↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

竜の背の国

作者: 篠崎 カンナ
掲載日:2026/09/15

 この世界はかつて天と地が存在した。

 天には数多の竜が空を舞い、地にはたくさんの人間や動物たちが暮らしていた。

 だがそれも数千年の月日が経ち、幕を閉じることとなる。地は人間たちの争いで荒れ果て、天を舞っていた竜たちは、人間たちの私欲に見切りを付けて姿を消した。

 神の使いたる竜の消滅。それは、人間たちにとって『死』を宣告されたのも同然だった。

 すでにこの地では作物もろくに育たず、今日を生きるのに精一杯の毎日。隣人が牙を剥き、家族さえも裏切る地獄のような日々。

 ただ、一匹の竜だけが天を舞い続けた。気まぐれなのか、はたまた地獄だと宣う人間を嘲笑うためなのか。人間たちには分からなかったが、一人の人間が竜にこう告げた。


「君の背中に、町を作って暮らしたい」


 と。

 これも私欲かと、竜は笑った。しかし、人間は諦めなかった。毎日毎日、竜の元へ向かっては説得を続けた。

 その結果、折れた竜は背中に町を作ることを許したのであった。

 これが、我々の祖国たるカルセリウム王国の始まりであり、竜の代弁者たる神子の始まりでもあるのである。


「──さて、これが我々の今住むカルセリウムの創世記な訳ですが……この後、地上がどうなったか分かる人、居ますか〜?」


 丸縁の眼鏡に金糸と見紛うほど美しい髪を短くまとめた女教師がそう問えば、生徒のうちの一人が手を挙げた。


「はい! 地上に人間は残ってはおらず、王国の外へ出て地上に向かえば永遠の闇に呑み込まれてしまう。です!」

「その通り。過去には地上へ向かう人も居たそうですが、帰って来た人は居ないとされています。騎士団でも度々、地上調査をとの声は上がりますが、中々実現しない主な理由ですね〜」


 女教師がそう言い終わるのとほぼ同時に、授業の終了を告げる鐘が鳴った。

 生徒は「ありがとうございました!」と女教師へ頭を下げ、彼女は生徒たちへ手を振りながら教室を後にした。

 すると、扉の向こうには見慣れた顔が居た。

 銀髪に空色の瞳。場所が場所のせいなのか、普段の彼からすれば軽装を身に纏っている。

 女教師は先ほどの授業内容を思い返しながら、


「……失言でした? 騎士団長様」

「いや。全て事実だからな、その程度で腹を立てるつもりもない。──君も好きだな、フォーリー第八師団長」

「……研究室に篭りっぱなしも良くないって、ティアちゃんに言われてるんですよねぇ。彼女の方が書類仕事で缶詰なのに」

「第七師団長が? そうか、ならこちらで手を打った方が良さそうだな……」

「はいはい。そこはティアちゃんとやってください。まぁあのワーカホリックを止めてくれるなら、わたしも大歓迎ですけども。要件は──ここじゃ無くて、中庭に行きましょうか」


 いつも目の下に隈を作って、他師団──主に騎士団長の無茶振りに応え続けている戦友を思い出しながら、中庭へ続く廊下を歩く。

 先ほど授業をしていた教室からはさほど遠くはなく、途中で道を逸れればすぐに中庭へと辿り着いた。

 中庭の中央には噴水が鎮座しており、それを囲むようにしてベンチも設置されていた。ここで昼食を摂る生徒も多く、昼休みの時間になると賑やかな場所へと変化する。もっとも今は授業と授業の間で、生徒たちは忙しなく移動しているからか人影はほとんど無かった。

 ベンチに座るように促しても騎士団長は座る気配はなく、女教師であり騎士団第八師団長でもあるセーナ・フォーリーはため息をつきながらベンチへ腰掛けた。


「それで? ご用件は?」

「君が授業で言っていた、地上の調査。可能になりそうか?」

「うーん…………難しいですねぇ……。技術的にも予算的も、情報的にも。分かりますよ、貴方のしたいことは。"永遠なんてない"そう仰りたいんでしょう?」


 騎士団第八師団は、主に新規魔術の研究や生活に必要な日用品まで、個人で経営している企業と手を取りながら、カルセリウムのインフラを担う師団だ。リソースはほぼそちらへ割かれてしまうため、地上の探索用の研究も並行で行うとなると膨大な作業量が発生する。

 それに、地は永遠の闇で何も無い。それが、このカルセリウムの常識だ。

 だがこの男は常に言うのだ。「永遠はない」と。


「理解が早くて助かる。……しかしそうか、フォーリー第八師団長が言うなら現実的ではないのだろう」

「あら、それで諦める我らが団長様ですか? でも、地に行ってどうするのですか? あそこは闇ですよ?」


 フォーリーの問いに、騎士団長──アルドルト・リーム=フェドチカは、


「たとえ闇であろうと、この世の終わりであろうと。少しでも希望があるのなら、自らの手で掴む。それだけだ」


 カルセリウム王国の騎士団長は元々、建国に関わったとされる六大貴族の中から選出されるのが常だ。しかし、アルドルト・リーム=フェドチカは、貴族の生まれではない。平民だ。

 しかし、己の力のみで騎士団長の称号『リーム』を掴み取った人物だ。あまつさえ一介の研究者に過ぎなかったセーナ・フォーリーを魔術研究の第一人者として据えた人間でもある。

