第4話 記者会見
ホテルの大広間を借りての記者会見は、盛大な物だった。
何十ものカメラに百人を軽く超える取材陣。そしてそれと同じ位いるのが警備会社の人間だ。だが警備会社の人間はいわばカモフラージュのような物で、いざ和彦と婚約者が狙われた時に二人の前に飛び出すのは、マネージャーのような顔をして和彦の右隣に立っている武上の役目である。
くそっ。こんなの俺の仕事じゃないのに!
武上は会場中に視線を張り巡らせながら、司会をしているフリーアナウンサーの奥を見た。そこには開かれたままの扉があり、その奥は事務所関係者の控え室になっている。寿々菜と山崎、それに門野もそこで和彦の言葉に耳をそばだてているはずだ。
今度は高砂のように高い場所にあつらえられた壇上でスポットライトとカメラのフラッシュを浴びながら営業スマイル全開の和彦、いや、KAZUに目をやる。
武上もいい加減和彦の二重人格(?)には慣れているが、今日の笑顔は特別に見える。なんだか本当に心から笑っているようなのだ。
そして和彦にそんな顔をさせているのが・・・
そう、和彦の左隣に座っているスラッとした美女である。
間違いなく雑誌やテレビで顔をモザイク処理されていた女性・A子だ。武上も顔は今日初めて見たのだが、同一人物だと断言できる。あんなにスタイルの良い女性はそうそういないだろう。
スタイルだけではない。顔もスタイルを裏切っていない。
「それでは、KAZUさんとご婚約者様のご婚約会見を開かせて頂きます」
アナウンサーが嫌味なくらいよどみなく原稿を読み上げていく。
ちなみに原稿は全て門野の都合のいいように、つまりKAZUのイメージを損なわないように作られている。
「なお、ご婚約者様は一般の方でいらっしゃいますので、お写真は普通に撮って頂いて結構ですが、名前は仮名で栄子さんとさせて頂きます」
・・・門野さん、原稿の内容を考えるのでいっぱいいっぱいで、適当な仮名にしたな・・・?
武上は呆れたが、当の「栄子」はそんなことは全く気にしていない様子で、綺麗な栗色の巻髪を揺らしながら優雅に微笑んでいる。
一方の和彦もさすがに見た目は誰にも引けを取らない。悔しいが武上もお似合いだと言う他ない。
もっとも、そんなこと口が裂けても寿々菜の前では言えないが・・・
武上は寿々菜が心配になり、もう一度控え室へ目をやった。
その頃寿々菜は控え室の中から記者会見場の様子を見ていた。
幸せそうな和彦と栄子。とてもじゃないが寿々菜などが入り込む余地はない。
しかし寿々菜は違和感を覚えていた。
寿々菜はご存知の通り、思い込みが激しく全てにおいて「鈍い」女の子だが、この違和感だけは推理が得意な和彦と刑事である武上のお墨付きだ。寿々菜が違和感を感じるところに、必ず何かおかしな事がある。
和彦は、寿々菜から見ても本当に幸せそうに見える。
だが・・・栄子の方は違う。
確かに幸せそうに和彦と微笑んでいるが、どこかぎこちない。一般人なのにいきなりこんな記者会見場に引っ張り出されて緊張しているのかもしれないが、それにしてもあまり「幸せオーラ全開!」という感じではない。
KAZUファンの人に気を使って、控えめにしてるだけなのかな。
なんかそれもちょっと違う気がするなあ・・・
私だったら、和彦さんと婚約記者会見なんかしたら、空の上まで飛んでいきそうなくらい幸せなのに。
寿々菜は、栄子がカメラマンの隙を見て小さくため息をついたのを、見逃さなかった。
「はぁー、終わった終わったー。疲れたなー」
門野が危惧していたようなことは起こらず、記者会見は無事に終了した。そして今ちょうど和彦と栄子が控え室にさがってきたのだが、その瞬間和彦の顔からKAZUスマイルが消え、いつもの人を小馬鹿にしたような表情に戻る。
それを見ても栄子が全く動揺しないところを見ると、和彦は栄子には本性を見せているらしい。
