第2話 失意の寿々菜
白木寿々菜、16歳。
身長160センチ、体重●●キロ。
クリンとしたボブと少し目尻の下がった瞳が、その愛嬌の良さとお人好しさ・・・もとい、人柄の良さを表している。
しかし常にお気楽ご気楽・・・再びもとい、前向きな寿々菜と言えども、今回ばかりはショックが大き過ぎた。
学校で友達から見せられた週刊誌の中の、和彦の結婚報道。
KAZUファンが高じて芸能界入りした寿々菜にとっては、これから自分が進むべき道が突然断たれた様な気分である。
もちろん、純粋な失恋という痛手もそれに加わる。
和彦さん、結婚するだなんて一言も言ってなかったのに・・・
寿々菜が重い重い足取りで学校の門をくぐると、そこに見慣れた人影が立っていた。
武上である。
勤務中なのか、武上の後ろに止まっている車は寿々菜も何度か乗ったことのある覆面パトカーだ。助手席に見える人影は武上の先輩兼パートナーの三山刑事に違いない。
もちろん刑事が勤務中に油を売るなど言語道断なのだが、そこは優しい三山、武上の「恋」を影ながら応援してくれている。
「寿々菜さん!」
「武上さん・・・どうしたんですか?」
いつもの笑顔も作れず、寿々菜は無表情のまま武上に歩み寄った。
「お仕事ですか?」
「いえ。ちょっと寿々菜さんのことが心配で。・・・大丈夫ですか?」
どう見ても大丈夫そうではないが、そう訊ねるしかない。
武上は、覚悟はしていたが、ショックを受けている寿々菜にショックを受けた。
「武上さんも知ってるんですか?和彦さんの結婚のこと」
「昼間にテレビで見ました。雑誌でも」
「そうですか・・・私も雑誌で見ました。顔は映されてなかったけど、綺麗な感じの人ですね」
「寿々菜さん・・・」
いつになく僻みっぽい寿々菜に、武上は更にショックを受けた。
あの天使のように純粋な寿々菜さんにここまで思い詰めさせるなんて・・・
和彦、お前酷い奴だな。
武上とて人間だ、強力なライバルがいなくなったことが嬉しくないでもない。和彦が自分を慕っている寿々菜に手を出さなかったことからも分かるように、和彦は和彦なりに寿々菜を大切にしていた。いつかそれが恋心に変わる日がくるのではないかと、ヒヤヒヤしたこともある。
しかし武上が望んでいたのはこんな勝利ではない。同じ条件の元で寿々菜が和彦ではなく武上を選んでこそ、本当の勝利だ。
これじゃ、勝ち逃げと同じじゃないか。
武上は心の中でひとしきり和彦に文句を言ってみたものの、もちろん本人に聞こえるはずもなく。
やはり(?)文句は面と向かって言わなくてはならない。
だがその前に、今目の前で沈みかけている沈黙の艦隊の救出が先である。
「す、寿々菜さん!その・・・あの、和彦はなんて言ってるんですか?」
寿々菜は力なく首を左右に振った。どうやらまだ和彦とは直接話していないらしい。
好きな女が失恋して落ち込んでいる。これ以上ないチャンスだ。しかし、その心の隙につけいるには、武上は少々優しすぎた。
「じゃあまだ、あの報道が本当かどうか分からないじゃないですか!もしかしたら、とんでもない勘違いかもしれませんし!」
「はい・・・」
「あ、事務所はどうです?門野社長や山崎さんはどう言ってます?」
寿々菜はまた首を横に振った。だが今度は先ほどとは意味が違うようだ。
「2人とも全く何も知らないみたいです。社長はカンカンだし、山崎さんはパニックしてました。和彦さんは携帯の電源を切ってて、捕まらないそうです」
やっぱり。
武上は心の中で頷いた。事務所に話しても反対されるのは目に見えている。和彦なら入籍するまで周囲に隠すことくらいは平気でやりそうだ。
つまり・・・和彦は本気で結婚するつもりってことか。
寿々菜には申し訳ないが、武上はそう結論付けた。しかしやはり寿々菜に正直にそうとは伝えられない武上である。
「寿々菜さん!本人に聞くまでまだ分かりませんよ!とにかく一度、事務所に行きましょう」
