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第8話 消えた栄子

「武上!」


小杉から電話を受けた和彦がTホテルの一室に駆けつけた時、既にそこは警官と鑑識で溢れ返っていた。その中には武上の姿もある。


殺人事件担当である捜査一課の武上がここにいるということは・・・


和彦は武上の胸倉を掴む勢いで、武上に駆け寄った。


「なんだよ、これ!あいつは!?」

「落ち着け、和彦」

「これが落ち着いてられるかよ!!!」


和彦はそう怒鳴って部屋の中を指差した。

そこはブライダルサロンの隣にある、ウエディングドレスが展示されている部屋・・・の奥のフィッティングルームだった。


床も天井も血だらけだ。扉の向いにある大きな鏡には血の滝が流れ、壁に掛けられたウエディングドレスは真紅に染まっている。

1時間前、栄子が試着していたウエディングドレスだ。


武上は、今まで色んな事件に遭遇してきた和彦にだからこそ、ビジネスライクに事実だけを伝えた。


「ブライダル担当の小杉さんが見つけた時、部屋は既にこの状態だった。栄子さんはまだ見つかっていない」

「・・・え?」


和彦が唖然とする。

なんだかんだ和彦と付き合ってきた武上には、和彦が心の底から驚いているのがよく分かった。


「最初からこの状態だった?」

「そうだ。栄子さんの姿もなかった」

「・・・」


和彦はフィッティングルームの中をゆっくりと見回した。通常のフィッティングルームより広いと言ってもせいぜい4畳半くらいの大きさだ。すぐに全てを見て取れる。


「・・・ここで刺されたのか?」

「和彦・・・」

「あいつはここで刺されてどこかに連れて行かれたのか?」

「・・・」


今のところはそうとしか考えられない。しかもこの大量の血だ、とてもじゃないが生きてはいまい。和彦といつもいがみ合っている武上だが、さすがに今回ばかりは言葉に詰まった。

すると、武上の後ろから目に涙をいっぱい溜めた小杉が震えながら現れた。


「岩城様・・・大変申し訳ありません。私がここを離れた15分ほどの間にこんなことに・・・お詫びのしようもありません」


和彦は無言で小杉を見た。

KAZUモードの和彦なら「小杉さんの責任じゃありませんよ」と言うだろうし、素の和彦なら「てめー、何やってたんだよ!」と言うだろう。

しかし和彦は何も言わなかった。ただ黙って小杉を見た後、視線を再び血まみれのフィッティングルームに向けた。

小杉はそれ以上言葉が出てこず、その場で俯くことしかできない。


と、また武上の後ろから女性の声がした。ただし今度は和彦のよく知っている声だ。


「和彦さん」

「・・・寿々菜?」


見ると、武上の後ろにある扉から、制服姿の寿々菜がおずおずと顔を出しているではないか。


「何やってんだよ。学校は?」

「もう終わりました。家に帰ってる途中に武上さんから電話を貰って・・・ここに来て欲しいって」


和彦は、武上が寿々菜に小さく頷き鑑識達の方へ歩いて行くのを見て、再び驚いた。

どうやら武上は和彦がショックを受けるのを見越して、和彦を慰めるために寿々菜をここに呼んだらしい。武上にしてみれば大サービスと言ったところか。もっとも寿々菜は自分の役割を余りよく分かっていないようではあるが。


