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そのタイトルを禁句にします。  作者: 葉方萌生
第三章 調査を一時中断します

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19/35

◾️雪村萌香 異変

 家に帰宅すると、一気に頭に熱が昇っていくような感覚に陥り、気がつけばベッドに倒れ込んでいた。いそいそと体温計を棚から引っ張り出して熱を測ってみると、38.5度。どうりでしんどいわけだ。帰りにスポーツドリンクでも買ってくれば良かったなあと後悔してももう遅い。一人暮らしなので、自分一人で買いに行かなければならないが、そんな元気もなく、かろうじて家に保管しておいた解熱剤を2錠飲んで、しばらく眠りについた。


 ピンポーン——……


 玄関のインターホンが鳴って目が覚めると、思い切り眠りこけた後の感覚があった。はっと起き上がり時計を見ると、なんと夕方の5時を回っている。かれこれ5時間以上も眠りについていたのか、と驚くと共に、私はインターホンの画面に視線をやった。

 画面に映し出されていたのは立花先生だった。

 この時間、先生たちは休憩時間だが、なぜ立花先生が私の家に……? ぼーっとする頭で考えつつ、「早く出なきゃ」という焦燥感に駆られた私は、ふらつく足取りで玄関へ向かった。

 ガチャリ、とドアノブを回して扉を開ける。外にいたのは眉根を寄せて気がかりそうな表情をしている彼女だった。


「お疲れ様。体調はどない? ちょうど休憩時間やったから、これ買うてきてん。良かったらどうぞ」


「あ、ありがとうございます。わざわざうちまで……」


 立花先生から渡されたのは、コンビニのビニール袋に入ったスポーツドリンクやゼリー、栄養剤、ヨーグルトなど、発熱時にはありがたい品々だった。


「いいんよ、ちょうど気分転換に外に出たかったし」


「気分転換? 立花先生も調子が悪いんですか?」


「ん、まあちょっとね。最近暑すぎるからかな。頭がぼうっとすることがあって。あと、事務所にいるとちょっと息が苦しくなるっていうか」


「息が、苦しく」


 心当たりがあった。私もちょうど今日、同じような症状に悩まされて早退してきたのだ。もしかして、何かの感染症? 疑いが生まれて、彼女の瞳をじっと見つめる。もし感染症なら、こうして顔つき合わせるのも良くないだろう。


「ああ、でも大丈夫よ。熱はないし、ちょっと疲れとるだけやねん」


「そ、そうですか……。立花先生も、くれぐれもお大事になさってください」


「ありがとう。ああ、そういえばさ、さっきあの子が事務所に遊びに来てん。ほら、去年の夏合宿の日に失踪したって言うてた子」


「え? あ、ああ例の……」


 唐突に始まった立ち話に、私は多少面食らう。それにしても、なんてタイミングの良い話だ。私は、自分が病人であることも忘れて立花先生の話に耳を傾けていた。


「ほんでな、去年はご迷惑をおかけしてすみませんでしたって言うんよ。もう過ぎた話やし、気にせんといて〜って返してん。用はそれだけかなって思って、『今日はどないしたん?』って聞いたら、『あの本、やっぱり塾に忘れてたりしないですか』って真剣に聞いてきてさ」


「あの本?」


「ほら、夏季合宿の時に失くしたって言うてた本。肝試しの最中に読んどったんやないかって話したやろ?」


「え、ええ、確かそんな話をしてましたね」


 彼女は失踪後、『物語のヒロインに呼ばれた』と口走ったらしい。

 その話かと、話が繋がる。


「そう。それで、今頃塾に忘れてないかって聞いてきてん。変わった子やなって思ったけど、まあ遊びに来たついでに聞いただけやろって思って。試しにタイトルを聞いてみたんよ、その本の」


 そしたらさ……。

 と、そこで一旦立花先生の声が途切れた——ような気がした。


「……だって」


「え?」


 一瞬、ノイズのような音が耳に届いて、彼女が口を閉じた頃にはもう、本のタイトルを言い終えた後だった。


「すみません、よく聞こえなかったのでもう一度聞いてもいいですか?」


「ん、やからその本のタイトルは、んごぎゃぎゃぎゃがっゆん——」


「……は」


 何を言われているのか、まったく理解できずにフリーズしてしまう私。

 今、一体この人は何を……?

 まるで鶏の首を絞めたような声が彼女の口から漏れ出て来た。私は咄嗟に顔を顰める。だが、当の本人はまったく苦しそうな素ぶりも見せず、普通に本のタイトルを口にした様子だった。


 おかしい。

 どういうことだ。

 いよいよ自分の耳がおかしくなったのか、とそっと両耳に手を添える。


「どないしたん?」


 立花先生の不思議そうな声が、当然のように耳に響く。

 おかしいところは何もない。さっき、この人が本のタイトルを口にしたこと以外は。

 私は、心配そうに私の顔を覗き込む彼女の見目麗しい顔を、まじまじと見つめた。純粋に私のことを気遣ってくれている。そんな誠意さえ伝わってきて、彼女の言葉を聞き取れなかった自分に罪悪感すら覚えた。とてもじゃないが、もう一度本のタイトルについて尋ねようとは思えない。


「……すみません、ちょっと頭がぼうっとするみたいで。今日はもう休みます……」


「ああ、せやね。ごめんごめん、体調悪いのに立ち話なんかしてもうて」


「いえ、大丈夫です——……。その、さっき塾に遊びに来たって言ってた子は……」


「本のタイトル聞いて、ないわって返事したらすぐに帰ってったよ」


「そうですか。分かりました」


 帰っていった、という事実を聞いてなんとなくホッとした瞬間、身体からすーっと力が抜けていくのが分かった。


「ほな今日はゆっくり休んでや。ごめんな、しんどい中話に付き合わせて」


「いえ、これ、本当にありがとうございました」


 彼女からもらったビニール袋を掲げながら頭を下げて、ようやく玄関の扉を閉めた。

 それにしても、さっきのは一体なんだったんだろう。

 深く考えることもできないまま、私はもらったばかりのスポーツドリンクを一口口に含むと、再びベッドに入り眠りにつくのだった。

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