「え?一緒に行ってくれるんですか?」
「・・・」
武上は詰まった。「事務所に行きましょう」は「一緒に行きましょう」という意味で言ったのではない。武上は勤務中である。
だが、単なる疑問形ではなく期待の篭った寿々菜の口調に武上が逆らえるはずもなく。
というか、積極的に受け入れたいくらいだ。
武上は拝むような目で後ろに止まっている覆面パトカーを見た。
助手席で三山がため息をついたのは言うまでもない。
寿々菜と「特別離業中」の武上が、和彦と寿々菜の所属する門野プロダクションに着いたのはそれから小一時間後のことだった、が、そこはまさに戦場。寿々菜はその光景に目を丸くした。
「すごい・・・」
「みんな暇だな」
「みんな」も仕事をサボっている武上に言われたくないだろうが、武上がそう言うのも無理はない。門野プロダクションが入っているビルの前には報道陣と悲壮な面持ちの女性ファン達が、大挙して押し寄せてきていたのだ。ザッと見積もってもその数は有に200を越えるだろう。
ちなみに、その群集の真後ろにいる「スゥ」こと寿々菜に誰も気付かないのは、みんなKAZUの結婚報道に夢中だからではなく、スゥの知名度の問題である。
「どうしよう・・・入れそうにありませんね」
寿々菜ががっかりしたように肩を落とす。
「いや、寿々菜さんは事務所の人間だから・・・・ちょっと、すみません!」
武上は寿々菜の前に立ち、肩で群集を掻き分けて行った。事件現場だと思えば大したことはない・・・こともない。
くそっ!たかが芸能人の結婚で、よくみんなここまで熱くなれるな!
武上と寿々菜はもみくちゃにされながら1番前の列に辿り着き、プロダクションの警備員に「誰だっけ?」と首を傾げられるというオマケつきでなんとかビルの中に入ることができた。
「はあ!バーゲンみたいですね!」
「そ、そうですね」
武上はさすがに疲労困憊の態である。しかしここで立ち止まっている場合ではない。
2人はそれぞれ自分の中で気合を入れ直すと、エレベーターに向かって歩き出した。
と。
「スゥ!」
2人が振り向くとそこには、知らない人が見たら門野プロ所属の芸能人だと勘違いしてもおかしくない眼鏡にスーツのなかなかパリッとした男が立っていた。和彦のマネージャー、山崎だ。
「何しに来たんだ?仕事なんかないだろう」
「・・・」
和彦に密かに(?)想いを寄せる者同士犬猿の仲の2人、だが今は色んな意味で被害者同士でもある。
寿々菜は勝手に一時休戦を決めた。
「山崎さん!こんなところで何やってるんですか!?和彦さんは!?」
「昨日の夜に今日発売の雑誌の情報が流れてからずっと対応に追われてたんだ。ちょっと小休止だ」
山崎は右手に持ったコンビニの袋を軽く持ち上げた。久々の食事なのだろう、敏腕マネージャーの山崎の顔にもさすがに疲れの色が見える。
「和彦さんはまだ捕まらない。どこかに隠れてるんだろうな」
「そうですか・・・あの、社長は?」
「相変わらずカンカンだ」
「「・・・」」
寿々菜と武上は視線を合わせた。
「全く、和彦さんは!勝手に結婚だなんて何を考えているんだか・・・」
山崎は一瞬ガッカリしたような表情になったが、すぐにマネージャーの顔に戻り、決然としてエレベーターに乗り込んだ。
寿々菜と武上も慌ててその後を追う。
「てことは、やっぱり和彦さんは本当に結婚するんですか?」
「ああ。和彦さん本人とは話せてないが、和彦さんが撮られたホテルに確認を取った。間違いなく和彦さんと女性が自分達の結婚式の予約をしていったそうだ」
寿々菜はため息をつきながら、最後の可能性に賭けた。
「和彦さんのそっくりさん、ってことは・・・」
「そんな人間がいるなら、スカウトしたいね」
山崎がそう言ってエレベーターを下り、事務所の扉を開いた、その時。
「よう、山崎、遅いじゃねーか」
聞きなれた声に3人は固まった。
捜し求めていた人物が事務所の中の机に腰をかけ、ニヤニヤ笑っていたのである。