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一章 鳥と人形




 キッ、キッ……。


 前方から甲高い音が聞こえ、私は脚を止めた。

 ジプリールを置き去りに、何度か道を曲がりながら昇降口を探して十数分。例の生物にも三人にも会わないまま、早くも疲れが溜まっていた所だった。

(茶色のあれ以外にも危険な生き物が?)護身用のハンドガンを構えながら声の方に曲がる。


 キッキッ。


 音の主は一羽の鳥だった。羽毛は赤褐色、腹部は白く、長い嘴と脚は黒。体長は二十センチ程度。翼の一部が不自然に折れ、傷口からの血は凝固していた。

 怪我をし心細そうな目が、悪魔を恐れる主の物と重なる。

「おいでなさい小鳥よ。手当てしましょう」手を差し伸べると、畜生はまるで言葉を理解したかのように私の傍まで寄った。間近で見ると更に痛々しい傷だ。凶器は刃物?あの生物がやったのだろうか?

 デイパックから救急キットを取り出し、中身を確認する。どうやら、この世界では治癒の力は一切使えないようだ。ここにある包帯や絆創膏、消毒薬等で対処するしかない。

 床に座り、小鳥を膝の上に乗せて治療する。傷口を消毒した後、ガーゼを当てて包帯を巻く。翼が固定されて開けなくなったが、この怪我ではどのみち飛行は困難だ。発見した時も飛んで逃げようとはしなかった。


「誰かいるのですか?」


 背後から男性の声。私は慌てて振り返り、またもや驚愕した。

 例の生物だ。今まで出会った者達とは異なり、右手に鋭く尖った槍を持っている。刺されたら痛そうだ。右の撫で肩から左にかけて小さな革製鞄を掛けている。

「わっ!」急いでハンドガンを構え、照準を向ける。すると生物は両手をばたばた交差させた。

「撃たないで下さい!あなたに危害を加える気はありません!」

「は、話せるのですか?」まさか知能があるとは思っておらず、再度驚いた。

「はい。そのミユビシキ、あなたが手当てを?」

「ミユビシキ?」

「その鳥の種類です――どうやらとてもあなたに懐いているようですね。僕の時は怯えていたのに」

 生物は鞄からプラスティック製のボトルを二本取り出す。片方は透明な液体、もう片方には黄土色の粉末が入っていた。「鳥用の餌と水です。空腹なはずなので、与えてあげて下さい」再度ゴソゴソ。「これはあなた用です」ミルクチョコレートと書かれた板状の物体を差し出す。

「何故こんな事を?あなた方は私達の敵ではないのですか?そもそもあなた方は何者」

 質問すると、生物は肩らしき場所を竦め恐縮した。

「この星の人々には御迷惑をおかけしています。ロケットの修理に予想以上の時間が掛かってしまって。本来ならとっくに飛び立てているはずなのですが……」

 ロケット、とは何だ?飛び立つと言ったが、宇宙船とは違うのだろうか?

「しかしここまで来ると、もう何らかの妨害工作が行われているとしか考えられない。僕達にそっくりな者に襲われたと言う報告も出てますし……でも一体誰が」

 人語で唸りながらグルグル回る生物。

「あの、あなたは電波塔への道を御存知ですか?私は主人を助けなければならないのです」

「塔ならこの道を真っ直ぐ進んで、突き当たりのエレベーターを使えばすぐですよ。拳銃一丁で乗り込める程警備は緩くありませんが」

 しかも誤射の確率は相当高い。昇る手前でミーカール達を待つべきだろうか?素直にそう相談を持ち掛けると、それがいいでしょうね、戦闘経験が無いなら尚更一人は危険です、彼は丁寧に同意してくれた。

 キッキッ。せっつくようにミユビシキが二つのボトルを交互に見る。私はガーゼの入っていた箱に餌と水を少量開け、鳥に与えた。怪我で余程空腹だったのか、湿らせた穀物の粉末を嘴で突きながら夢中で食べる。

