増殖する肉塊
「……皆さんは今、誇れる仕事をしているのです。食べるために殺す、その野蛮な行いから人類を解放する為の、崇高な仕事なのです……」
工場長の演説がスピーカーから流れ、今日も仕事が始まる。
スコットは、ようやく重い腰を上げてロッカー室を出て滅菌室を通り、持ち場へと向かった。
スコットがヴィゴッティ食肉工場に勤務してから、もう4年になる。
彼は、この工場での仕事にすっかりやる気を失っていた。
「相変わらずしけた面だな、スコット」
"鼻曲がり"のジミーが下卑た笑みを浮かべながら声を掛けてきた。ジミーはスコットとは付き合いが長く、工場に入る前の農場で働いていた頃からの腐れ縁である。
「目の前で肉塊が湧き出す所を毎日見続けて、陽気でいられるやつがいたらぜひともお目にかかりたいもんだ!」
「ちげえねえやな」
スコットの不機嫌な返答を聞いて、ジミーは白い歯を見せてにやついた。
そう、この工場で陽気でいられる者など、一人として居ないのだ。
この土地を開拓して以来数百年続く、畜産物の増産に次ぐ増産は、この土地の環境に深刻な問題を起こしていた。
家畜飼料の為の穀類の増産は、地下水の枯渇、ひいては砂漠化を進行させた。
そうなれば当然、生産量が減る。そうすると、次に起こるのは食料不足である。
そこで海産物に頼ろうとしたが、今度は魚介類が減少するという状況に陥った。
魚介類を食い荒らしているのは専ら水棲哺乳類である。それらは「知能が高い」という、実に不可解な理由で保護の対象とされ、迂闊に捕獲することができなくなっていた。
人類は、その海の恵みを愚鈍な鯨どもに明け渡し、陸上の資源に頼らざるを得なくなった。
しかし家畜とて有限である。しかも、今度は家畜となった動物でさえ、屠殺することに異を唱える団体が現れた。
彼らは過激な活動によって、家畜を屠殺することに抗議し、畜産の中止を世界各地で訴えた。
しかし、それでは世界規模で食糧不足を引き起こす。
ちょうどその頃、新たな技術によって、食肉の工業的な大量生産が可能になった。
家畜を育てるわけではないので、穀物を必要とせず、倫理的な問題もクリアできる。
その技術とは、牛や鶏から採取した母細胞を科学的に増殖させ、食肉として適した筋細胞と脂肪を任意の配合と形状で生産することを可能にしたものであった。
肉の生産段階で質の調整も可能であるため、実際の肉のように部位ごとに質の異なる肉を作ることも、人間が食べて美味だと感じる肉を生産することも可能である。
原料はアミノ酸やその他有機物及び各種ミネラルであるが、特別なものではなく、本来廃棄されるはずの植物の食用に適さない部分、それこそ油粕でも砂糖黍の絞り粕でも問題ない。
夢の新技術の登場により、食糧問題は一気に解決した。
畜産業の実質的な廃業により、失業した労働者のほとんどは食肉工場に勤務することになった。
スコットとジミーもまた、同時に農場をクビになり、また同時に工場への再就職を果たした。
スコットは、今日も日がな一日、水槽内で肉が生産される様子を監視し続けていた。
アクリル製の、巨大な円柱形の水槽内では、上部ノズルから噴出する暗赤色のゲル状物質が次第に固体化していく様子が見える。
それらが「牛肉」として生産される。
毎日、毎日。
何度も、何度も。
肉。肉。肉。
その醜悪な塊が加工場へと運ばれ、生肉、あるいは加工食品としてパッケージされ、流通システムを通じて全世界の小売店へ、そして食卓へと届く。
世界中の人々が疑うことなく、ここで生産された肉を食う。
その大元がこの水槽の中で生産された醜悪な有機物の塊であることを、ほとんどの人が知らない。
元々アフリカーナーの家に生まれて、地元で長く畜産に携わってきており、国外移住後も畜産に関わる仕事を続けてきたスコットにとって、それは耐え難い現実であった。
なぜ、こんな工業製品を皆有難がって食っているのだ?
