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そのタイトルを禁句にします。  作者: 葉方萌生
第五章 私がいなくなる前に

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30/35

◾️雪村萌香 園子

 8月21日、私はほとんど眠ることができずに朝を迎えた。

 それでも2時間くらいは意識を失っていたようで、右手に握りしめていたスマホにはっと目をやると、Xの通知が何十件も届いていることに気づいた。

 結人からはやっぱり何もメッセージがない。未読状態のままだ。ついでに立花先生とのトーク画面も確認したが、こちらも同様だった。


 諦め半分で今度はXを開く。

 昨日、結人について呼びかけたポストに対する返信やDMの数々が表示された画面に、ごくりと生唾をのみこむ。万単位でリポストされているのを見て驚いた。DMや引用ポストも多数寄せられている。けれど、本人の所在を教えてくれるものはなかった。ほとんどが結人のことを心配する声だったが、その中にいくつか、「神谷先生の本名を教えてください」といった内容が見受けられた。


「そっか、そうだよね」


 昨日の自分のポストを見返してみると、「神谷結人」や「榊しのぶ」というペンネームは書いていましたが、肝心な本名についてどこにも触れていなかった。いつも結人とはお互いにペンネームで呼び合っていたので、本名を記すのをすっかり忘れていた。事件性があるかもしれない以上、本名が分からなければ、たとえ情報を知っている人がいても何も教えてもらえないだろう。私は、早朝から昨日同様に、結人について情報が欲しいと呼びかける投稿をした。


 そんな三浦園子の名前を、結人は10日前に口にしていた。

 私が彼と最後に電話をした日のことだ。


——あ、ああ。いや、でもそんなこと、ありえない……。


 園子の名前を口にしてから、結人の様子がおかしくなった。何かに怯えた口調になり、錯乱しているかのようだった。

 普段冷静な彼が、なぜあんなにも取り乱していたのか。その時の私は一気に体調が悪くなったこともあり、結人がおかしくなった原因について、深く考える余裕がなかった。

 でももし、三浦園子という人物に何かしらのヒントがあるのだとすれば——。

 ずっと結人のことが好きだった彼女のことだから、もしかしたら大学に進学してからも、結人と連絡をとっていたのかもしれない。私が知らないだけで、二人はずっと繋がっていたのかも。

 だとすれば、三浦園子は結人の失踪について、何か知っているかもしれない。

 

「彼女の連絡先は……」


 メッセージアプリを開いて、通っていた高校の「3年1組」のグループトークを開く。最近ではめっきり動いていないトークルームだが、一応メンバーは元クラスメイトたちで、グループを退会しているような人もいなかった。

 グループメンバーの数は31人。確か、3年1組は32人クラスだったような気がする。

 メンバーの一人一人の名前を確認していく。女子の中には結婚して苗字が変わっている人もいて、やや探すのに手間がかかった。アイコンと名前を丁寧に見ていったが、その中に三浦園子らしい人物はいなかった。


「やっぱりか」


 32人クラスなのに31人しか登録がないということは、誰か一人が抜けている計算になる。その一人が園子だったとしても、まったく不思議ではない。おそらく、最初からグループのメンバーに誘われていなかったに違いない。不登校にもなっていたし、故意でなくとも、彼女がグループから漏れている理由は察しがついた。


 こうなると、園子に直接連絡する手段はないのだが——と諦めかけたところで、ふとあることを思いついた。

 そうだ。園子だって何かしらのSNSはやっているのではないか。

 今の時代、ネットで名前を検索すればその人がやっているSNSや、その人が働いている会社とか、分かることだってある。ブログを書いていればブログの記事が出てくるだろう。もちろん、本名で何かしらの活動をしていた場合の話だが。

 

 思い立ったが吉日、私は早速スマホでネットを開き、「三浦園子」という名前を検索してみた。ほんの少しでもいい。彼女と繋がれる情報があれば知りたい——その一心だった。


「え……」


 しかし、画面に現れた検索結果を見て、私は絶句する。

 そこに映し出されていたのは、園子のSNSのアカウント情報などではなかった。ネットのニュース記事。検索画面の一ページ目はすべて記事で埋まっていた。


 

