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第6話 兄弟

「先程うちの従業員が失礼なことを致したと伺いました。大変申し訳ありません」


そう言って和彦と栄子に潔く頭を下げたのは、中肉中背のなかなか見栄えのいい男だった。

年は40半ば・・・いや、彼が小杉の言っていた総支配人の倉屋宗太郎だから、50歳か。



確かに、見れる男だな。



和彦は心の中で宗太郎を値踏みしながら顔には爽やかな笑顔を作り「大丈夫ですよ」と言ってはみたものの、実はかなり怒っていた。

もしここに武上がいたら、間違いなく八つ当たりしていただろう。


「しかし、小次・・・倉屋の大きな声のせいで、岩城様のことに気付かれたお客様がお連れ様にとんでもないことを」


宗太郎が申し訳なさそうに栄子を見た。

そうなのだ。小次郎のせいで和彦たちに気付いた一般客達によって、和彦はともかく栄子まで勝手に写真を撮られまくる始末。挙句、たまたま居合わせたKAZUファンが栄子に水をかけるというおまけまでついてきた。


「少ししか濡れてませんから」


栄子もそう言ったが、実際にはかなり服が濡れてしまっていた。小杉が真っ青になって宗太郎を呼んだのは仕方のないことだ。


「お式の前ですから、お風邪を引かれては大変です。本日はお詫びも兼ねて部屋をご用意させて頂きます。お召し物はクリーニング致しますので、部屋でガウンにお着替えください」

「はあ・・・部屋ですか」

「もちろんサービスでございます。ごゆっくりご宿泊なさって下さい」


和彦と栄子は顔を見合わせた。サービス(つまり無料)ということに反応したのでは、無論ない。

2人が顔を見合わせた理由は「ご宿泊」の方だ。


和彦は「いや、そこまでして頂かなくても」と断ろうとしたが、濡れた栄子をそのまま家に帰すわけにもいかない。クリーニングの間だけでも部屋を借りた方がいいだろう。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「どうぞ、こちらです」


総支配人である倉屋宗太郎自ら和彦たちを案内する。

そして和彦と栄子の後ろを小杉が歩く。


「本当に申し訳ありませんでした・・・」


小杉は意気消沈している。無理もない、自分の目の前で客が水をかけられたのだ。しかもブライダルの打ち合わせ中。結婚式をキャンセルされてもおかしくない。

だが、和彦は怒ってはいたもののそんなことはおくびにも出さず、結婚式のキャンセルもしなかった。


「小杉さんのせいじゃありませんよ」


栄子が小杉を励ます。


「怪我をしたわけでもないし、気になさらないで下さい」

「はい・・・でも・・・」

「それより、小杉さんのおっしゃる通り、宗太郎さんは素敵な方ですね」


栄子にそう言われて、また小杉の頬が染まる。


「さっきの小次郎さんとは随分雰囲気が違いますね」

「ですよね!」


思わず栄子が客だということを忘れて興奮する小杉。

宗太郎に聞こえないように栄子にこそっと話す。


「腹違いの兄弟、とかじゃないんですよ?正真正銘本物の兄弟。でも昔から宗太郎さんは何をやらせてもトップだったのに対して、小次郎さんはパッとしなかったそうです」

「あら、そうなんですか」

「今も宗太郎さんの手腕のお陰でTホテルが繁盛しているのが気に食わないらしくて・・・あの、もしかしたらなんですけど、マスコミに岩城様のご結婚のことをリークしたのも小次郎さんかもしれません」

「どうしてそんなことを?」

「余計なことをしたがるんですよ、あの人は」


小杉は当たり前のようにそう言った。




用意されたスイートルームから宗太郎と小杉が出て行くと、和彦はデンと2つ並んだ巨大なベッドに寝転んだ。栄子には、言葉は発せずとも和彦が素に戻っているのがすぐに分かる。