肉というものは純然たる農産物であるべきだ。
工場で生産された偽物を肉と呼べるものか。
スコットはここに勤務して以来、「肉」を食うのをやめた。
こうした現実を、加工場にいるジミーは知らない。
いや、肉を「工場」で生産しているということ自体はわかっているはずだが、両者ともそれについて言い出そうとはしなかった。
それは、2人だけにとどまらず、工場で勤務するもの全てにとってのタブーとなっていた。
ある日の昼の休憩時間、工場労働者で行っていた賭けの配当を巡り、胴元である第一次分解室のグループと工場内の一大勢力である加工場グループとの間で小競り合いが起こった。
人数が多く、活動的な黒人が大多数を占める加工場グループに比べ、第一次分解室の面々は、ほぼ全員が目の下にくまを作り、青白い顔をした陰気な集団であった。
両者は一歩も譲らず、とうとう戦争になった。
3日後、日勤終了のサイレンとともに、"鼻曲がり"ジミーを含む数名が分解室とロッカーを結ぶ渡り廊下へ急行、分解室を出てきた4、5名を無差別に殴り飛ばすと、野次馬が集まる前に現場から逃走した。
その日の夜、スコットはジミーに電話をした。
ジミーは悪びれる様子もなく、「青びょうたんが調子付いていたから、ちょいと痛めつけてやったのさ。奴らがこれで懲りないようなら、もっと痛い目にあわせてやるぜ」とうそぶいた。
翌日、終業時間になってもジミーはロッカー室に戻らなかった。
嫌な胸騒ぎを覚え、スコットは渡り廊下を通って分解室へと向かった。
スコットが第一次分解室の約20メートル手前まで来た時、ちょうど麻袋をかぶせられた1人の男が数名の男らによって分解室へと担ぎ込まれていくところだった。
その男らを追い、スコットは恐る恐る第一次分解室へと入った。
――そこはなんとも異様な空間だった。
直径3メートルはあろうかという巨大なミキサー様の機械が、目視できる範囲で5基、うち一番奥の1基のみが稼働中であった。
夜勤の労働者たちは、虚ろな目でミキサー内に何らかの物体を流し込んでいた。
ミキサー上部から滑り台を伝ってミキサー内に流し込まれていく物体は。
油粕。砂糖黍。それから……
あれは、何だ?
毛の生えた塊。一見小動物のような。
いや、あれは。……小動物そのものじゃないか。
実験用のモルモットだ。
続いて、褐色の物体。あれは、一目見てすぐにわかる。
カンガルーだ。
大量のモルモットとカンガルーの死体が滑り台を伝ってミキサー内に次々と落ちていく。
生物由来の廃棄物は、植物性のものに限らない。
動物実験に使用されたモルモット。
増えすぎて駆除されたカンガルー。
これらを肉の原料として再利用できれば、廃棄物処理と原材料確保が出来て、一石二鳥である。
ミキサーの後方から、先ほどの麻袋をかぶせられた男を運ぶ集団が現れ、ミキサー外周に取り付けられた階段を登ってミキサー上部にたどり着いた。
スコットは、これから何が行われるのか、即座に理解した。
あの男も、ミキサーに投げ込まれ、肉の原料にされるのだ。
いよいよ担ぎ上げられようとしたその時、麻袋の中の男は最後の抵抗を見せた。
激しく暴れて麻袋から這い出した男。
その顔は。
黒い肌。白い歯。
そして見間違うはずもない、あの曲がった鼻。
"鼻曲がり"ジミーは周りの男たちに投げ込まれる寸前、直近にいた1人の男に必死にしがみつき、その男諸共ミキサー内へと吸い込まれていった。
周りの男たちは、動揺する様子もなく、そのままミキサーの蓋を閉じた。
その直後、ミキサーは轟音を発し、同時に凄まじい振動を起こして第一次分解室全体が震えた。
スコットは、その時、ある事を思い出していた。
工場内で時々、労働者が失跡する事件。
工場内から労働者が忽然と姿を消す事など、常識的には考えられない。それも一度や二度ではない。
恐らく、ここでは以前から、こうして何人もミキサーの中に人間が放り込まれていて……。
スコットは轟音に紛れて、先程侵入した出入口から逃げ出した。
ロッカー室前までたどり着くと、そのまま隣のトイレに駆け込んで、盛大に嘔吐した。
スコットが知ってしまったおぞましい真実。
○ここで生産される肉の主原料
・油粕
・砂糖黍
・モルモット
・カンガルー
・人間
それらがミキサー内でごちゃ混ぜになり、分解され、精製され、肉の形になり、加工されて出荷される。
ジミーの肉体も、今頃はとうに「肉」になり、生肉、あるいは加工食品としてパッケージされ、流通システムを通じて世界の何処かへ向けて出荷され、小売店を通じて、そいつをありがたがる人間達の口へと……




