第14話 現場検証
「部屋に倉屋小次郎以外の人間がいた形跡はなし。部屋の状態から、小次郎は1人で部屋に入り、真っ直ぐ風呂へ向って湯船に湯を張り、その中で手首を切って自殺したと思われる。カミソリが湯船の淵で見つかっている」
武上は報告書をかいつまんで読み上げた。
「ちなみに遺体からは多量のアルコールが検出された」
「酒飲んで風呂入って手首切って自殺?一番楽そうな死に方だな」
和彦が鼻で笑う。
「まあ、酔って痛みは感じなかったかもしれないな」
「遺書は?」
「見つかってない。計画的な自殺じゃないくて、ふと『死のう』と思い立っての自殺なら不思議はない。状況からしてそんな感じだしな」
「ふーん」
和彦は丸めた台本でポンポンと自分の手の中を叩きながら、青空の下を走り回っている子供達を眺めた。と言っても、のどかな休日という訳ではない。和彦は今、ドラマの撮影の為に公園に来ていて、子供達もみんな役者である。
婚約者が行方不明でも、殺人が起きても、仕事はやってくるのだ。
ちなみに寿々菜は・・・もちろん仕事はなく、今日もいつも通り学校へ行っている。
「今度のドラマはなんなんだ?どうしてあんなにたくさん子供がいる?」
「保育士のドラマ」
「・・・誰が?」
「俺が」
「・・・」
世の中には迷宮入りした殺人事件より不思議な出来事があるものだ。
武上は「絶対ミスキャストだ」と思いながらも、もはやそこに触れるのも面倒で、和彦に別のことを訊ねた。
「で、話ってなんだ?仕事中の刑事を呼び出してるんだから、それなりの話なんだろうな」
「もちろん、あのホテルでの件だ。小次郎の自殺は置いといて、警察は誰が犬殺しの犯人だと思ってる?」
「それは・・・」
武上が口ごもる。犯人の目星がついていないのではなく、警察内の情報をペラペラと和彦に話してよいものか悩んでいるのだ。それに他にももう1つ、和彦に話しづらい理由がある。
「当ててやろうか。警察は犬殺しは小次郎の仕業で、小次郎はそれを気に病んで自殺した、と思ってるんだろ」
「・・・」
「ついでに、犬殺しの犯人の小次郎が死んだとなると、行方不明の俺の婚約者へ繋がる手がかりもなくなった、だから困ってる」
「・・・」
「しかも犯人が自殺してるくらいだから、小次郎はただ犬を殺しただけじゃなく、俺の婚約者も殺したと思われる。そんなところか」
その通りだ。敢えて頷かなくても分かるだろうと思い、武上は黙ったままでいた。状況と経験から考えて、こういう場合行方不明者が生きている可能性は低い。
「やっぱ警察はバカだなー」
和彦がせせら笑う。
「なんだ。違うっていうのか」
「違う」
憮然とする武上に対し、和彦はそう言い切った。
「それじゃ解決できない疑問が多すぎるだろ。まず犬殺しの犯人は、何故一度ホテルに持ち込んだ犬の死体をわざわざまた運びだしたのか。あの事件の時に寿々菜が宗太郎と小次郎に感じた違和感はなんだったのか。小次郎はなぜあんなちゃっちい部屋のユニットバスで自殺したのか」
「・・・」
そこは武上もひっかかっている。加えて言うなら、犬殺しの犯人が小次郎だとすれば、動機はホテルと兄へのイヤガラセだと思われるが、それだとどうして栄子を連れ去ったのかが分からない。
だが、武上はひっかかっていても、警察はそんな些細な疑問は気に留めないのだ。警察にとっては、寿々菜の違和感など調べるに値しないし、犬殺しの犯人が犬の死体を持ち帰ったのも「そうしたかったからそうしたのだろう」という理由で片付けられる。栄子を連れ去ったのも「栄子が綺麗だったから思わず」と考えることができるし、自殺の仕方をどうやって選んだかなど死んだ本人しか分からない。小さなユニットバスに湯を張ってその中で自殺することもあるだろう。
とにかく警察にとって重要なのは、犬殺し・栄子誘拐の犯人らしき倉屋小次郎が自殺した、という事実と、栄子がいまだ見つかっておらず殺されている可能性が高い、ということだけだ。
武上1人では警察全体の考えは変えられない。
「これだから日本の警察は。もっと細かい謎を1つ1つ丁寧に解決してみろってんだ」
「そんなことしてたらいくら時間があっても足りない。殺人事件は毎日のように起きてるんだ」
「ほー。じゃあ今回の件はどうでもいい、と」
「そういう訳じゃない・・・今、全力で栄子さんを捜してる」
「前もそんなこと言ってただろ」
「・・・」
いつも以上に手厳しい和彦に武上も反論できない。
「まあいい。警察が動けないんなら、俺が勝手に動くまでだ」
「おい、勝手なことをするな」
しかし武上の制止を聞く和彦ではない。武上を当たり前のように無視して、少し離れたところで待機している山崎を呼んだ。
「どうしました、和彦さん」
「今日は何時に終わる?」
「20時までドラマの撮影で、その後雑誌のインタビューです」
「雑誌は明日に回してくれ。撮影が終わったらTホテルに行く」
「分かりました。お供します」
分かってしまうのか。だが雑誌側もまさかKAZUを「じゃあもういい」と切ることはありえない。それが分かっているから和彦も山崎も強く出れるのだ。
「・・・これだから芸能界は嫌いだ」
武上が呟く。
「何言ってる。強い者の意見は間違ってても通るってのは警察も一緒だろ。ん?」
「・・・・・・」
「武上も来たかったら来てもいいぞ。強い者の意見は無視して」
「・・・・・・」
「寿々菜も呼んでやらないと拗ねるな。山崎、呼んどいてくれ」
「はい」
こうしていつものメンバーは午後8時過ぎ、Tホテルに集合することになったのだった。
「岩城様!」
ホテルのロビーを歩いていると、ブライダルサロンから小杉が飛び出してきた。サロンには結婚式相談に来たらしきカップルが見えたが、小杉はそのカップルをさて置き、和彦のところへやってきたらしい。
「こんばんは」
「こんばんは・・・あの、新婦様は・・・」
「まだ見つかってません」
「・・・そうですか」
小杉は肩を落とした。栄子がさらわれたことにまだ責任を感じているようだ。
「あの・・・こんな時に申し訳ありません、お式のことですが・・・」
当然キャンセルだろう。なんと言っても新婦がいなくなってしまったのだから。
ところが。
「予定通り挙式する段取りでお願いします」
「え?」
和彦の言葉に驚いたのは小杉だけではない。和彦と一緒にいる寿々菜・武上・山崎も目を見開いた。
「でも・・・よろしいんですか?」
「はい。このまま式を挙げるつもりにしておいた方が、無事に見つかる気がするんです」
「・・・そうですか・・・」
小杉が涙ぐむ。ついでに何故か寿々菜まで涙ぐむ。
和彦さん、本当に栄子さんのことが好きなんだ・・・。
しかしもうそこに嫉妬はない。寿々菜も心の底から栄子が無事に見つかって欲しいと思った。
「かしこまりました。では予定通り挙式する方向で進めます」
「はい、お願いします。ところで、」
和彦は小杉にKAZUスマイルを向けてこう言った。
「あのフィッティングルーム、見せてもらえませんか?」