------------------------------

葉方萌生@HakataMei 1m


【拡散希望】

神谷結人について、昨日はたくさんの方にポストを見ていただき、

ありがとうございました。

神谷について肝心な本名が抜けておりました。

彼の名前は、瀬戸祐介と言います。

東京墨田区に暮らしている二十八歳です。

どうか、彼の居場所について知っていることがあれば教えてください。

------------------------------


 瀬戸祐介という名前を、久しぶりに文字にして打った。彼と初めて高校で出会った時には、瀬戸くん、と呼んでいたことを思い出す。その後すぐに結人と呼ぶようになったので、もう長いことその名前を口にしてはいなかった。


 祐介くん。


 ふと、頭の中で誰かがそう口にする声が蘇る。


 祐介くん。

 

 女の子の声だ。

 何度も何度も、彼の名前を呼んでいた。私と結人が二人で昼休みに談笑している時も、スポーツ大会の日に結人が大活躍している最中にも、彼女はずっと「祐介くん」と結人の名前を呼んでいた。

 教室の隅っこで、長い髪の毛の隙間から二つの瞳をじっと結人に向けている。私はちょっと、目を合わせるのが怖くて彼女の声が聞こえないふりをしていた。


——ねえ、あいつさ、いっつも瀬戸のこと睨んでない?


——分かる。ずっとこわ〜って思ってた。


——だよね? 瀬戸と同中出身らしいよ。でもずっと瀬戸に相手されてない感じ、イタイよね。


——まじでそれ。ブスで陰気。ていうか、雪村さんと瀬戸が仲良くしてるの僻んでるんじゃない? 


——うわ、それはないわー。雪村さんの方が瀬戸にお似合いなのにね。親が議員だかなんだか知らないけど、権力ではどうにもならないことってあるのにね。


——さすがに、瀬戸の気持ちは金と権力ではどうにもならん。


——言えてる。潔く諦めろって、三浦。雪村さんと瀬戸のストーカーかよ。



 三浦園子——彼女のことを嗤うクラスメイトたちの声を、私はしっかりと耳にしていた。

 陰口を言われていることは純粋にかわいそうだと思った。けれど、自ら彼女に話しかける勇気は私にはなくて。結人は結人で、園子から呼びかけられてもあっさりとした対応しかしない。中学の頃、二人の間で何かあったんだろうか。思い切って結人に尋ねてみると、なんと園子から5回以上告白されたことがあり、困っていると答えた。


——何回断ってもめげないんだよ。俺はたぶん、あいつを好きになることはないのにさ。


 眉間に皺を寄せて、ため息をつきながら答えた結人。私は何度想いを伝えてもすげない態度を取られる園子に同情しつつ、こればかりはどうしようもないと思っていた。


 やがてクラスメイトたちの園子への当たりの強さが悪化し、彼女は学校に来なくなった。もしかしたら保健室登校などしていたのかもしれないが、とにかくある時期から教室には顔を出さなくなったのだ。

 受験期になり、地元の大学に進学したとは聞いたけれど、その後のことは結人からも何も聞いていない。私は結人と共に京都の大学に進学して、高校時代の話よりも、目の前で繰り広げられる悠々自適な大学生活を満喫していた。


『2023年7月2日、福岡市の住宅で27歳の会社員三浦園子さんが首を吊って亡くなっていることが判明した。机の上には彼女が書いたと思われる遺書が見つかったことから、自殺と推定している。遺書には家族や同僚に対する謝罪文のほか、ひらがなで下記のような内容が記されている。


