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第3話 A子

「「和彦さん!」」

「和彦!」


寿々菜・山崎、武上が同時に叫ぶと、和彦は更にニヤニヤした。

が、その後ろには和彦とは対照的に苦虫を噛み潰したようなダルマ・・・じゃなかった、門野社長が立っている。


武上が和彦に詰め寄る。


「和彦!今までどこにいたんだ!?」

「家」

「家!?でも、携帯に出ないって・・・」

「あー?電源切ったままだったかな」

「この大騒動を知らなかったのか!?」


和彦の笑顔が変わる。笑顔には違いないが、どこか達観したような笑顔だ。


「知ってるさ。だからどうせ仕事にならないだろうと思って、家でのんびりしてた。いやー、人気者は困るね」

「お前な・・・寿々菜さんがどれだけ心配したと思って、」

「心配?何を心配するんだよ?」


和彦は武上の肩越しに寿々菜を見た。

ドキッとした寿々菜の顔から、和彦を見つけた驚きの表情が消える。


「よお、寿々菜。何してるんだ?仕事か?珍しいな」

「い、いえ・・・あの、和彦さん」

「ん?」


和彦が「なんだよ」というように首を傾げる。特段変わった様子はない。



いつもの和彦さんだ・・・。

きっとあの報道はデマだったんだわ。だから和彦さんもいつも通りなんだ。

そうよね、いくらなんでも本当に結婚するなら、こんなのんびりと構えてないわよね。



寿々菜がそう納得して口を開こうとすると、それより先に和彦が寿々菜に話しかけた。


「あ、もしかして俺の結婚について聞きたいのか?」

「はい!あれってやっぱりデマ、」

「ちょっと急なんだけど、来月の10日に入籍して式も挙げるから。寿々菜も来るか?」


寿々菜が固まる。武上も山崎も同様だ。

1人表情を変えなかったのは門野だが、渋い表情のままということは既に和彦と話し合ったからなのだろう。


「え・・・結婚、するんですか?本当に?」

「ああ。雑誌に載ってたろ?あのホテルマンがリークしてくれたお陰でな」


そう言いつつ、和彦は怒っている様子ではない。

幸せな事なので、そんな些細なことは気にならないのか。


覚悟はしていたが、やはり本人の口から聞くと寿々菜は激しく動揺し、口を噤んだ。

代わりというわけでもないが、門野が口を開く。


「山崎」

「は、はい」


寿々菜と同じく呆然としていた山崎が門野社長の声で我に返る。


「和彦のワガママは今に始まったことじゃない。こいつは言い出したら絶対聞かない奴だ」

「はい・・・」

「世間にももうバレてる。ここは下手に逃げ隠れするより、堂々と発表しよう」

「・・・では、社長は和彦さんの結婚を認めるんですか?」

「認めなくても、こいつは勝手に結婚するだろ」


もちろんそれは和彦の性格に寄るところもあるが、結婚くらいでは人気は揺るがないという自信のなせる技だろう。

そして実際、もし勝手に結婚して門野プロダクションをクビになったとしても、和彦を欲しがっている事務所はたくさんある。


結局、人気のある者が強い世界だ。


「和彦。これは明らかに契約違反だ。給料を減らさせてもらうぞ」

「有料で記者会見開いたりインタビュー取ったりして俺の結婚で儲けるつもりのくせに、更に減給か。ケチだな」

「当然だ。山崎、記者会見の準備をしとけ」

「はい」


寿々菜は少し山崎に同情した。

山崎も男とはいえ寿々菜と同じように和彦に思いを寄せる者だ、今回のことがショックでない訳がない。それなのにマネージャーという立場上、社長には逆らえないし和彦の為になることなら例え自分の意思に反することでもやらなくてはならない。