 ……だからこそなのだろう。彼が「出来る」と言ったものは、いつの日か必ず実現するのだろうと思えるのは。


「……あるのですか? 貴方の言う、希望は」

「あるさ。現状よりはマシになるだろう。ならなくとも、"やった"と言う事実は残る。違うか?」

「そうですね、未来に託すことも出来ます。分かりました、わたし個人で地についての研究は続けますが……。アルくんも、ちゃんと、休んでください」


 今日は休暇のはずですよね? とフォーリーが突けば、アルドルトは少し目を泳がせた。


「……やっぱりディーくんをお目つけ役にした方が良いですね、うん。今度、ディーくんにはこちらから言いますので」

「いや、待て、カルカチュア第三師団長をそんなことに遣うのは──」

「上が休まないと部下は安心して休めません」

「そーそー、ちゃんと休んでくんない所為で、オレがこんなトコまで来るハメになったんで、休んでくださーい!」


 急に聞こえた第三者の声に、そちらを向けば騎士団の腕章を付けてはいるものの、フードを目深く被り、表情の見えない長身痩躯の男が現れた。


「あっディーくん! 良いところに……!」

「てかセーは時間平気? 授業は?」

「ああ! 本当だ! お説教はディーくんがしておいてください!! では、わたしはこれで!」


 そう言って小走りで中庭を去って行くフォーリーの背中へ手を振りながら、ディーと呼ばれた青年は、アルドルトを見た。

 相変わらず表情は分からないが、微かに見える口元がつまらなそうに弧を描きているのは見えた。


「……地上ってンな風に言われてるワケ?」

「…………ディーノ、いつから聞いてた?」

「気付いてるクセに……。最初からだよ」

「これがカルセリウムの現実だ。みな、地に住む者は居ないと思っている。私が言っているから、フォーリーは善意で研究を続けているのだろう。その程度だ」

「つか、なんでアルはそこまでして地上に興味あンの? 竜の背中に乗ってる方が楽じゃん」


 しばしの沈黙。

 そして、ゆっくりとアルドルトは口を開いた。


「──永遠はない。いずれ、我らの竜も終わりを迎える。たとえ世界から見放されようと、我々は生きている。故に、第二のカルセリウムを作るためにも、地上は必要だ」

「マージで人の住むとこじゃねーよ、地上。それでも、必要?」

「ああ。この狭い箱庭より、マシだろう」

「オレから言わせりゃ、ここで良いと思うけどね。見たことないから言えるんだよ、アルドルト」


 見えないはずのディーノの瞳が、真っ直ぐとアルドルトを捉えた。

 それに臆することもなく、アルドルトはディーノを見返した。


「セルペシェム──否、地上人のお前からすればそうだろう。だが、お前がこの地に足を運べたのなら、我々は地上に行き、戻れる。たとえ人の住う場所ではなくとも、我々の生み出した技術が地上で使えない……とは言えないだろう?」

「……はぁ……本当に変わってるよ、アンタ。地上でも見たことねーや」

「褒め言葉として、受け取っておこう」


 滅多に笑わないアルドルトの笑顔を見たディーノのは、あからさまに舌を出し「嫌味だよ〜!!」と答えたが、アルドルトの笑みが崩れることは無かった。


「で、私に何か用があって来たのだろう? カルカチュア第三師団長」


 不意に、笑みが消えた。

 完全に仕事モードに入ったアルドルトに内心ため息をつきながら、ディーノはフードを取った。

 左右で色の違う赤と紫の瞳。普段は露出を避けているから分かりにくいが、カルセリウムではあまり見られない。

 竜に作った町に住むことを望まなかった、地上人──セルペシェムの特徴は、左右で虹彩の色が違うこと。

 稀にカルセリウムでも生まれることもあるが、ほとんど見られない現象だ。


「報告。いつも通りだけど、貴族様たちはアンタを騎士団長の座から引きずり落として、カヴェア近衛師団長を騎士団長の座に据えたいらしい」

「それに応じるカヴェアではあるまいに」

「そ、だからカヴェアの旦那からの伝言。『この件は自分が処理をする。君は君の仕事をするように』だとさ」

「承知した。──他は?」


 ディーノは肩を竦めながら、


「神子様も、竜も、ついでに王様もいつもの通り。ったく、オレはアンタの手足じゃないっての」


 第三師団は元々、諜報や斥候など情報収集がメインの師団だ。地上で暮らしていたディーノの感覚や経験は、ここでは盛大に役に立つ。

 ディーノがセルペシェムでありながらも、こうして家名を与えられ騎士団の師団長になれたのも全てはアルドルトに拾われたからなのだが、いかんせん人使いが荒いところがある。

 住む場所も、仕事も貰えはしたが、こればっかりはディーノの思うアルドルトの直して欲しい部分だ。


「そうか、苦労を掛けたな。」

「そー思うなら、仕事減らしてくださ〜い! セーにも怒られてたっしょ?」

「……善処しよう」

「絶対しないヤツじゃん」


 じと目でアルドルトを見るが、アルドルトは特に気にする様子もなく、ディーノにフードを被せた。


「そろそろ生徒が来る。その前に帰るぞ、ディーノ」

「あいあいさー」


 昼休みを告げる鐘の音が鳴り響く。

 どうやら今日も、竜の咆哮は聞こえてこないらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。