第四話 気持ちがいいことを教えてあげるよ
魔獣を倒し、返り血は浴びていなかったが、埃まみれになってしまったラヴィリオラは、ノエルの手を引いて目的の場所に向かっていた。
先ほどノエルが空間魔法を披露した場所よりも、さらに奥深くまで進んだラヴィリオラは、ある場所で立ち止まった。
そこは、空気が湿っぽく、独特の臭いが充満していた。
「な……、なんの臭いだ」
そう言って眉を顰めるノエルに向かって、ラヴィリオラは、瞳を輝かせて身を寄せた。
「これはね。温泉だよ!」
「おんせん?」
「そう! ここに編入してすぐに気が付いたんだけど、ここには試験の時しか入れないようにされていて……。でも、試験中なら入り放題なんだよ!! さあ、服を…………。ご、ごめん……。ちょっと興奮していて……」
「…………大丈夫……です」
「そ、そっか! ならよかった! じゃ、わたしはあっちで浸かるから、君はこっちで堪能してくれ。はい、タオルとかはこれを使ってね」
「つかる?」
「あっ、説明が必要だね。温泉はね。あったかいお湯が自然に湧き出るところだと考えてくれ。温泉は体にいい成分が含まれているんだ。浸かるととても気持ちがいい。あっ、湯に浸かる前に、お湯で体を流してから入るようにな」
「おんせん……、きもちいい……、つかる……、ながす……、きもちいい…………っ!!!」
壊れた人形のようにラヴィリオラの言葉を繰り返していたノエルだったが、気が付いた時には既にラヴィリオラの姿はなくなっていた。
温泉の気持ちよさを知っているラヴィリオラは、ノエルにもこの気持ちよさを味わってもらえることが嬉しくて、鼻歌交じりに衣服を脱ぎ落してかけ湯を済ませていた。
ちょうどいい湯加減に声を漏らす。
「あぁっ……。いい湯ぅ……」
足を延ばして空を見上げる。
太陽はまだ沈んではいない。
「真っ昼間から浴びる温泉……。さいこうぅ……」
蕩けたような声音でそんなことを呟きながら、この後の予定をシミュレーションする。
「彼は、お肉は好きかな? ああ、折角の機会なのに……。こんなことになるならもっといいものを用意しておければ……」
日の位置がだいぶ変わった頃、湯から出たラヴィリオラは困惑する。
タオルを片手にしたノエルが、石像のように固まっていたからだ。
「おーい。もしもーし」
そう言って、ひらひらとノエルの顔の前で手を振るも、反応はなかった。
「温泉……、嫌いだった?」
しょんぼりと肩を落としたラヴィリオラが目に入ったノエルは、慌てて言い訳を口にする。
「ちがっ! 嫌いとかそういうんじゃなくて!」
「好きか!」
「すぅ……」
視線を泳がせ、口を尖らし横を向くノエルだったが、ラヴィリオラに回り込まれてしまう。
「好きならいいんだ!」
そう言ってニコニコと笑ったラヴィリオラを見つめるノエルは小さく呟く。
「好き……なのは温泉じゃなくて……」
もにゅもにゅと一人で言い訳を並べるノエルだったが、ラヴィリオラの行動に全てが吹き飛んでしまう。
「そっか! 一人で入るのは心細いんだな! わかった。わたしに任せろ!」
そう言ったあと、ラヴィリオラは手早く下着姿になると、かけ湯をして温泉に飛び込んでしまったのだ。
目にも止まらぬ速さだったが、ノエルの脳裏には真っ白な下着が焼き付いてしまった。
ばっと、横を向くが遅かったのだ。
そんなノエルに向かって、温泉に浸かったからなのか、顔を赤くさせたラヴィリオラが手招きをした。
「ほら、今日だけは着衣での温泉をわたしが許可する! だからおいで」
見てはいけないものを見てしまったような、そんな気分に陥ったノエルはかけ湯をすることもせずに勢いよく温泉に飛び込んでいた。
どぼん!! ばちゃ!!
盛大な水しぶきを頭からかぶったラヴィリオラは、目を丸くさせていた。
その表情がなぜか胸に響いたノエルは、どうしようもない気持ちを誤魔化すために馬鹿笑いをしていた。
「あはははは!!」
「もーーー! 君ってやつは! ふふ、あはは!」
なにが可笑しくて笑っているのか、わからないまま二人して笑い合う。
「気持ちがいいね。ラヴィリオラは、俺に知らなかった色々なことを教えてくれる」
「ふふっ。任せろ。わたしが、君にたくさんのことを教えてあげる」
そう言って笑うラヴィリオラの表情には、悪戯を思いついた子供のような無邪気さがあった。
胸の中に広がる謎の熱に、ノエルはお湯から飛び出してしまうのだ。
「あっつい! 凄く熱い! 俺は先に上がらせてもらうよ」
ノエルはそう言うと、さっさと温泉から上がってしまった。
足早に立ち去るノエルの背中を、真っ赤な顔で見つめるラヴィリオラは、小さな声で不満そうに呟くが、その表情は恥ずかしさが見え隠れしたものだった。
「なんだよ……。わたしだって……、好きな人と、こんなこと……、恥ずかしいに決まってる……」
冷静さを取り戻すため、ゆっくりと十数えたラヴィリオラは、温泉から立ち上がる。
「ふん。上等だ。初心な君に、どんどん大人の遊びってやつを教えてやるさ」
おかしなスイッチが入ってしまったラヴィリオラは、やる気満々になってしまうのだった。