「親鳥は一体何処へ行ったのです?」

「さあ……?僕が電波塔で見つけた時は既に一羽でした。親は、彼等に食べられてしまったのかも」

「彼等?あなた方の事ですか?」

「ええ。彼等は雑食性で、食べ物と見るや集団で襲い掛かる性質があります。お恥ずかしい話ですが、鳥はおろかペットの犬猫兎に至るまで生のまま齧り付く凶暴さです」

「人間も?」

「稀に。ですが持っている食べ物は必ず狙います。そのチョコレートも、デイパックのなるべく奥に仕舞っておいて下さい。彼等は匂いに異常に敏感ですから」

「あなたも?」違うだろうとは思いつつ尋ねる。予想通り、頭が横にブンブン振られた。

「まさか。僕は寧ろ彼等を教育する側ですよ」

 途中から思っていたがこの理性的な声、どこかで聞いた事があるような……。

 食事を終えたミユビシキを、チョコレートや救急キットと共にデイパックの一番上へ仕舞う。そう窮屈ではないようだ。

「さて、僕は引き続き偽物を探す任務に戻ります。お気を付けて」

 生物はビシッ!と敬礼した。私も真似て返し、教えられた道を歩き出した。



 エレベーター前には既に先客がいた。


「ミーカール!無事だったのですね!?」


 私の顔を見、赤毛の同胞は微かな安堵と共に「ケッ!」鋭く舌を打つ。

「よりによって一番役立たずが来るとはな。おい、ジプルはどうした?確か一緒の方向に逃げてたよなお前等?」

「ジプリールは……私を逃がすための囮に」

 眉間に深い皺。さっきより鋭い舌打ち。

「そうか。ならもう手遅れだろうな」

「どう言う事です?」

「ジプルの奴説明しなかったのか?奴等は捕まえた人間にウイルスを注射するんだよ。あの気違いな被り物をせずにはいられなくなる病原菌をな」

「え、あれが人間!?」

「ああ、大半は俺達と同じこの街の住人だ。おい手前、マジで大丈夫か?頭打ったせいで記憶が飛んじまったのか?」舌打ち。「感染した奴等をブチのめして、四人で大学を逃げてきただろうが」

「ではあの茶色の身体は本体ではない、と」

「当たり前だろ!」

 目頭を押さえ、堪える様に俯く。

「おかしくなった街へ出た時もそうだ。あいつは俺達を逃がすために奴等へ突っ込んで……くそっ!絶対赦さねえ!」

 そうだったのか。人形の件も、先程の彼に訊いておけば良かった。何処にいるか知っていたかもしれない。

 彼の首から下がったネックレスには、楕円形の銀色の金属が一つ付いている。現実には着けていないアクセサリーだ。「それは?」

「あぁ?ドッグタグに決まってんだろ」裏には筆記体で彼の名前が彫られている。「サバゲー同好会の会員証だよ。あいつもまだ持っているはずだ……」

 キッキッ。デイパックから顔を覗かせたミユビシキを睨む。

「何だこいつ、非常食か?」

「違います。怪我をしているので、安全地帯まで連れて行こうと思って」

「確かに奴等、公園の鳩や鴉共をリンチで食い物にしてやがったからな。今じゃこの街の空に鳥は一羽もいねえ」ケッ!「いざとなりゃ手前ごと囮になるしな、持ってけ。但しくれぐれも騒いで奴等を呼び寄せるなよ?」