夫婦になるのだから当然と言えば当然なのだが、武上は少し驚き、寿々菜と山崎はショックを受けた。和彦は普段、ファンにはもちろん、大抵の人に対してKAZUモードを崩さないのだ。
「まあ、良かったんじゃないか」
1人満足そうなのは、自分の思い通りの記者会見にできた門野だけである。
「それにしても子供の頃からの知り合いと結婚とはな。下手にデキ婚なんかするより、ずっといい。場合によっちゃ『KAZUは一途だ』なんてイメージアップにもなるぞ」
「そりゃどーも」
和彦が適当に相槌を打つ。
「よくできた嘘だ」
ところが門野がそう言うと、和彦は少しムッとしたように言い返してきた。
「嘘じゃない。本当に子供の頃からの知り合いなんだよ。な?」
和彦が栄子を見ると、栄子は少し照れくさそうに頷いた。
「はい」
寿々菜は、記者会見でも栄子が少し話したのを聞いていたが、改めて栄子の声を聞くと声まで「美しい」のが良く分かる。美人というものは、どこをどう取っても美人なようだ。
「まあ、ずっと密かに付き合ってたっていうのは嘘だけどな」
「それなのにどうして急に結婚する事にしたんだ?」
武上が訊ねると、和彦はちょっと得意そうにこう言った。
「何年かぶりに再会する機会があって、その時にピピッと来たんだよ」
「・・・芸能人にありがちな『ピピッと』か。そんなんで結婚して大丈夫なのか?」
「俺達は大丈夫」
和彦は自信満々に栄子の肩を抱いた。それがまたドラマのワンシーンのように絵になるのだから美男美女は得である。
「和彦さん、のんびりしている場合じゃありませんよ。昨日、今日とほとんど本来の仕事ができてませんから、今から早速仕事です」
山崎が淡々と言う。が、その視線は和彦の手が置かれた栄子の肩の上だ。
「へえへえ、分かってるよ。じゃあまた後でな。夜、式を挙げるホテルに行ってウエディングプランナーと段取りを話そう」
和彦はそう言うと突然、栄子の唇にチュッと音を立ててキスをした。
栄子は一瞬ギョッとしたような表情をしたが、他の人たちは驚きのあまりそれには気づかなかった。
「・・・うん、後でね」
唇が離れたあと栄子がそう言ったのを聞いて、和彦は満足そうに山崎と控え室を出て行った。
地下鉄の中、なんとなく一緒に帰る形になってしまった寿々菜と武上とそして栄子は、3人並んで椅子に座っていた。武上は本当は真ん中に座って寿々菜と栄子の接触を避けたかがったが、女2人と男1人では、男はどうしてだか端っこに座ってしまう。
武上のような男は余計にだ。
「あの・・・ご婚約、おめでとうございます」
寿々菜はずっと黙っているのも変だと思い、頑張って栄子に話しかけた。
「ありがとう」
栄子がバラのような笑顔で微笑む。だが、やはりどこか寂しそうな影が付き纏う。
そんな栄子の様子に、寿々菜がそれ以上何を言っていいか困っていると、今度は栄子の方が寿々菜に話しかけてきた。
「あなた、スゥちゃんていう子よね?」
「え?私のこと、知ってるんですか?」
スゥのことを知っているなんて、なんとも貴重な人種である。
しかし。
「ええ。和彦からよく聞いてるから」
なんだ・・・
寿々菜は少しがっかりした。
「和彦さん、私のことなんて言ってましたか?」
「おっちょこちょいで手のかかる奴だって」
「・・・」
「でも、それが和彦の愛情表現なのよ。和彦はスゥちゃんのことをとても大切に思っているみたい」
「大切に思っている」。だがそれはあくまで「妹のように」だと寿々菜も分かっている。
ますます落ち込む寿々菜を見て、自分の知名度の低さに落ち込んでいると思った栄子は励ますようにこう言った。
「あ、だけど私、和彦にスゥちゃんのこと聞く前からスゥちゃんのこと知ってたわよ」
「え?」
「スゥちゃん、前に『御園探偵』に出てたでしょ?とっても演技が上手だったから、印象に残ってたの」
「・・・ありがとうございます」
栄子は見た目だけでなく、中身まで「美人」だ。
寿々菜はヤキモチばかり妬いている自分を情けなく思い、なんとか笑顔を作って栄子に向けた。