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第13話 人となり

やはり間違いなく小次郎は死んでいた。死因は手首の傷。部屋に他の人間がいた形跡もないので、自殺だと考えるのが妥当だ。


だが、鑑識が作業をしている間廊下に追いやられている面々は皆、そうとは思っていなかった。


「あいつは自殺なんかするタマじゃないだろ」


和彦のその言葉こそが、全員の気持ちを代弁している。小次郎を直接知らない山崎でさえ、小次郎の人となりを聞いたところから想像するに、自殺ではないと思っていた。


「女だな」

「だろうな」

「でしょうね」


和彦、武上、山崎の声が重なる。しかし宗太郎の意見は少し違うようだ。


「おっしゃる通り、小次郎はタダだからと言ってこのホテルに女を連れ込むことはよくありました。でも、そういう時は女に見栄を張るためにもっといい部屋を使います」


宗太郎は少し青ざめながらも、部屋の中をしっかり見つめながらそう言った。このシングルの部屋は確かに、見栄を張るには安っぽすぎる。和彦も、小次郎の性格を考えるとここに女を連れ込んだりはしないような気がした。


「では、自殺だと?」


武上が訊ねる。


「それは分かりません。小次郎の性格上、自殺はなさそうな気はしますが・・・。でも、この状況で女はないと思いますから、やはり自殺なのかもしれません」

「なるほど、分かりました。貴重なご意見、ありがとうございます」


武上はメモを取り、部屋を再度確認すべく中へ入って行った。


一方寿々菜はまた違和感を感じていた。以前感じた小次郎への違和感が解決しないまま小次郎は死んでしまったというのに。



そうだ。宗太郎さんにも違和感を感じたんだった。

フィッティングルームが血だらけだった日、なんだか怒ってるみたいだったんだっけ。



寿々菜は気付かれないように宗太郎を見た。今日は怒っている様子はない。ただその代わりに随分と神経質になっているようだ。自分のホテル内で人が死んだのだから当然と言えば当然なのかもしれないが・・・。



分かった。この人、今日は全然悲しんでないからだ。

弟が死んだのに全然悲しんでないから、違和感を感じるんだ。



世の中には色んな兄弟がいるので、弟が死んでも兄が悲しまないということもあるだろう。だが自分にも姉妹がいる寿々菜は、どうしても「兄弟が死んだのに悲しまない」ということに違和感を覚えてしまう。



・・・ううん、それだけじゃない。なんだか弟の死よりも、何か他のことを気にしてるみたいに見える。

まるで・・・犯行の発覚を怖れている犯人みたいに。



「和彦さん」

「・・・ん?」


寿々菜は和彦の気の抜けた返事に少し驚き、和彦を見た。


「どうしたんですか?」

「別に。寿々菜こそ、何だよ?」

「・・・」


寿々菜は今度は山崎を見た。山崎が寿々菜に、黙って首を振って見せる。

栄子発見の手がかりになるかもしれない小次郎が死んでしまったのだ、和彦も落ち込んでいるのだろう。


「いえ、なんでもありません」

「何だよ、気になるだろ。違和感か?」

「えっと・・・」

「もしかして風呂のことか?」

「え?」


思わぬことを言われて、寿々菜の方が驚く。風呂になど、何の違和感も覚えなかった。


「それは僕も思いました」


山崎が引き継ぐ。


「スゥは宿泊しないといけないような仕事がないから、こんな部屋に泊まったことがない」

「だ、だからなんなんですか!」

「だから違和感を覚えないんだ。和彦さんや僕、それに武上さんも・・・普通の大人なら、こういう部屋に泊まったことがある」

「こういう部屋ってなんですか?」


寿々菜が口を尖らせて山崎に言う。寿々菜だって、仕事で宿泊はなくても、家族旅行や修学旅行でホテルに泊まることはある!(威張れない)


「そういう場合は、大浴場のあるホテルばかりだろう?都内のこういうホテルは大浴場がないからユニットバスが一般的だ。普通、ユニットバスにはお湯を張ったりしない。シャワーだけだ」

「じゃあ、どうして小次郎さんはお湯を張ってたんですか?」

「だから、そこが変なんだ。ねえ、和彦さん?」

「ああ」


和彦が頷く。

実はもう1つ、和彦にはこの部屋の中で「変だな」と思うところがあるのだが、余り自信がない。もしかしたら自分の勘違いという可能性もあるので、それは言わないことにした。


「考えられるのは、他殺の場合なら犯人が薬で小次郎を眠らせて湯を張った湯船に入れたってことだな」

「どうしてそんなことするんですか?」

「その方が、切った手首から血が流れやすくなって早く死ぬ」

「・・・」


これまた気持ち悪い話である。


「でもそれだったら、シャワーを手首に当てるだけでも同じ効果があるから、わざわざ裸にして湯船に入れた理由がよく分からない」

「じゃあ・・・」

「後、ユニットバスの湯船なんかに湯を張った理由として考えられるのは・・・他殺にしろ自殺にしろ、小次郎が寿々菜みたいに、こーゆー風呂には湯は張らないって常識を知らずに自分で湯を張った、だな。ま、さすがに大の大人がそんなことはないだろうけど」

「有り得ます」


そう言ったのは、宗太郎だ。


「有り得る?」

「はい。うちは昔からそれなりに裕福な家庭で、外泊する時は必ず部屋に独立した大きな風呂が付いている部屋でした。小次郎がこのホテルで女と使う部屋もセミスイート以上ばかりでしたから、トイレとは別に風呂があります。小次郎はこんなユニットバスなんて使ったことがないと思います」

「使ったことはなくても、常識として知ってるだろ、普通。それにホテルで働いてるんだし」

「あまり『普通』の人間ではありませんでしたから。それにホテルで働いていると言っても仕事らしい仕事はしたことがありません。仕事で客室に入ることなどなかったはずです」



それはそれで凄いな。



和彦は妙に感心してしまった。普通に考えればそんな人間いなさそうだが、確かに小次郎なら「有り得る」。


「じゃあ、あんたは本当に、小次郎が生まれて初めて見るユニットバスの使い方が分からず、自分で湯船に湯を張って入った、っていうのか?」


和彦も段々「素」が出てきた。


「おそらくは」

「んで、その次は?小次郎はどうやって死んだと思う?」

「さあ・・・しかし先ほども申し上げました通り、女をここに連れ込んだとは考えにくいですし、女以外の誰かが一緒だとそれば、それは客人ということになります。来客中に風呂に入るというのも考えられません」

「あいつならありそうだけどな」

「はあ、まあ」


そんなことありません、と兄もかばってやれないのが辛いところだ。


「しかし普通に考えれば、小次郎は1人でこの部屋にいて、湯の張った風呂に入りその中で自殺した、ということになると思います」

「そうだな。でも、それこそ最期をこんな部屋で迎えるか?どうせ死ぬならユニットバスなんかじゃなくて、それこそスイートのデカイ風呂で自殺すればいいじゃねーか」

「そこまではなんとも。もしかしたら小次郎は、自分の死後こうやって警察が来て部屋を封鎖されるだろうということまで考えて、スイートより普通の部屋の方がホテルの損害が小さくて済む、と思ったのかもしれません」

「それこそ、有り得なさそうだけどな。迷惑かけたくないなら、ホテル以外の場所で死ねよって感じだし」

「はあ、まあ」


人望がない人間というのは死してもなお人望を得ることはない、ということがよく分かる会話であった・・・。





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