「分かりました」

 ショットガンの弾を詰め直し、ミーカールはエレベーターのボタンを押した。

「もう充分待った。二人が先に上がった可能性もあるしな、行くぞ」

「はい」

「俺がいいと言うまで撃つなよ」

 両開きの扉が開く。私達が乗り込んだ後、閉まって上昇を開始する。

「俺なら乗降口にトラップを張るな。おいノロマ、念のためそっちの壁に寄っとけ」

 階層選択のボタンを見る限り、このエレベーターの終着点は二階のようだ。仮に最上階へ昇るなら、また別な台を探さなければならない。

「ミーカール、一つ訊いてもいいですか?」

「あぁ?」

「ジプリールが教えてくれたんです。主はこの塔のスタジオで消息を絶った、と。何処にあるか知っていますか?」

「撮影スタジオの事か?悪ぃ、俺もここに入ったのは初めてだ。案内板でもあれば何処か分かるんじゃねえか?」

「そうですか。分かりました、探してみます」

 苛立たしげにバリバリ頭を掻く。

「しっかし何でそんなトコにジュードの奴はわざわざ行ったんだ?大学から大分距離があるぞ?大体ジプルの奴、俺達には一言もんな事言わなかったぞ?」

「気を遣っていたのではないですか?二人は立て籠もりで大分神経を消耗させていましたし」

「意味分かんねえ!あいつ、確かジュードを……いや、何でもねえ」 

 ごごご……箱ごと上に昇っているのだろうか?足の裏が微かに浮かび上がるような奇妙な感覚を覚える。

「ところでイスラ、手前予備のマガジン持ってねえだろ?」

 ぽい。無造作に投げられた鉄製の長方形の箱を受け取る。開くと金色に輝く銃弾が詰まっていた。

「俺はこいつで充分だからな、やる」ショットガンの銃口を振って言った。

「ありがとうございます」

「ケッ、手前以外の二人ならまだちったあ頼もしかったんだがな。まぁ贅沢言っても仕方ねえか」


 チィン。ガラガラガラ……。


「――予想通りだな。しかもピリリと御都合主義が効いてるぜ」

 エレベーターの外はエントランスのようだ。観葉植物が飾られた広い空間に、上下階への螺旋階段が繋がっている。

 中央に立つ例の生物は何故か巨大な注射器を担いでいた。胸元にはミーカールと同型の金属片のペンダント。そして、あの気の抜けた生物とはかけ離れたオーラ。間違い無い、人形だ。

「やっと見つけたぜ。手間掛けさせやがって」

 興奮を抑え切れない様子で銃器を構える。口元には不敵な笑み。

「おいノロマ。手前はそこで開閉ボタンに指置いとけ。こいつは俺がやる」

「分かりました」

 元よりこの二人の勝負に割り込む気は無い。ただ、

「心配するな。どうやらここを守っているのはこいつ一人だけらしい。ナメられたもんだぜ」

 人形は鳴き声さえさせず、黒い目で主人を観察している。

「来いよ、ビビってんのか?」

 ミーカールの挑発にも、現実の彼女と同じく全く応じない。

「ケッ!ならこっちから行くぜ!」

 一気に至近距離まで詰め寄り、ショットガンを発射する。散弾がばら撒かれる寸前、人形は被り物とは思えない身軽さで跳躍し、シュタッ!と背後に降り立った。だがミーカールも歴戦の覇者、気配で素早く反転して引き金を引く。

 ヒュンヒュンヒュン!猿並の俊敏性能で散らばる弾を次々回避し、彼目掛け注射器の針を突き出した。「チッ!」銃の腹で辛うじて針先を逸らす。返す刀で銃身を振り、人形の米神に当てて吹き飛ばした。

 激突する直前、彼女は空中で身体の向きを変え、壁をしっかり両の足裏で蹴って着地した。被り物のお陰でさしたるダメージは無いようだ。対照的にミーカールは明らかに攻めあぐねている。強気な台詞とは裏腹に手心を加えてしまい、どうしても常の本気を出せないようだ。

「ミーカール!」

「手を出すな!おらっ、もっと殺る気で来やがれ!そんな生温い攻撃じゃあ、俺には傷一つ付けられねえぞ!」

 台詞の途中から人形が注射器を構え始めた。そして、


 どーん!


「ぎゃぁっ!」

 まさか注射器自体が飛ぶとは想像もしていなかったのだろう。回避行動を取ろうとしたが、巨大な針が半身を捻った彼の臀部を直撃した。見る見る内に薬液が体内へ吸収され、赤い瞳の中の意志が弱くなっていく。

「くそっ………イスラ、受け取れえっ!!」

 最後の力を振り絞り、彼は手にしていたショットガンを力の限り床へと滑らせた。抜群のコントロールで銃は回転、エレベーターの奥の壁に当たって停止する。

「ミーカール!!」

 私が名を呼んでも、もう返事をする気力も無いようだ。――これ以上留まっても、彼の不名誉な場面しか見られないだろう。

「済みません……!!」

 閉ボタンを押しながら、私は自分の無力さに叫んでいた。



 警戒しつつ一階へ降り、デイパックの上にショットガンを担いで移動を始めた。ウイルスに冒されていても聡い人形の事だ。こちらに向かっているはず。私はミーカールの最後の意志を受け取った、彼のようになる訳にはいかない。必ず主を救出し、皆を治す方法を突き止めなければ。

 キッ、キッ。ミユビシキが慰めるように嘴で前髪を引く。

「ええ、大丈夫。だからもう少しだけ我慢していて下さい」

 人形も他と同様、食料になりそうな物には何にでも噛り付く習性を植え付けられているのだろうか?だとすれば、ミーカールを助けに行かなかったのは正解だった。大切な同胞を失ったが、代わりに無力な小鳥を救えたのだ、取り敢えずの所は。

