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第5話 胸騒ぎ

「では、お式もご披露宴もシンプルな物でよろしいのですね?」


Tホテルのウエディングプランナー・小杉恵美は声が震えるのをなんとか堪えながらそう言った。

だが、この世界ではベテランである10年目の小杉が緊張するのも無理はない。なんといってもトップアイドルのKAZUが目の前に座っており、自分のプロデュースで結婚式を挙げようというのだから!


小杉がKAZUの結婚式担当になったのは単なる偶然だった。

5日前、遅めの昼休みから戻ってきてブライダルサロンの中でパンフレットの整理をしていると、背の高いカップルがフラッと入ってきて「ここで結婚式を挙げたいんですが」と小杉に言ったのだ。

小杉は最初それがKAZUだと気づかなかったが---似ているなとは思ったが、まさか本当にKAZUだとは思わなかった---本人が「僕、芸能人なんですけどご迷惑にならないですかね?」と言ったのを聞いてようやく気がついた。

そしてそのまま小杉が2人にあれこれ説明したので、なんとなくそのまま小杉がKAZUの結婚式を担当することになったのだ。


小杉はいまだに信じられない気分だった。


ただ少し残念なのは、冒頭にもあったようにKAZUは質素な式を望んでいるということだ。

ホテルとしては豪勢な式を挙げてもらったほうが儲かるし、ホテルの宣伝にもなる。小杉自身もそんな大きな結婚式を手がけてみたいと常々思っていた。しかし本人がそうしたくないのならば、仕方がない。

幸いTホテルの総支配人は門野社長とは違って金の亡者ではない、お客様第一の根っからのサービスマンだ。小杉に「何が何でも豪勢な式を挙げさせろ」なんてことは間違っても言わない。その点小杉は、がっかりしながらも安心して仕事を進められる。


「テレビカメラは披露宴に入れますか?」


それでも小杉は若干未練がましくそう聞いた。

が、和彦はやはり「とんでもない」と首を横に振る。


「テレビカメラなんかあったら落ち着いて披露宴を楽しめないじゃないですか。絶対に入れません。だからこじんまりした会場でいいんです」

「かしこまりました」



KAZUの意志は硬いみたいね。



小杉は今度こそ「式の拡大」を諦めて、詳細の打ち合わせに入った。


「式はチャペルで行いますか?それとも神前式でしょうか?」

「チャペルで」

「ご出席は何名様くらいですか?」

「80人くらいかな」

「お花は生花にしますか、造花にしますか?」

「生花で」


てきぱきと答えるKAZU。こういう客はやりやすい。

しかし・・・

小杉は新婦である栄子(と呼ばれていることを小杉は知らないが)の方を見た。


結婚式と言えば、普通あれこれ決めたがるのは女性の方である。ところがこのKAZUカップルは男であるKAZUの方が積極的で、女である栄子の方が消極的である。

もっと正直にいうと、栄子はこの結婚に乗り気ではないように見える。そこはこの道10年のベテランの小杉が言うのだから間違いない。



KAZUなんて有名人と結婚するから気後れしてるのかしら?

気後れなんてしなくていい容姿をしてるのに。

それとも単なるマリッジブルー?

あ、まさか・・・



「あの、間違っていたら大変申し訳ないのですが」

「はい?」

「新婦様はご妊娠されていたりしますか?」


栄子が驚いた顔をし、KAZUが笑う。


「いえ、してません」

「そ、それは失礼しました」



なんだ、ツワリで気分が悪いのかと思った。

でも、それじゃあ元気なさそうに見えるのはやっぱり・・・

いや、そこを盛り立てていくのがウエディングプランナーの仕事よ。


「それでは次にドレスとお食事の打ち合わせについてですが、こちらは別途時間を取って頂いて・・・」


と、その時、ブライダルサロンの入り口に人影が見えた。

小杉はすぐにそれに気づいたが、KAZUカップルは入り口に背を向けているので気づいていない。

そこで小杉も無視しようとしたのだが・・・


「ああ、これはこれは。KAZUさんではありませんか」


背広がはちきれそうなくらい肥満体系の脂ぎった男が、人目もはばからず大きな声で近づいてきた。総務のボス・倉屋小次郎である。

ちなみにここのホテルの従業員はみんな、倉屋のことを「小次郎さん」と呼んでいる。これは別に小次郎を慕っているからでも、大きな身体のくせに「小次郎」なんてふざけた名前であることを馬鹿にしているからでもなく、実は小次郎の兄・宗太郎がこのホテルの総支配人で、2人とも苗字が同じでややこしいから、宗太郎のことも小次郎のことも名前で呼んでいるだけなのである。

もっとも「宗太郎さん」はみんな親しみを込めて呼んでいるが、「小次郎さん」には軽蔑の響きが含まれているのも事実。

というのもこの小次郎、とにかく「いけてない」人間で、ろくに仕事もせずギャンブルと女ばかりの不健康な生活を送っているのだ。「総務のボス」なんて何をやっているのかよく分からない立場も、兄の宗太郎が温情で与えてやった物である。


小杉は密かに、マスコミにKAZUの結婚をリークしたのは小次郎ではないかと睨んでいる。

何故小次郎がそんなことをするのかって?

それはもちろん、雑誌社から貰える小遣い目当てである。


「この度は当ホテルでの挙式、ありがとうございます」


この度はおめでとうございます、が先でしょ!と小杉は心の中で小次郎に突っ込んだ。


「いえ、当日はよろしくお願いします」


しかしKAZUはそんなことは気にもせず、小次郎にも笑顔を送る。



やっぱりKAZUはテレビの外でもKAZUなんだわ。素敵。



と、武上が聞いたらひっくり返りそうなことを考える小杉。


だが今はとにかく小次郎に邪魔をして欲しくない。

小次郎がいたのでは、まとまる話もまとまらなくなる。


「小次郎さん、そう言えばさっき宗太郎さんがお探しでしたよ」


口からでまかせを言ってみる。だが兄に頭の上がらない小次郎は口の中で「チッ」と舌打ちすると、「では失礼します」と言ってブライダルサロンから出ていった。

小杉はホッとため息をつき、KAZUカップルに頭を下げた。


「失礼いたしました」

「いえ。宗太郎さんって誰ですか?」

「うちの総支配人です。さっきの小次郎さんの兄なんですが・・・兄弟なのに月とすっぽんほども違うんです」


そう言って小杉はポッと頬を染めた。

宗太郎は今年50歳になる。しかし実年齢より遥かに老けて見える小次郎とは違って、宗太郎は若々しくかっこいい。12年前に妻を亡くしてからずっと独身で、ホテルウーマン達の密かな憧れなのだ。


「小杉さん、その宗太郎さんという方のことがお好きなんですね」


不意に栄子が口を開いた。

小杉は、まさかここで栄子が話しかけてくるとは思っていなかったので動揺し、それで返って思っていることが顔に出てしまった。


「そ、そんな、とんでもない・・・。総支配人ですよ?」

「総支配人でもなんでもいいじゃないですか」

「でも・・・近くで仕事ができるだけで充分です」


小杉がそう言うと、栄子はふと表情を曇らせた。


「そう・・・かもしれませんね。好きな人の近くにいれるって、素敵なことですよね」


栄子のその言い方が妙に実感がこもっていて、小杉は胸騒ぎを覚えた。




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