第16話 ベッドメイキング
フィッティングルームの血が犬の物だとどうして知っているのかと聞かれ、沈黙する宗太郎。その沈黙を和彦が「素」で破る。
「当ててやろうか。あんたは見たんだ、フィッティングルームで犬が死んでるのをな」
「・・・」
「犬を殺してフィッティングルームに持ち込んだのは、やっぱり小次郎だ」
犬好きの山崎が大きく顔をしかめる。
「ホテルの裏口から犬の死体を持ち込んだ小次郎は、小杉がいなくなった隙にフィッティングルームに入って血を撒き散らし、犬の死体を置いて逃げた。動機はあんたへのイヤガラセかなんかだろ。でもあんたは小次郎がフィッティングルームから出て来るのを見つけて不審に思い、フィッティングルームに入った。そしてそこであの惨状と犬の死体を見つけたんだ」
「ちょっと待て」
武上が和彦を止める。
「栄子さんは?その時フィッティングルームには栄子さんがいたはずだろ」
「その話は後だ。とにかくあんたは、なんとかしないといけないと思い、取り敢えず犬の死体を運び出した。だけどその間に小杉が戻ってきて大騒ぎになってしまい、あんたは仕方なくフィッティングルームには戻らずに部下が報告に来るのを待ち、事件を初めて知ったような顔でフィッティングルームに駆けつけた。その時のあんたを見て寿々菜が『怒ってた』と言ってたけど、そりゃ弟があんな騒ぎを起こしたら怒りたくもなるよな」
宗太郎はしばらく微動だにしなかったが、やがて肩から力を抜いて頭を下げた。
「おっしゃる通りです。黙っていて申し訳ありませんでした。総支配人である私の弟があんなことをしたと世間に知れると、お客様の足が遠のきます。なんとか秘密裏に処理をしたくて、警察にもお話しませんでした」
「犬の死体は?」
「山に埋めました」
「1人で?」
「はい」
「小次郎はそのことを知ってたのか?」
「はい。あの夜、小次郎の家を訪ねて話しました。・・・喧嘩になりましたけどね」
それを聞いて寿々菜がポンと手を打った。
「フィッティングルームを見た小次郎さんの様子がおかしかったのは、置いておいたはずの犬の死体がなかったからなんですね!」
和彦が頷く。
「小次郎はあの時まだ兄が犬の死体を処理したと知らなかった。知ったのはその夜だからな。で、喧嘩した挙句、あんたは自殺に見せかけて小次郎を殺したって訳か?」
「・・・」
宗太郎は黙った。しかしそれは和彦の言い分を認めているのとは少し違うようだ。
和彦は宗太郎がどう出るか待つことにした。
「・・・そうです」
長い沈黙の後、宗太郎ははっきりとそう言った。
武上の雰囲気が変わる。
「本当ですか?」
武上は少し厳しい口調で訊ねた。
「はい」
「どうやって?」
「難しいことはしていません。小次郎に酒を飲ませ、あの部屋に連れ込んだ。風呂に入るよう勧めて、風呂の中で眠ったところを狙って左手首を切ったんです」
「何故あの部屋で?」
「自殺に見せかけましたが万一他殺とばれた場合、現場が小次郎の自宅だと容疑者にすぐに私があがると思ったので、このホテルを選びました。あの部屋にしたのは、警察に部屋を封鎖された場合の損害を考えてのことです」
「手袋は?」
「私の指紋ならこのホテルのどこから出てもおかしくはありませんが、一応しました。小次郎の左手首は、眠っている小次郎の右手にカミソリを持たせて切ったので、カミソリからは小次郎の指紋しか出ていないはずです」
武上はみんなに分かるように大きく頷いた。宗太郎の言っていることに間違いはない。確かにカミソリからは小次郎の指紋しかでなかった。
小杉が両手を口に当て、目を潤ませる。
「宗太郎さん・・・」
「すまないね、こんなことになって。どうしても小次郎を許せなかったんだ」
「・・・」
宗太郎は慰めるように小杉にそう言うと、武上に向き直った。
「さあ、どうしたらよろしいでしょう?武上さんと一緒に警察に行けばいいですか?これは自首というのでしょうか?」
「そうですね・・・。でもその前にもう1つ教えてください。栄子さんは・・・和彦の婚約者の女性はどこにいるんですか?」
すると宗太郎は、今度は首を横に振った。
「実は私もそれは分からないんです。私がフィッティングルームに入った時には、誰もいませんでした。小次郎にも聞きましが、知らないと言っていました」
「小次郎さんが嘘をついていたということはありませんか?」
「あるかもしれませんが、どちらにしろ小次郎から居場所を聞き出すことはできませんでした」
「・・・」
宗太郎こそ嘘をついているのかもしれない。だが武上は直感ではあるがそうとは思えなかった。宗太郎は栄子のことを本当に知らない。そしておそらく・・・小次郎も知らなかったのではないだろうか。
「武上。だからそのことはちょっと待て。まだ大事なことがある」
「大事なこと?もう事件は栄子さんのこと以外全部解決しただろ」
「してない」
和彦はそう言ってベッドから立ち上がると、何を思ったのか突然ベッドのシーツを剥がし、掛け布団もろとも床に落とした。
「Tホテルマンのお手並み拝見といくか。まずはお前だ。ベッドメイキングしてみろ」
和彦に指を差されて驚いたのはベルボーイだ。
「え、お、俺・・・私、ですか?」
「そうだ」
「はあ・・・専門ではありませんが」
ベルボーイは訳が分からないといった感じで、それでもなんとかベッドメイキングをして見せた。本人の言う通りたどたどしくはあったが、まあそれなりの出来である。
しかし和彦は、それをまたすぐに壊した。
「じゃあ次は総支配人様にお手本を見せてもらおう」
「・・・?はい」
宗太郎も普段はベッドメイキングなどしないだろうが、さすが総支配人だけあってその手つきは鮮やかなもので、先ほどのベルボーイとは比べ物にならない速さで完璧なベッドを作った。
それを見て和彦が満足そうに頷く。
「出来上がりに差はあるが、2人ともちゃんとベッドメイキングできてるな」
「はあ・・・恐れ入ります」
2人とも和彦の意図しているところが分からず、曖昧に応える。
寿々菜達も互いの顔を見ながら首を傾げた。
「じゃあ最後だ」
和彦が再びシーツを剥がし、小杉を見た。しかし小杉は無言のまま動かない。
「・・・」
「岩城様。小杉はホテルの従業員ですが、ブライダル専門で客室係ではありません」
宗太郎が小杉をかばう。
「ベッドメイキングできないってことか?」
「はい」
「知識もない?」
「はい。個人的に勉強していれば別ですが」
宗太郎は伺うように小杉を見たが、小杉は何も言わない。
「どうなんだ、小杉?できないんだろう?」
「・・・はい。申し訳ありません」
宗太郎が苦笑いする。
「仕方のないことだ。謝ることじゃない」
「いえ、そうではなく・・・」
小杉は真っ青になって宗太郎を見てから、視線を和彦に移した。
和彦が無表情に言う。
「倉屋さん、小杉が謝ってるのはベッドメイキングできないことに対してじゃない。2人のベッドメイキングを見て自分のミスに気付いたからだ」
「ミス?」
宗太郎が戸惑う。
「そうだ。せっかくあんたが小次郎を殺したのは自分だと言ってかばってくれたのに、それが嘘だということがバレてしまった。だから謝ってるんだ」
和彦は小杉に「なあ?」と訊ねた。