「ふぅ……」

 駄目だ。肩に掛けたショットガンは、体力の無い私には酷く重い。かと言って置いてもいけない。敵の、例えば人形の手に渡ってしまう事を考えれば、余りにも危険な選択だ。


 銃声、そして爆発音。同階層、それもかなり近くで。


 疲れも忘れて音源へと走る。カフェテリアらしき場所、その中央に『それ』はいた。


 もー……もぉー……。


 外形はあの生物と全く同じ。しかし被り物の色は血のようで、片腕は銃器と化していた。

「ガトリングガンとは……参ったな、まさかこいつ等に銃を扱うだけの知能もあるとは」

「ウーリーエール!」

 ショットガンを生物に構えたまま彼を呼ぶ。眼鏡の奥から、彼は意外そうに視線を向けた。

「おやイスラ、まだ無事だったのかい。とっくにやられたものだと――ん?その銃はミーカールの?」

「はい。彼はすぐ上の階で、人形にウイルスを……」

「まあそんな事だろうと思ったよ。彼は非常に強いが彼女に甘過ぎる。同好会でも大体勝利を奪われていたしね」

 翼は無くとも流石四天使。不謹慎な程笑う間も、敵からは決して目を離さない。

「しかしこいつは一体何なんだろうね。銃付きの個体は初めて見るよ、色も違うし」

 もしや、あの衛兵生物が言っていた偽物……ん?

「ウーリーエール、カウンターの陰」

 背や腹に複数の穴が開いた生物が、折り重なるように倒れてもー……弱々しく鳴いていた。

「姿は似ていても別勢力って訳。成程、あいつが掃除したお陰でこのフロアは手薄だったのか」

 ガチッ!弾を装填する。

「このグレネード、弾が後五発しか残っていないんだ。警察署から箱ごと持って来たのに。イスラ、それの弾は?」

「今入っている分だけです」シリンダーを開けて確認。「残り四発。ハンドガンはミーカールから弾倉を一つ貰っています」

「了解」


 言うなり彼は私の手からショットガンを奪い取り、そのままデイパックを押して赤い生物の方へ突き飛ばした。

「うわっ!?」


 ドンッ!背中に衝撃が走り、ガトリングガン片手に不気味な黒目が見下ろしてきた。いけない!銃弾が発射される直前、慌てて背後に回り、茶色の生物の山に隠れた。もー……下の方の個体は恨めしげな声を上げ、丸く短い腕で上の同族を押し退けようとしている、意外と元気だ。重いのか、それはそうだろう。一番下は二十体近くの重量で完全に潰れていた。

「な、何のつもりですかウーリーエール!?危ないです!」

「君は相変わらず運だけは良いね。異星人共によるバイオハザードの時もそうだ。優秀な同期生達が次々ウイルスに感染していく中、鈍臭くて戦闘能力の欠片も無い君はちゃっかり生き残った。――まるで神様って名前の、前世紀の偶像に愛されているみたいに」

「偶像などではありません!四天使として共に主を救い出すのです!」

「やれやれ……てっきり君がアンプレラの関係者だと思っていたのに、とんだ見当違いだったようだ」呆れた風に首を横に振る。

「アンプレラ?」

「それも忘れたのかい?世界的規模の製薬会社さ。全世界で七割のシェアを保有している。君の持っている救急キットも同社製のはずだ」

 成程、確かにこの世界では癒しの魔術が使えない。薬が無ければ重傷者を助けられないだろう。

 僕はね、と同胞は続ける。

「警察にハッキングの腕を買われて、しばらく前から情報をリークしていたのさ。彼の会社が研究しているとされる、『ある薬』の証拠を掴むためにね――元々は未熟児の発育を補助するために開発された物だったらしい。でも試作の結果、全く別のとんでもない薬が出来てしまったんだ」

「とんでもない、ですか?」

「世界の四割を占める人種を『社会的に抹殺する』薬さ。しかも恐ろしい事に、その薬の研究所はどうやらこの街の地下にある」

 キッキッ。生物の生温く土臭い吐息にミユビシキが怯えている。私は赤褐色の小さな頭を撫で、何とか安心させる。

「事情は分かりました。ですが、今のこの状況には余り関係無いのでは?」

「関係大アリだよ。だってその薬は人間を」


もおおおおっっっ!


