前バレンタインデーにチョコを一つ貰ったと言っていたよね?あれの犯人は分かったのかい?」
「??ばれんたいん、ですか?」記憶にあるはずが無い。「いいえ」
「わざわざ僕達に見せに来て相談したじゃないか。高級なトリュフだったのに、結局分からなかったのかい?」
「はぁ……済みません」
責めるような口調に反射的に謝罪した。何を主はそんなに怒っているのだろう?
「チョコレートに差出人の名前が無かったので」
「無くても分かるだろう!?一粒一万はするんだぞ!プレゼント出来る人間なんて極一部だ」
値段を言われても返答のしようがない。何せ私はその実物さえ見ていないのだから。
「やれやれ……」ミユビシキは頭を振った。「今話すような内容じゃなかったね。ついカッとなった。御免、気を悪くしたかい?」
「いえ、そんな事は」ただ少し驚いただけだ。この主は感情表現が豊かなんだな、と。
「そうか」それからポツリと「君はいつもそうだな……少し寂しいよ」
「?」
ドオオオンッッッ!!!
主の言葉に首を傾げた時、奥の部屋から凄まじい爆発音がした。
想像を絶する光景だった。
もーもーもー!!
十メートル以上に成長した生物は青から黒色へ又もや変化していた。天井を突き抜けた怪物の頭上にはミーカールの言っていた通り、鳥のいない青空が広がっている。
「拙いぞ!全員撤退だ!」
奇声を上げながら逃げ惑う生物の群れの中、人形の命令が飛ぶ。
「あら、皆さんお揃いで」
何時の間にか私の背後に立っていたジプリールは、前と全く変わらぬ微笑を見せた。
「この子ときたら、あれ程言ったのに薬の原液を飲んだようね。困ったものだわ」
「ジプリール、薬を全て破棄して下さい!」天高く聳える生物を見上げ、「彼やウーリーエール、主のような犠牲者をこれ以上増やしてはいけません!」
「あなたが言えた義理?ジュードをあんな風にしたあなたが……」
不愉快そうに眉根を寄せ、憎しみの目を向ける。
「いえ、半分はジュードの責任ね。何せあなたは何も知らない」
「どう言う意味です?」
視線を後方に向けかけた時、彼女は懐からハンドガンを取り出した。
「あなたに教えても仕方ないけれど――ジュードはね、アンプレラの現社長の一人息子なの。あと数年もすれば世界中の莫大な富を受け取る者と言う訳」
「富?」神である主にそんな物、何の意味があるのだ?
「高等部時代から製薬研究で会社に出入りしていた私は、しばらくして社長から彼と引き合わされたの。分かるでしょう?」
「え?」
「相変わらず反吐が出る程鈍いわね!婚約者候補に選ばれたのよ。同じ大学に入れたのも社長の口利き。学費も会社の口座から出してもらったわ」
「婚約……結婚、ですか?大父神様とあなたが?どうして?」
主は唯一絶対の存在。被創造物に過ぎない我々は奉仕こそすれ、対等な立場になる事は決して許されない。
「どうしてですって!?高等部卒業前にして即戦力となり得る薬学の知識と技術を持ち、美人で気立ても良く、しかも家事全般を極めた超優良人材なのよ私は!次期社長を支える妻としてこれ以上の選択肢がある!?」
「いえ、ジプリールが完璧なのは認めますが……それが何故、主の伴侶などと言うおかしな話になるのです?」
「おかしな!?」
怒鳴り、彼女は最早私の知っている穏やかな天使とは程遠い表情をした。今にも引き金を私の額に向けて引きそうだ。
「おかしいのはあなたでしょう!?ジュードを神様だなんて、その思い込みは一体何なの?元々宗教かぶれのぼんやりした人だと思っていたけれど、妄想も甚だしい!どうしてあなたなんかに彼は」
もっもっもっもっ!彼女の後ろへ赤い生物の群れが迫る。中央にはもみくちゃにされた衛兵生物が、両手を縛られ捕まっていた。
「御苦労様」
人質を左腕で羽交い締めにし、右手で銃口を私へ向ける。
「彼をどうするつもりです!?」
「こいつ等異星人の女王は阿呆。実質の長がこの兵士なのは、監視カメラや盗聴器の情報から明らかだわ」胸ポケットから緑の錠剤を取り出す。「これを飲ませれば後は烏合の衆。それにこの薬、潜在能力を限界まで引き出せるの。元から強い彼に与えれば、ミーカールの娘やあの自衛官でも歯が立たないでしょうね、ふふ」
衛兵生物はロープを外そうと懸命にもがいているが、一向に外れる気配が無い。余程キツく縛られているようだ。
「動かないで」銃を上げかけた私を、ジプリールは微笑んで制す。「うっかり薬を口の中に放り込んでしまうかもしれないわ。それとあなたもね、忠実な衛兵さん?私は銃を持っているの。あんまり暴れられると、意図せずイスラを撃ち殺してしまうかも」
「卑怯者……」
「戦略的と言ってもらえる?」
もーもーもー!!ドッスンバッタン!もー!ドンッ!ずるずるずる……。
黒い巨大生物は壁を叩き壊し、逃げ惑う同族を投げ飛ばして楽しげに遊んでいる。このまま破壊を続けられたら、唯一の通信手段である電波塔が倒壊してしまう。
「あの子は無敵よ。耐衝撃、耐火、耐電……あらゆるテストに優秀な成績を残したわ。さっきみたいに背中チャックからの攻撃も無駄。戦車を持って来た所で、彼を倒すのは無理でしょう」唇を窄め「この街を皮切りに、破壊を以って世界は新しく生まれ変わるのよ」
「しかし、これからどうするつもりです?僕達を牽制している間、あなたは一歩もここを動けない。何時までもこうしてはいられませんよ」
「――決まっているでしょう」
しまった!彼女には元から約束を守るつもりなどなかったのだ!
