第三話 呼び捨て以外みとめないってこと
見事にノエルを搔っ攫ったラヴィリオラは、軽い足取りで森に分け入っていた。
実技試験直前ではあったが、無事にノエルと正式なパーティーを組めた事が嬉しかったが故の行動だった。
今回の実技試験は、英雄養成学校が管理する森に放たれた魔獣を制限時間内に一匹以上狩ることだ。
魔獣は、魔物に比べて力も弱く知能も低い存在のため、初心者にとってのいい練習台となる。
学校側の安全対策として、生徒一人一人に変わり身のアイテムが渡されていた。
これは、所有者の危機を一度だけではあるが肩代わりするアイテムだ。
変わり身のアイテムが破壊されると、見回っている教師たちに信号が発信され、即座に救助される手はずになっていた。
「アークス嬢……」
ノエルにそう声をかけられたラヴィリオラは、足を止める。
後ろを歩くノエルを振り返り、面白くなさそうな表情で頬を膨らませる。
「わたしのことは、ラヴィリオラって呼んで」
「アークス嬢……、それは……」
「ぷいっ」
「……はぁ、ラヴィリオラ嬢?」
「ぷいっ」
「えっ……。それはちょっと……」
「ぷいっ」
だんだんと頬が大きく膨らみ、不満を表情に出すラヴィリオラを見るノエルの瞳はただただ優しかった。
「わかったよ。ラヴィリオラ?」
「ああ!」
「それじゃ、ラヴィリオラも」
「それは別だ! わたしはあまりそういうの気にしない方だけど、周りの目もある」
「……。それはずるくないか?」
「ずるくなんてないよ。へへっ」
そう言ったラヴィリオラは、くるりとその場でターンを決めて楽しそうに笑う。
見た目以上に幼さの滲む笑顔にノエルの胸が締め付けられた。
それを振り払う様に、ノエルはラヴィリオラに質問していた。
「それで、どこに向かっているんだ?」
「ん? パパっと課題を片付けて残りの時間をのんびり過ごしたいと思わないかい?」
首を傾げるノエルにラヴィリオラは楽しそうに提案する。
「時間は二日もあるんだよ。さっさと拠点を陣取って、魔獣をぶっ殺して、残り時間でわたしと楽しいことしないか?」
背の低いラヴィリオラに上目遣いでそう言われたノエルは、勘違いしそうになる頭を振って、何も考えないように、煩悩の欠片を追い払う。
それでも、気になってしまったのだ。いったいどんな「楽しいこと」をしようというのか。
「楽しいこと……?」
「ああ。すごく気持ちいいことだから楽しみにしていろ!」
桃色の空気を感じざるを得ない状況に喉を鳴らすノエルの手を引くラヴィリオラ。
「ほら、こっちだ!」
そう言われてノエルが連れてこられたのは、森の奥深くだった。
ラヴィリオラは、慣れた手つきで野宿用のテントの用意を始めるが、それをノエルは静止した。
「ラヴィリオラ。ちょっと待って」
「ん?」
「ここは任せてほしいな」
そう言ったノエルは、苦労して修得した魔法を使用した。
ノエルが右手を振ったかと思うと、そこには謎の扉が現れたのだ。
ラヴィリオラは、突如現れた扉に目を丸くさせてその周囲をぐるぐると回る。
「なんだこの扉?」
物珍し気に見つめるラヴィリオラに柔らかい笑みを向けたノエルは、慣れた調子でその扉のドアハンドルを掴んだ。
「ラヴィリオラ、おいで」
ノエルによって開かれた扉の中は…………。
「信じられない……。扉一枚……。その先に普通に部屋がある……」
「ほら」
手招かれたラヴィリオラは、導かれるままその中に入っていく。
「すごい……。ゾーシモス令息は空間魔法が使えるんだな!」
空間魔法。
魔力で作られた空間で、熟練者になればその空間を出入りできるようになると言われていた。
しかし、ここまでの空間魔法が存在していることにラヴィリオラは驚愕していた。
小さな空間ですら維持が難しく、さらにその中にこれほどの家具付きの部屋を作り出すその才能に驚愕する。
「まぁ、必要に迫れて……ね」
その言葉だけでなんとなく推測できた。
ジャスパーに無理難題でも言われてのことなのかもしれないと。
「お察しの通りだよ。シーズ令息が野宿は嫌だって、駄々をこねてね……」
「いや……、だからって、それで修得できるのは凄いことだぞ……。ゾーシモス令息は自分に自信を持つことを推奨するぞ……」
「あはは……。ラヴィリオラにそう言われると、なんか報われた気分になるね」
「ん? それなら、わたしが令息を褒めて褒めて褒めまくる!! だから、自信を持て!! 君はすごい男だよ!」
「ありがとう」
ノエルの恥ずかしそうな笑顔が眩しく思えた。
その笑顔を見たラヴィリオラは胸が騒がしくて堪らなかった。
むず痒い思いを振り払う様に頭を振ったラヴィリオラは、今後の計画を楽しそうに口にする。
「よし! 拠点は君のおかげでクリアだ。次は、魔獣をぶっ殺して課題を早急に終わらせるぞ!」
ラヴィリオラは、言うが早いか、あっという間に扉の外に駆け出していた。
いつの間にか握られていた大きな戦斧を跳躍した後に一気に振り降ろす。
どががががっ!!!
ぎぎゃーーーーーーー!!
それはあっという間のことだった。
ラヴィリオラが軽々と戦斧を振ると鮮血が舞い、周辺にいた魔獣の頭が綺麗に放物線を描いた。
時間にして数分のことだった。
「それじゃ、解体するから待っていてくれ」
慣れた手つきで五匹の魔獣を解体するラヴィリオラ。
必要な部位を腰に結んだ袋に入れて、それ以外を一か所に纏めたラヴィリオラは、それらに火をつけた。
「いやぁ、ゴミ魔獣で残念。ゴミは持ち帰りたくないから燃やして埋めるから、ちょっとまって」
強すぎる火力で燃え尽きた灰を穴に埋めたラヴィリオラは、背伸びをする。
「よし、片づけ完了だ。それじゃ、いいことしに行こうか?」
ノエルはあっという間の出来事に突っ込みが追い付かなかった。
手慣れた戦闘。素早い解体。謎の袋。
しかし、ノエルの口を出たのは情けない悲鳴だけだった。
「まっ、待ってくれ!! ちょっ、それはまずいから!! 本当に駄目だから!!」




