最終話 本当の気持ち
「あがっ!! やめっ……。もう……ゆるじでぇ……」
情けない鳴き声がその場に響く。
それは、一方的な暴力だった。
ジャスパーがノエルに飛びかかるも、あっという間に地面に顔から転んでいた。
ジャスパーの拳を受け流したノエルは、腕のつけ根に手刀を当て、テコの原理を利用した動きで、地面に叩きつけたのだ。
ジャスパーが起き上がるのを待ったノエルは、その腹部を蹴り上げ、背中を両手で組んだ拳で叩きつける。
地面に倒れそうになれば、蹴り上げ、飛び上がれば拳で地面に叩きつけるといった動きの連続にジャスパーはなすすべもなく、ボロ人形のようになっていった。
一方的な暴力に、流石のラヴィリオラも慌てて止めに入っていた。
「駄目だ! それ以上はやめてくれ!!」
ラヴィリオラに羽交い絞めにされたノエルは、ジャスパーを踏みつけながら不満そうに言うのだ。
「どうして止めるの? こいつは、ラヴィリオラを侮辱したんだ。これじゃ足りない……」
自分のためだとわかったもののラヴィリオラは、拳から血を流す姿を見ていられなかった。
「わたしは! 君にこれ以上傷付いて欲しくなんてないんだ!」
そう言って、ノエルの前に回り込んだラヴィリオラは、傷付いてしまった両手の拳をそっと包み込むように触れた。
「血が出てる……。あんな奴を殴って君の手が傷付く方が嫌だよ!!」
「ラヴィリオラ……。でも、俺のラヴィリオラを悪く言うやつがいることが許せない」
「いま……、なんて?」
「悪く言うやつが許せないと言った」
「それは嬉しいけど……、その前だ」
「俺のっ……」
自分が口にしたことの意味を理解したノエルは押し黙ってしまう。
そんなノエルを見てしまったラヴィリオラは、もう自分の気持ちを抑えることなんてできそうになかった。
俯いてしまったノエルに抱き着く。
驚いて顔を上げたノエルの頬を優しくなでる。高い位置にあるノエルの顔を下から見上げ、ラヴィリオラは言うのだ。
「すきっ」
たったそれだけの言葉だったが、ノエルの頭はキャパオーバーしてしまうのだ。
こんな状況では授業どころではないと、ラヴィリオラはそれまで静かに見守っていた教諭とクラスメイト達に向かって言うのだ。
「今起こったことは忘れてくれ。わたしと彼は大事な話があるから早退させてもらう」
そう言ったラヴィリオラは、ふらつくノエルの手を引いて人気のない場所まで移動する。
誰もいないことを確認した後、一気に自宅まで飛んでいた。
ノエルを自宅のソファーに座らせて、傷付いた両手の治療を行う。
包帯を巻き終えたころに、ようやくノエルの意識は戻ってきた。
「えっ? ここは……」
「わたしの家だ……。それで、君の答えは?」
そう問われたノエルは、先ほどの威力抜群の言葉を思い出す。
近い距離にいるラヴィリオラにドギマギしていると、しびれを切らせたラヴィリオラがさらに身を寄せてくる。
「君もわたしと同じ気持ちってことでいいのかな?」
そう言って、何も答えられずにいるノエルをあっという間にソファーに押し倒してしまうのだ。
顔を赤くさせているノエルを上から見下ろすラヴィリオラは、さらに言葉を続ける。
「なぁ、わたしと結婚してくれないか?」
そう言って、顔を近づけられたノエルは限界だった。
情けなくも鼻血を出してしまったのだ。
どう見ても脈しかなさそうなノエルの反応に気を良くしたラヴィリオラは、その鼻血を拭きながらポロリと溢してしまうのだ。
「君は変わらないな……。はじめて会った時に君に惚れたんだ。もう会うこともないと思っていたがここに編入してよかった。君にまた会えたから……」
目を細めてそういうラヴィリオラの言葉に、ノエルは目を丸くさせた後、両手でラヴィリオラの口を塞いでしまう。
「まって、待ってくれ! もしかして、俺のこと覚えているのか?」
ラヴィリオラは、問われたことに対して口を塞がれたまま頷く
「だって、見た目が……」
ラヴィリオラは自分の口を塞ぐ、ノエルの手のひらを舐めてから口づける。
「わかるさ。どんなに見た目が変わっても、あの時わたしを助けようとしてくれた瞳は変わってない」
そう言ったラヴィリオラの脳裏には、幼いころの出来事が浮かんでいた。
幼い頃、王都をひとりで歩いている時に人相の悪い集団に囲まれたことがあった。
金品を要求されて、いつ返り討ちにしてやろうかと考えていた時だった。
「やめろーーーーー!!」
そう言って、小さく丸い何かが飛び出してきたのだ。
それは、丸々と太った少年で、涙目で拳を振り上げていたのだ。
しかし、その拳は軽々とかわされて、しまいには足をかけられて転ばされてしまっていた。
ラヴィリオラは、その少年から目が離せなくなっていた。
コロコロとした丸いからだと、涙を浮かべてはいるが、負けを認めていない強い瞳。
それに対して、嫌な笑みを浮かべるごろつき達に怒りが込み上げる。
ラヴィリオラは、あっという間にごろつき達をのしていた。
捨て台詞を吐き逃げていくごろつき達など眼中にはなかったラヴィリオラは、勇敢な少年に手を差し出しながら飾らない本心を口に出していた。
「弱いのに、何でわたしを助けようとしたんだ……」
そう言われた少年は、顔を赤くさせてその場から逃げてしまったのだ。
その逃げる背中を視線で追いながら、ラヴィリオラは後悔していた。
「ありがとうって言えなかった……。名前も聞けなかった……。わたし……。言葉を間違ったんだ……。ごめん。ありがとう……」
そんな、幼いころに会った少年との短い出来事を思い出しながら、ラヴィリオラは言うのだ。
「あの時はごめん。本当は、助けてくれたことありがとうって言いたかったのに……。わたしは、勇敢な君の姿に惚れたんだよ。そして、偶然ここで再会して、もっと好きになった!」
そう言ってノエルと体を密着させて耳元でささやく
「好きだよ。ノエル」
出会ってから初めて、ラヴィリオラに名前を呼ばれたノエルはスイッチが入ってしまう。
小さく華奢なラヴィリオラをぎゅっと抱きしめる。
「俺だってラヴィリオラが好きだ! ラヴィリオラに似合う男になりたくてたくさん努力した!」
「そっか。わたしのために努力してくれてありがとう。ふふ、ますます好きになってしまった。こんなにわたしを惚れさせて、どう責任を取ってくれるつもりだい?」
そう言われたノエルは、心底嬉しそうに言うのだ。
「ああ、責任を取ってラヴィリオラの夫にしてもらう。いいかな?」
「ふふっ。ああ、いいよ。わたしの可愛いノエル」
二人は自然と顔を寄せて触れるだけのキスを交わすのだった。
『最強と言われるパーティーから好きな人が追放されたので搔っ攫うことにしました』 おわり
最後までお付き合いいただきありがとうございました。