「!?止めて下さい!!」
スローモーションで緑の錠剤が衛兵生物の暗闇に落ちていく。もう説得は無駄だ。私はハンドガンを彼女の額に狙い、引き金に指を当て――瞬間、躊躇ってしまった。
(違う!彼女は本物ではない!本物はもう……死んだのだから!)
あれはジプリールの皮を被った偽者だ。そう思い込もうとしても人差し指に力が入らない。初めてこの世界で目覚めた私に、彼女は普段通りの微笑で応え、優しく気遣ってくれた。
「撃つんだイスラ!!」
背中から主の命が飛ぶ。けれど人間であり、今は小さな鳥でしかない。指輪も無い彼の命令に、硬直した指が即座に動くはずも、
バンッ!
「え……?」
天からの一発の弾丸がジプリールの米神から耳の下を貫通し、更に落下する錠剤を弾き飛ばした。カツン、コロコロコロ……。慌てて軌道の先に振り返る。
「……クランベリー?」
いや、瓦礫の上、太陽の逆光で影になった茶色い生物が一匹。ティアラがキラリと光る。撫で肩で構えたライフルを降ろしフッ!銃口から出る煙を吹き払う。
「女王様……!」どうにか戒めを解き、槍を持って衛兵生物が駆け寄る。
私は死体の横に屈み込み、カッ!と見開いたままの瞼を手で閉じさせた。
「済みません、ジプリール……私には、あなたの辛さを癒すどころか、理解する事さえ出来ませんでした……」
ボロボロッ。
乱れた前髪を払い、握ったままのハンドガンを脇に置く。
「この世界でも……あなたは私を置いて、逝ってしまうのですね……力の無い、役立たずの私を置いて……」
「イスラ」ミユビシキが肩に乗る。「泣かないでおくれ、僕の天使。彼女は罰を受けるべきテロリストだった。死んだのは自業自得だ」
胸ポケットから残りの錠剤を回収し、デイパックのポケットの一つに入れた。これで……主は人に戻れるはずだ、彼女の命と引き換えに。
「ジュード様、一つお訊きしても宜しいですか……?」
「何だい?」
「ジプリールは主をとても愛しているようでした。主は……彼女と感情を同じくしていたのですか……?」
愛があるならば、想っていた彼女も少しは報われる。だが、主は残酷に首を横に振った。
「いや。将来性ある優秀な女性、彼女に対する感想はそれだけだ」
「え……?」とても望みとは程遠い答えに、頭の中が真っ白になる。「婚約者、なのでしょう……何故」
「あんなのは父が勝手に決めた事だ。ジプリールの他にも候補が二人いるけれど、どちらも似たり寄ったり。成績優秀で理知的、美人でスタイルが良く、家庭に入っても完璧に家事育児を担ってくれる。要するに母と同じタイプを探してきたのさ、失敗が無いように」
呆れたようにハッ!と息を吐く。
「では愛情は」
「――君は純真無垢だな。初めて大学の構内で会った時とちっとも変わらない。卒業間際の今でさえ、恰も今朝人間界に降りてきた天使のように振る舞う」
包帯の巻かれた翼を見つめる。
「まるでこの四年間が幻みたいに」
私にとっては幻ですらない。記憶が無いのだから。
「仰る意味がよく分かりません。結局ジプリールは……」綺麗な亡骸に目を向け、「愛されていなかった、と言う事ですか?」
「彼女だって愛情だけでアプローチしてきたんじゃない。半分は将来への布石さ。大企業の社長夫人となれば、世間一般の生活の心配はまず無い。自動的に上流階級の仲間入りだ、大した価値があると思えないけれど」
打算的で実に人間らしい考え方。しかし現世の利益など四天使の私には全く無縁で、理解も到底及びそうにない。
「何故」
「うん?」
「ジプリールは私から見ても素晴らしい女性でした。何故、愛し慈しまなかったのです?」
彼女に非は一切無い。愛される資格は十二分にあったはずだ。
「イスラ。天使みたいな君には理解出来ないかもしれないが、人間は万人を広く愛せるように創られていないんだ。正直彼女等との相性も余り良くなかった。――でも一番の原因は、僕には他に好きな人がいるって事だ」
細い脚を動かし、肩のギリギリまで近付こうとする。
「親父の決めた婚約者なんて糞喰らえだ。大学卒業と同時に僕は家を出て」
「何をやっている!!?早く来い!踏み潰されるぞ!!」
人形の警告と同時に頭上が暗転する。巨大な足裏が迫っている、そう認識した瞬間身体が勝手に走り出した。飛ばないよう片手でミユビシキを肩に押さえ付け、破壊活動で生じた外界への光に向かって駆け抜ける。
ドオオォォォン!