「あいつ、余計なことを・・・」

「え?」

「いや、なんでもない」


和彦は息をついて廊下に出ると、壁にもたれた。寿々菜がちょこちょことその後をついてくる。



ったく、こんな時に寿々菜を呼んだからって、なんだって言うんだ。



しかし和彦は、最初にフィッティングルームの中を見た時よりも自分がだいぶ冷静になっているのに気が付いていた。悔しいが武上の目論見は正しかったらしい。


和彦はいつもの調子で廊下から部屋の中の鑑識の様子を観察した。


「和彦さん・・・大丈夫ですか?」


しかし寿々菜の方が冷静ではなく、目を真っ赤にして和彦に訊ねてくる。


「ああ。大丈夫になったよ、お陰様でな」

「え?」

「それよりなんで寿々菜が泣くんだ?お前は俺のファンだろ?俺の婚約者なんかいなくなった方がいいんじゃないのか?」

「そ、そんなこと!」


寿々菜はいきり立ってから、ぷしゅーっと音を立てそうな勢いでしぼんだ。


「あの・・・はい、正直そう思ってました。でもまさか、本当にこんなことになるなんて・・・ごめんなさい、和彦さん」

「何が?」

「きっと私がそんな風に思ってたから、本当になっちゃったんです」

「まさか」


和彦は鼻で笑った。だがさすがにそれはいつものようなニヒルな物にはならなかった。実際に栄子がいなくなってしまったのだ、当然だろう。


2人はそれからしばらく黙って部屋の中を見ていた。武上ら刑事や鑑識達が事務的に作業を進めていく。

寿々菜は何とも言えない気持ちで血まみれのフィッティングルームの中を見回した。そしてその目は壁で止まった。



あ、ウエディングドレス・・・綺麗だな。栄子さん、あれを結婚式で着るつもりだったのかな。



だがおそらくそれはもう叶わないだろう。寿々菜は栄子に嫉妬していた自分を改めて悔いた。和彦が結婚してしまうのは辛いが、和彦が悲しんでいるのを見るのはもっと辛い。高井戸薫が言っていた「私は本当にKAZUさんを好きだから、KAZUさんが幸せなら温かく見守るわ」という言葉が思い出された。今なら、薫こそが本当のKAZUファンなのだと認められる。



それに引き換え私は・・・



寿々菜は本当に自分のせいでこんな事件が起きてしまったような気がしてきた。

そして、自分がこの事件を解決しなくてはならないような気もしてきた。



そうよ!私の不純な嫉妬のせいでこの事件が起きたのなら、私が解決しなくっちゃ!



そんなワケない。が、そこは単純な寿々菜、一度こうと決めたら俄然やる気が出てきた。今度は「何か犯人に繋がるモノはないか」という目でフィッティングルームの中を見てみる。


鑑識たちが、栄子が刺されたと思われるフィッティングルームの中心を丹念に調べ、武上はウエディングドレスを気にしている。


しかし寿々菜が気になったのは・・・



来た。



寿々菜はフィッティングルームの中にある大きな鏡を見て奇妙な違和感を感じた。その鏡も例に漏れず血がべっとりと付いているのだが・・・。


「和彦さん」

「ん?・・・おい、まさか」


和彦が寿々菜の両肩を掴んだ。さすがに和彦も今回ばかりは真剣だ。


「違和感、来たのか?」

「はい」

「よし、なんだ?言ってみろ」


残念なことに、寿々菜には違和感の正体を突き止めるほどの観察力・推理力はない。そこは和彦の領分だ。


「鏡です」

「鏡?あのデカイ鏡か?」

「はい。なんだろ・・・あの鏡の血が気になります」

「・・・鏡の血か・・・」


和彦が腕を組み鏡をじっと睨んだその時、廊下が急に騒がしくなった。どうやら親分のお出ましらしい。

和彦は壁から背を浮かせた。


「岩城様」


倉屋兄弟の兄でありTホテルの総支配人である倉屋宗太郎が厳しい表情で和彦に近づいてきた。その後ろから若干のんびりとやってきたのは弟の小次郎だ。2人並んでいるところを見るとますます兄弟には見えない。


「遅くなり、申し訳ありません。この度のことは全てこちらの責任でございます。本当に申し訳ありませんでした」


宗太郎に続き、小次郎も頭を下げる。しかしその深さには随分差があり、小次郎は頭を上げるついでにフィッティングルームの中を見る余裕もあった。


「あれ?死体は?」

「小次郎!」


宗太郎が慌てて小次郎の脇をつつく。


「失礼なことを言うんじゃない!」

「え?あ、失礼しました・・・?」


小次郎は兄にせかされて頭をかきながら、もう一度お辞儀をした。

この状況でこんな発言ができるとは、この小次郎、やはりどこかピントがずれているらしい。和彦も寿々菜も怒るのを通り越して呆れてしまった。


「死体なんかありませよ。まだ見つかってません」


和彦は、何で俺がこんな説明しなきゃいけねーんだ、と思いながらも、一応親切に小次郎に説明してやった。そうでないと、この男はまたとんでもないことを言い出しそうだ。そうなったら和彦も自分を抑える自信がない。


小次郎が驚いた顔をする。


「え?」

「僕の婚約者は行方不明です」

「え?・・・え?そうなんですか?」

「お聞きになってなかったんですか?」

「え、いや、その、詳しくは・・・そうなんですか・・・えっと・・・」


小次郎の目が泳いだ。どうやらようやく状況を理解したようだ。


しかし寿々菜はそんな小次郎を見て、二度目の違和感を覚えていた。





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