「ゆうすけくん、ごめんなさい

 かみやゆいとのほんをけがしてごめんなさい


 わたしはおよね

 およねはゆるさないから

 およねはうらぎりもののおとこをゆるさない


 みお(・・)は、ようへい(・・・・)のことがすきだった

 わたしはゆうすけくんのことがすきだった

 だからゆづき(・・・)のことがゆるせない

 ——もえかのことがゆるせない


 およねがついてくる

 およねがずっとすぐそばにいる

 たぶんわたしがしんでもおよねはいきてる


 ゆうすけくんごめんね」』


 首吊り。

 自殺。

 遺書。

 

 あまりにも衝撃的な内容のニュース記事に、頭がぐらぐらと揺れていた。


「そんな……自殺してたなんて」


 知らなかった——というか、多分一度はテレビなんかで耳にしたニュースなのだと思う。それなのに、私の頭にはこの事件の彼女が三浦園子だという事実が残っていなかった。大きな反省と後悔が押し寄せる。曲がりなりにも元クラスメイトなのに——自分は最低な人間だという自己嫌悪に陥った。

 クラスメイトだった人の訃報が回って来なかったのも、彼女がクラスで絶妙な立ち位置にあったこと、死亡の原因が自殺だったことが原因に違いない。みんな、彼女の情報は視界に入れないようにしていたのかも……。

 そう思うと、園子が不憫に思えてならなかった。


 それに、この公開されている遺書のひらがなの部分があまりにも不可解すぎる。


「およねって、何……? 誰かの名前? 昔の人? どういうこと……」


 “わたしはおよね”


 奇怪すぎるその一文が、私の背筋の毛を逆立てるのに十分だった。


「“みお”と“ようへい”と“ゆづき”は、結人のデビュー作に出てくる人たちだ……」


 彼女の遺書にある登場人物たちの名前が、どうしてか何度も視界に入ってしまう。

 『莠ャ驛ス蟄ヲ逕滓オェ貍ォ』——神谷結人はこの作品で光風社新人賞を受賞し、華々しくデビューした。園子が書いている「みお」は美桜で、本作品に登場する主人公たちの友人の名前だ。主人公は洋平、ヒロインは柚月。もう一人、健二という名前の友達も出てくる。この四人が京都で学生生活を謳歌する青春小説。明らかに、結人と私が京都で送った学生生活をモデルにしていた。もちろん、内容はすべてフィクションだけれど。

 本は飛ぶように売れた。確か、何十万部とかの冊数で売れて、結人は一躍ベストセラー作家になった。


 そんな人気作だったが、ある時、名誉毀損で訴えられて絶版になってしまう。

 訴えたのはかつて彼の同級生だった女性だと報道されていたが、今ようやく分かった。

『莠ャ驛ス蟄ヲ逕滓オェ貍ォ』を絶版に追い込んだのは、三浦園子だと。

 園子はたぶん、『莠ャ驛ス蟄ヲ逕滓オェ貍ォ』の主人公・洋平=結人、ヒロイン・柚月=萌香、友人・美桜=園子というふうに考えていたんだろう。

『莠ャ驛ス蟄ヲ逕滓オェ貍ォ』では最終的に洋平と柚月が恋人となるが、美桜もずっと洋平のことが好きだった。だから、登場人物を自分と重ね合わせて、ショックを受けたのかもしれない。


 「もえかのことがゆるせない」という一文が、呪いの一文のように感じられて、思わず「うっ」と口を抑えた。


 園子は私を恨んでいる。

 “わたしはおよね”という文の意味は正直分からない。

 “およねがついてくる”——この一文から、彼女が“およね”という人物? 怪物? に取り憑かれている(と錯覚している?)様子が窺えるが、結局のところ本当の意味は分からない。彼女は首を吊って自殺してしまったのだから——。


 さっきから、ずっとおかしいと思うことがある。

 首が、後ろに回せないのだ。

 ああ、そうだ。

 さっき、私が本のタイトルを口にした瞬間から。

 ずっと、首が動かない。

 それどころか、誰かが近くで私の首を絞めているような感覚がしている。

 

 ねえ、あなたは誰? 

 園子?

 それとも“およね”?

 まさか……結人じゃないよね?


 振り返りたいけど、できない。

 首筋に、ヒヤリとした感触を覚えた。


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