後方で発生した地震の余波で地面から弾き飛ばされる。突き出した左手に鋭い痛み。軽い擦り傷だ、主にも怪我は無い。
「大丈夫か?」
「ええ」
立ち上がって衣服の土埃を払う。
巨大生物は目の前に並ぶ硝子管の中身を、まるでジュースのようにゴクゴク飲み干していく。一本空ける度に体積が増していき、あっと言う間に先程の三倍に膨れ上がった。
「拙いぞ。奴に有効な攻撃手段など私達には」
「も」
衛兵生物とハビーを左右に従え、女王が気楽に片手を挙げた。
「持って来ました!!」
その後ろから、背中を覆う程の重火器を担いだラントが息切れしつつ駆け込んでくる。
「それは、まさかロケットランチャーか?」人形が眉を上げ、驚きの表情を見せる。「そんな物まで準備してきていたのか」
「はい……!塔の外に停めてあった戦車から持って来ました……!」ゼイゼイ荒い息を吐く。
「皆さん。女王様はあの口の中にこの弾を発射すれば万事解決、と仰っています。元はと言えば僕達の不始末ですが、どうかお願いです!力を貸して下さい!」
ペコッペコッ!頭を下げる一人と一匹に対し、女王は後頭部を掴んで更に降ろさせようとする。何なのだこの生物は……。
「もーもー!」「女王様も頼んで下さいよぅ!痛い、痛いですってば!」
ぐいぐいぐい。ミーカールの時といい、完全に面白がっている。
「口内に弾丸を、か……しかし」
私達は揃って遥か上方を見た。目標は時間を追う毎に高度を増していっている。狙いを定める以前に、どうやってあそこまで行く事が、そうだ!
「!電波塔!」
私は思わず叫ぶ。
「そうか!あそこなら二百メートル以上は確保出来る。よし!貴殿は走りながら少し休め。私が持って行こう」
「助かります……」
付属のベルトを外し、ラントが人形へ兵器を渡そうとした時だった。
ずもおおぉぉぉっっ!!!
突然黒い生物が吠えた。身体中から赤い何かを大量に放出する。
「!?爆弾だ!皆、隠れろっ!!」
人形の叫びにラントが素早く反応する。私の方へ走り寄り、持ったままのロケットランチャーと共に素早く瓦礫下へ押し込めたのだ。
「あなたも早く!」
「もう一人入るには狭過ぎます。大丈夫、本官は別の場所に」
ドカン!ドカァンドカン!!
鼓膜が破れそうな爆音は一分程度で治まった。耳に当てた両手を外し、伏せていた顔を上げると……目の前に焼け焦げた深緑色の帽子があった。
「ラント!!」
「う……うぅ、天使様……御無事ですか……?」
「ええ、あなたが庇ってくれたお陰で傷一つありませんよ。だからしっかりして下さい」
うつ伏せに倒れた彼の背中は、熱傷を負って赤く爛れていた。致命傷ではないが、放っておけば危険な状態だ。
「天使様……本官の事よりあの怪物を……このままでは街が、いえ世界が破壊し尽くされてしまいます……」
「だからと言って信仰者であるあなたを置いては」
彼は力無く首を横に振る。
「私も彼と同意見だ」
瓦礫の陰から右腕を押さえた人形がヨロヨロと出てくる。
「あなたまで怪我を……」
「片腕と片脚をな。この脚で非常階段を昇るのは無理だ」彼女の足元でぷすぷす……黒煙を上げる、槍を持った衛兵生物状の炭。「彼がいなければ即死だった」
「女王と犬はどこへ?」
「……逃げました」炭が喋った。「足だけは速いんです……げほっ」口らしき所からリング状の煙を吐く。
結局無傷なのは私一人だけか。
バチンッ!「イスラ!?」
両手で頬を叩き、覚悟を決めた。やや不自然ながらデイパックを肩に提げ直し、ロケットランチャーを背負ってベルトを留める。見た目通りとても重いが、走れない程ではない。
「人形、二人を頼みます」
「済まぬ……貴殿も気を付けてな」
彼等に背を向け、私は頭上に天高く聳える鉄の楼閣へ走り始めた。