第12話 殺人事件?
「Tホテルの部屋なら全室調べましたよ」
武上の言葉に、寿々菜はがっかりした。そんな寿々菜を見て武上も、「嘘でもいいから『なるほど!そうですね!』と言えばよかった」と後悔した。
はあ・・・これだからダメなんだよな、俺は。
まあそういう訳でもないだろうが、寿々菜が武上を「頼りになるお兄ちゃんみたいな刑事さん」としか見ていないのは事実だ。その原因はもちろん、
「客室以外は?リネン室とか従業員の休憩室とか」
とラーメンをすすりながら訊ねた和彦だ。
和彦の昼休みに合わせてここ「来来軒」でランチミーティング・・・と言えばなんだかとってもかっこいいが、要は昼ご飯を兼ねて事件の進捗状況を武上から聞きだすべく集合したのである。
しかしあまりその意味もないようだ。
「そこも調べた。今、周辺のホテルも調べてる。空き家とかもな」
「犬の方はどうです?」
犬好きの山崎も黙ってはいられないらしく武上に訊ねたが、武上は首を横に振った。
「犬もまだ見つかっていません。人間を探すより犬を探す方が大変ですよ。下手をしたら生ゴミで捨てられている可能性もあります。まあ、人間でもバラバラにすれば・・・あ、いや、山崎さん、例えばの話ですよ、例えば」
山崎に睨まれ、武上は語尾を濁しつつ餃子を口に入れた。
しかし。
「そうなんですね・・・なんだ、やっぱり武上さん達は、犯人がホテル関係者かもしれないって気づいてたんだ・・・」
しょんぼりとした寿々菜の言葉に、武上は再び顔を上げた。
「いえ、そういう風に思っている訳じゃありません。犯人がTホテルに宿泊して犯行の機会を伺っていた可能性があるので、調べただけです。無駄足でしたけどね」
と、肩をすくめる。
「警察は今、和彦のファンの犯行という線で動いてますが、ホテル関係者が怪しいとは思ってません。ホテル関係者についても一応調べていますが、熱狂的なKAZUファンはいなさそうですし」
「わかんねーぞ。俺のファンはどこにでもいるからな。実は小杉が俺の隠れファンなんてオチも・・・」
「黙ってろ、和彦。でも寿々菜さんの言う通り、もう少しホテル関係者を調べたほうがいいかもしれませんね」
「え?」
「犯人がホテル関係者だとしたら、犯行の目的は和彦の結婚へのイヤガラセじゃないかもしれません。例えばホテルに恨みを持っている従業員とか。最近不当に解雇された従業員や、経営陣と折り合いの悪い従業員、同僚と上手くいっていない従業員なんかがいないか、調べてみます」
「経営陣と折り合いの悪い従業員・・・」
和彦は何かを思い出したように、右手で箸を弄びながら呟いた。
それを聞き逃す武上ではない。
「なんだ、和彦。心当たりでもあるのか?」
「いや。でも、経営陣と折り合いの悪い経営陣なら知ってるぞ」
「は?」
「いっちょ当たってみるか」
刑事ドラマならここで颯爽と席を立つのだろうが、来来軒のラーメンを目の前にそんなことをする和彦ではない。汁まで残さず平らげた後、デザートまできっちり腹に収めてから立ち上がったのだった。
しかし、もしこの時和彦たちがすぐに来来軒を出発していれば、事態はまた変わっていたのかもしれない・・・。
「倉屋ですか?」
受付の女性は顔をしかめた。いきなり総支配人を出せと言われれば警戒するのも当然かもしれない。だが和彦たちが尋ねてきたのは、総支配人の倉屋宗太郎の方ではなく・・・
「倉屋小次郎さんの方です」
「あ、なんだ。そっちですか」
受付の女性の緊張が一気に緩む。だがあまり良い緩み方ではなさそうだ。
「分かりません」
「は?」
「小次郎さんはいつもブラブラしているので、今どこにいるのか分かりません。もしかしたら外で遊んでるかも」
「・・・」
困った男である。これでは万一逃亡しても2,3日はいなくなったことにも気付かれないだろう。
「何とか連絡を取れないでしょうか?小次郎さん、携帯はお持ちですよね」
「持ってますけど・・・ちゃんと料金払ってるのかな。止められてないかな」
受付の女性は独り言を言いながらも、手元のメモ帳に小次郎の携帯の番号を書いてくれた。早速武上が自分の携帯でその番号にかけてみる。
「―――ダメだ、出ない」
「電源は入ってるか?」
電源が入っていない栄子の携帯に悩まされている和彦が思わず聞く。
「電源は入ってる。出ないだけだ。気付いてないのかな」
武上がもう一度電話をかけようとしたその時。
「刑事さん!」
倉屋が・・・ただし、兄の宗太郎の方が血相を変えてロビーを走って横切ってきた。いつも冷静で穏やかな宗太郎にしては珍しい。
「ちょうど良かった!」
「どうされたんですか?」
「来て下さい」
「え?ちょ、ちょっと待ってください」
しかし宗太郎は言うことを聞かず、武上の腕を引っ張っていく。寿々菜、和彦、山崎は驚いて一瞬取り残されたが、もちろんすぐに2人の後をついていった。
「どうしたんですか?」
「大変なことに・・・」
「もしかして栄子さんが!?」
思わずそう言った武上に、宗太郎は首を傾げた。
「栄子さん?」
「あ。和彦・・・岩城さんの婚約者の・・・ニックネームです」
そうだ。「栄子」は本名じゃないんだった。
本名は確か・・・
だが武上が栄子の本名を思い出すより先に、宗太郎が言った。
「岩城様のご婚約者様のことではありません。・・・関係はあるのかもしれませんが・・・」
「え?」
宗太郎が武上を連れて行ったのは、ロビーのすぐ上の階の客室だった。その扉の前には、べルボーイが門番よろしく立っているが、顔が真っ青なのでなんとも頼りない。
和彦はそれが、以前このホテルに栄子と泊まった時、部屋に来て栄子を見ていたベルボーイであることに気が付いた。
宗太郎はベルボーイに「このままここにいるように。誰も入れるな」と言って扉を開いた。安い部屋なのか一目で全体が見渡せる程の広さで、そのほとんどをシングルベッドが占めている。部屋は綺麗にセットされていた。
「こちらです。掃除に入った従業員がたまたま見つけました」
宗太郎は入り口のすぐ隣にある扉を開いた。トイレと風呂が一緒になっているユニットバスである。見ると、閉じられた便器の蓋の上に服が置いていある。それは男物で・・・
「きゃっ!」
寿々菜が短い悲鳴を上げて和彦の後ろに隠れた。
「これは・・・」
武上もさすがに言葉を失った。
倉屋小次郎が小さな風呂の中に沈んでいる。
そこに張られた湯は赤く染まっていた。
「・・・死んでますよね?」
宗太郎が恐る恐る武上に訊ねたが、答えるまでもない。
「110番して下さい。このことを知っているのは?」
「私と先ほどのベルボーイと、掃除に入った従業員の3名だけです」
「掃除の方は?」
「気分が悪くなったので、別の部屋で休んでいます」
「そのまま帰らせないで下さい」
「はい。あの・・・刑事さん。ここにはお客様が大勢いらっしゃいます。できるだけお客様のご迷惑にならないよう、お願い致します」
そう言って頭を下げた宗太郎は、被害者の兄ではなくホテルの総支配人の顔だった。