第二話 わたしの名前は!
ノエル・ゾーシモス。
伯爵家の次男。
ゾーシモス伯爵は、シーズ侯爵家の援助で事業を立て直した過去を持っていて、シーズ侯爵家に頭が上がらなかった。
それをいいことにシーズ侯爵令息のジャスパー・シーズは、ノエルを奴隷のように扱っていたのだ。
家から何かしらの指示があったのだろう。
どんなことにもノエルは無表情で従っていたのだ。
力での解決は下策だった。
貴族としての力で言うと無力なラヴィリオラにはどうしようもなかった。
日々、ブち切れそうになりながらも、ノエルが従っている以上介入することが躊躇われたのだ。
何かあれば、ジャスパー・シーズをボコボコにしてノエルを連れて国外逃亡も考えたが、それでノエルの家族や領地に何かがあって、ノエルに嫌われたら生きてはいけない。
しかし、一方的な思いを寄せるラヴィリオラがノエルを下手に庇って、「なにこいつ?」とノエルに気持ち悪がられることも避けたかった。
ノエルなら、そんなことを考えることなんてないと言いたかったが、この世に絶対なんてなかった。
ノエルのことになると気持ちが弱くなってしまうラヴィリオラは、ただひたすら静観することを選んでしまったのだ。
そんなわけで、未だに声を掛けることも出来ずに、編入から二週間ほどの時間を過ごしてしまっていた。
そんなある日、英雄科のカリキュラムのひとつである、実技試験直前のことだった。
文武の武の部分の教育で、魔物討伐や対人戦の実践教育が授業の中に組み込まれている。
学校の方針として、基本的にはパーティーを組んでこれらの実習を受けるように指導をされていた。
そして、ノエルはジャスパーの率いるパーティーに在籍していた。
ノエルは、ジャスパーのパーティー内で雑用を主に押し付けられていた。
その他にも補助魔法や魔物の後始末などもだ。
六人パーティーの中で、家格の高いジャスパーに逆らえる人間は誰もいなかった。
ジャスパーは、いやらしく歪めた表情でその場にいる全員に聞こえるように言い放った。
「お前のような役立たず、俺のパーティーには不要だ! 出て行け!!」
その言葉にラヴィリオラ以外の全員が騒めいた。
「えっ?」
「ゾーシモスを追放?」
「本気で言っているのかよ?」
ざわつくその場に、凛とした可憐な声が響く。
「ならば! その男はわたしがもらい受ける!! ゾーシモス令息。わたしのものにな―――……、ゴホン! わたしとパーティーを組まないかな?」
編入初日以来に聞こえたラヴィリオラの声に全員が唖然とする。
今までに見たことも無い嬉しそうな笑みで、小さな胸を反らすように言い放つラヴィリオラに誰もが無言になった。
しかし、少しの間の後にその声は聞こえていた。
「お……、俺でいいんだったら……」
ノエルのその声に、ラヴィリオラは小さく、だが確実にガッツポーズをしていた。
「よ、よろしくたのむ」
嬉しさが隠しきれない声音でそういったラヴィリオラの耳は真っ赤だった。
差し出された小さな手のひらを見たノエルは、一瞬ためらった後にその手を掴む。
「こちらそ、よろしく」
その言葉を聞いたラヴィリオラは、すぐにノエルと繋いだ手を引いて教科担当の元に向かう。
「聞いた通りだ。わたしは、の……ゴホン! ゾーシモス令息と二人でパーティーを組む!」
「二人」の部分を声高に言ったラヴィリオラは、勝ち誇ったような表情でその場の全員を見てから、恥ずかしそうな表情に変えて身長の高いノエルを見上げた。
編入して二週間。
はじめて近くで堂々と見つめられることに唇の端を緩ませたラヴィリオラは、ノエルの美貌に顔を赤くさせた。
薄い桃色を溶かしたような甘そうな金色の髪。宝石のように煌めく青い瞳。
高い鼻梁と形のいい薄い唇。
程よく焼けた肌、高い身長と、スラリとした体つき。
美青年に成長しているノエルにドキドキしながらもラヴィリオラは、自分のアピールも忘れかった。
「わたしは、ラヴィリオラ・アークス。十七歳。趣味は魔物をぶち殺すこと、魔法開発、様々な流派の研究だ。よろしく」
見上げるようにしてそう言ったラヴィリオラにノエルも言葉を返した。
「俺は、ノエル・ゾーシモス。同じく十七歳。趣味は……料理かな?」
「そうか! ゾーシモス令息は手料理が得意なのか!!」
「うん……」
「そっかそっか!」
ラヴィリオラは、ノエルの趣味を知れて、それだけで満足だった。
面識も持てて、趣味も知れた。
一歩前進した関係性にラヴィリオラは満足していたが、その後ろでジャスパーが大変な目に合っていたことに気づきもしなかった。
ラヴィリオラとノエルが見つめ合って自己紹介をしている脇で、ジャスパーはパーティーメンバーの令嬢たちから非難されていたのだ。
「はぁ? ノエル様を追放……」
「ノエル様の居ないジャスパー様って……」
「私たちのパーティーに不要なのは正直言ってジャスパー様の方なのですか……」
「えっ?」
「そうよ、ジャスパー様を追放してノエル様に戻ってきてもらうのはどうかしら?」
「いいわね!そうしましょう!!」
令嬢たちがそう言って盛り上がっている間に、ラヴィリオラはあっという間にパーティー申請をしたうえ、受諾されてしまったのだ。
遅れてその事実に気が付いた令嬢対は、ゴミを見るような目でジャスパーを見て口を揃えて言った。
「ジャスパー様は気が付かなかったようで残念ですわ。今まで私たちが最強と言われて、活躍出来ていたのは全てノエル様の手腕でしたのに……」
「侯爵令息だから言えませんでしたが……」
「まっ、待ってくれ!! お前たち、お前たちだって今までノエルのこと!!」
そう言われた令嬢たちは顔を見合わせて笑い合う。
その中の一人が可笑しそうに言うのだ。
「私たちは何もしていませんよ。ジャスパー様に同意していたのも、ノエル様に嫌がらせをしていたのも、ジャスパー様の取り巻きの令息だけで、私たちは見ていただけよ」
「!!!!」
「まぁ、侯爵家の力が怖くて何も出来なかったけれど……」
「後悔ですわね……」
「ええ……」
「私に勇気があったら……」
「そうね。今頃、ああやってノエル様の側にいたのは……」
そこまで言って令嬢たちは無言でラヴィリオラを見る。
自分に勇気があったら、美しく、強いノエルを自分のものにできたかもしれないと、そう思わずにはいられなかったのだ。
それでも、貴族社会に慣れ切った令嬢たちには叶えられない夢だった。
だからこそ、ラヴィリオラとノエルの姿が眩しくて仕方なかったのだ。