「結婚式の打ち合わせって疲れるなー。まあ、スイートがくっついて来たからいいけど。ラッキー」

「スイートなんて、仕事で泊まる時はいつもなんじゃないの?」

「うちのタヌキがそんな無駄遣いする訳ねーだろ」


門野社長のことである。


「でもホテル代を払うのはテレビ局とかでしょ?」

「タヌキは『普通の部屋でいいから、浮いた金はギャラに入れろ』っつって、ギャラが増えた分は自分の懐に入れるんだよ」

「本当にケチなのね、あのオッサン」


・・・おや。

どうやら仮面を被っていたのは和彦だけではないようである。


和彦が寝転がったまま「うーっん」と背伸びをした。


「それはそうと、やっぱりアイツは使えるな。俺の目に狂いはなかった」

「ほんと、さすが和彦ね。変なところで鼻が利く」

「うっさい。アイツを利用することを思いついたのはお前だろ」

「そうだったかしら?」


栄子が濡れたカーディガンを脱ぎながら涼しい顔をする。

やはりこの女、どうも一癖あるらしい。


「ちょっと。何じっと見てるのよ。あっち向いてて」

「いいじゃん、婚約者なんだから」


ニヤニヤしながら栄子の着替えを見ている和彦に、栄子は脱いだカーディガンをバサッと投げつけ、ガウンを抱えてシャワールームに駆け込んでいった。

和彦はそんな栄子を見て、珍しく素で笑うと、ナイトテーブルの上に置かれた新聞を読み始めた。

そしてちょうど1面記事を読み終えた時、部屋の中に「ジリリリリ」と控えめなベルの音が鳴り響いた。

ドアベルだ。誰かが来たらしい。


和彦が新聞を片手にドアを開くと、英兵を思わせる制服に身を包んだ若いベルボーイが1人、廊下に立っていた。


「失礼致します。濡れたお召し物を預かりに参りました」


若いがさすがに一流ホテルのベルボーイだけあって礼儀正しい。

ところが。


「ああ、ちょっと待って下さい。今着替えて・・・って、あいつ、遅いな。何やってるんだ」


和彦は無意識にシャワールームの方を見た。その扉はしっかり閉まっていて(和彦が推測するに、鍵もかけられている)まだ開きそうにない。


「すみません。まだ、」


和彦がベルボーイの方に向き直ると・・・ベルボーイは何やら思いつめた様子で栄子が入っているシャワールームの方を見つめている。


「あの!」


わざと大きな声で呼びかけてやると、ベルボーイがハッと我に返って姿勢を正す。


「し、失礼しました!」

「・・・」



・・・なんだ、コイツ。



なんとなく面白くない。

和彦はチラリとベルボーイを睨んだ後、大股でシャワールームに向かい、ドアをノックした。


「おい。ベルボーイが濡れた服取りにきたぞ」

「あ、うん。今出る」


ドアが内側から開き、柔らかそうな白いガウンに身を包んだ栄子が濡れた髪をバスタオルで拭きながら現れた。身体からはホコホコと湯気が立ち上がっていて、まるで映画で見る女優の風呂上りシーンのようだ。栄子をよく見慣れた和彦でも、思わず見とれてしまう。



・・・あ。まさかあいつ、また。



振り返ってベルボーイの方を見ると、案の定ベルボーイもポカーンと栄子に見とれている。


「ごめん、ごめん。ついでにシャワー浴びてたの。気持ちよかったわよ?和彦も後で入ったら?」


そう言いながら栄子は濡れた服を手に、ベルボーイに近づいた。

ベルボーイが緊張しているのを知ってか知らずか、自分のガウン姿を恥らう様子は全くない。


「この服、よろしく。水で濡れてるだけだから、乾かすだけでいいわ」

「はははい。確かに受けたたたまわりました」


転がるようにして部屋を出て行くベルボーイを見て、栄子が楽しげに笑う。


「かわいい子ね」

「おい・・・からかうのもいい加減にしろよ」

「あら、もしかして妬いてるの?」

「まさか」


和彦が再びベッドに座って新聞を広げると、栄子は少し真面目な表情で和彦の隣に腰を下ろした。


「本当に泊まってく?」

「どっちでも」

「・・・ねえ、後悔してない?」

「何を?」

「この結婚」


和彦が新聞から顔を上げる。


「何を今更。第一この結婚を言い出したのは俺の方だぞ?」

「そうだけど・・・。ほら、ファンの人達はショック受けてるじゃない。スゥちゃんっていう子も、和彦のこと好きみたいだし」

「そんなの仕方ないだろ。ファン全員と結婚なんてできない」

「人気者のお決まりの台詞ね」


栄子は笑って立ち上がると、ガウンの紐を解いた。





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