それに引き換え寿々菜は・・・ただただ落ち込むことができる。


「寿々菜さん・・・元気出してください」


武上にそう言われて頷く寿々菜だが、さすがにいつもの元気は出ない。

なんと言っても結婚だ。ただのお付き合いとは訳が違う。


それにしても、いつの間に結婚を考えるほど真剣に女性と付き合っていたのだろうか。


「和彦、記者会見にはA子も連れて来い」


そう言う門野に和彦が「は?」という顔をする。

さすがの和彦も一般人の婚約者をカメラの前に出すのは気が引けるらしい・・・のかと思ったら。


「A子って誰だよ?」

「一般人の女は全部A子と決まってる」

「・・・まあなんでもいいけど。分かった連れてくるよ」

「いいのか?」


自分で言っておいて驚く門野。だいたい何事においても門野には楯突く和彦が、こうも簡単に自分の要求を飲むとは思わなかったのだ。しかも一般人の婚約者をテレビに出しても良いと言っているのだから、これはもう天変地異と言っていいだろう。



やっぱり本気なんだ、和彦さん。

だから自分の奥さんになる人をテレビに出しても平気なんだ。



「和彦さん・・・」

「・・・なんだよ寿々菜。泣くなよ」


和彦も寿々菜が自分に好意を寄せているのは百も二百も承知。さすがに少し申し訳なさそうな表情になる。

一方寿々菜は、涙ぐみながらも健気に笑顔を作った。


「私は和彦さんの幸せを願っています」

「寿々菜・・・」

「栄子さんとお幸せに!」


寿々菜は涙を拭き拭きクルリと反転し、和彦に背を向けた。


「は?栄子?A子の間違い、」

「お幸せに!」


スカートの裾を翻し事務所から走り出していく寿々菜を「だから栄子じゃないって!」という和彦の声が追いかけてきたのだった・・・。





「寿々菜さん・・・あの、大丈夫ですか?」

「・・・」


事務所の近くの公園のベンチで、まだ黄昏時でもないのに1人黄昏ている寿々菜に、武上は話しかけた。だがダメージは相当なものらしく、寿々菜は無言のままだ。


「あ、これ、食べませんか?さっき公園の入り口で買ったんですけど」


武上が差し出したのはホクホクと美味しそうな焼き芋だった。

寿々菜はチラリとそれを見て「今は食欲なんて・・・」と言いながらしっかり焼き芋を受け取り、頬張った。


「ありがとうございます」

「いえ」


取り敢えず、食べ物が喉を通らない、というような状態ではないことが分かって武上はホッとし、寿々菜の隣に腰を下ろした。(そもそも寿々菜の喉を食べ物が通らないなんてことがあるとは思えないが)


「和彦さん、本当に結婚するんですね」

「・・・そうですね」

「栄子さん、どんな人なんでしょうか・・・」


ここで「いえ、A子です」と訂正できないのが武上。ちゃんと寿々菜に合わせてやる。


「和彦から聞きましたが、栄子さんは年上の女性だそうですよ」

「年上・・・」


和彦より5つも6つも年下の寿々菜にはとても勝ち目はないようだ。


「明日の夕方、早速記者会見をするそうです。寿々菜さんも行きますか?土曜ですし」

「寿々菜さんも、って・・・武上さん、行くんですか?」

「はい。さっき門野さんに『記者会見の間、和彦のボディガードをやってほしい』と頼まれたので。ちょうど非番ですし、行くつもりです」


正確には門野は「嫉妬深いファンが記者会見場に紛れ込んで、和彦やA子に危害を加えないとも限らないから和彦とA子のボディーガードをやってほしい」と言ったのだが、寿々菜もファンという部類に入る以上、寿々菜にそのまま門野の言葉は伝えられない。

もっとも武上にしてみれば、和彦が誰かに危害を加えられても一向に気にならないが、やはり刑事として一般人女性・A子は守らなくてはと思う。



それに・・・まあ、めでたい事だからな。

今回くらいは和彦に協力してやってもいいだろう。



落ち込んでいる寿々菜には申し訳ないが、武上はそう思った。






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