それまで大人しかった赤い生物が突然吠えた。どっすんどっすん!とウーリーエールを素通りして向かった先には、


「あら二人共、無事で何よりよ」


 ジプリールは先程と同じ微笑を湛えながら、暗い口を大きく開けてもーもー言う生物の腕を優しく撫でた。懐いている、のかまさか?

「あら、私の言う通り頑張ってくれてたのね。御褒美をあげないと」そう言って、しなやかな指先から緑色の錠剤を穴へ放り込む。途端、赤かった体表が紫を経て鮮やかな青色へ変化した。「まあ綺麗」

「そいつが例の新薬だね?意外な使い道があったもんだ」

 その台詞から、どうやら彼女がアンプレラ、それも大量殺人薬製作の関係者らしいと分かる。

 グレネードランチャーを彼女に向けて構える。

「偶然発見したの。この生物達食欲旺盛でしょう?研究所の資料も随分齧られたわ。まぁお陰でこんなに従順な兵士を手に入れられた訳だけど」

「こいつ等にとってはさながら極上のドラッグって訳か。つくづく厄介な代物を作り出してくれたね、ジプル。――で、強大な力を手に入れて、次はどうするつもりだ?」

「そうね……神、にでもなろうかしら?」

「なっ!!?」

 道具でしかない天使が、神に?

「異星人のウイルスと新薬、二つを投与すれば誰一人私に逆らえなくなるわ。この外見はいただけないけど、労働力としてなら充分許せる」

 気付いた時にはカウンターから飛び出していた。ハンドガンも持たず、二人の間に割って入る。

「目を覚まして下さいジプリール!私達は神に仕える者。決して成り代わってはいけません!」

 憐れみの眼差し、そして形の良い唇が歪む。

「イスラ、あなたは酷く無垢だわ。憎たらしくて殺してやりたい程……私の一番欲しかった物を奪って尚、そうやって平然としているなんて……赦さない、赦さないわ!」

 青くなった生物の腕を叩く。

「命令よ、彼を死なない程度に痛めつけて。出来たらご飯と薬をお腹一杯あげるわ」


 もぉおおっっ!!


 奇声を上げて生物がこちらに突進してくる。


 バンッ!


 ウーリーエールの弾丸が両脚を凍り付かせる。が、薬で力の増した生物はあっと言う間に氷を破壊し、再び私目掛けて一直線に駆けてくる。

「うわっ!!」

「イスラどくんだ!こいつならどうだ化物!!」


 バンバンッ!


 散弾を側面に受けてよろめくも勢いは止まらない。私はカフェテリアのエリアを走り抜け、隠れられる場所を探す。


「ぎゃあああっっっ!!」


 背後からウーリーエールの絶叫。生物に気を取られる余り、一緒にいたジプリールの攻撃を受けたようだ。勿論、救助に戻る事は到底無理。己の身さえ守れない私は、また仲間を見殺しにしてしまった……。

 キッ、キッ。

「済みませんミユビシキ」

 動物に励まされるとは情けない。もう味方は誰もいないのだ。私がしっかりしなくてどうする。


「待ちなさい!この卑怯者!!」


 バババッ!銃弾がすぐ脇を通り壁に穴を開ける。捕まったが最後、一体どんな目に遭わされるか分かったものではない。

(それにしても、何故こんなにも彼女は私に憎悪を……?)思い当たる節は当然無い。私はジプルを敬虔な信仰者としてとても尊敬している。失礼に当たる言動は無かったはずだ。

「ジプリール!私は一体あなたに何を」

「殺してやる!!」

 駄目だ、完全に頭に血が昇っている。しかし拙い、これまでの疲れでスタミナがもう、


「こっちだ!」


 声のした方に振り向く。床板が下方に開き、被り物の人形が鋭く手招きした。「早くしろ!」

「わ、分かりました!」

「待てっ!裏切り者!」

 穴に飛び込んだ瞬間、板が素早く上げられて嵌る音が聞こえた。ドンドンドン!

「何とか助かったな」

「ええ………」

 頭がクラッとした。茶色に空いた黒い三点の穴が歪む。

「おい、しっかりしないか!」

 叱咤の声も遠く……私の意識は暗転した。




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