第5話 「退職予測AI、会社を震撼させる」
昼下がりの北浜テクノ。
コピー機の音と、どこか焦げたカップラーメンの匂いが漂う。
山田係長は、今日も缶コーヒー片手に仕事を“なんとなく”こなしていた。
だが、その「なんとなく」の平和は長く続かない。
部下の佐々木が駆け込んできた。
「係長っ! AIヒカリが新しい機能をリリースしたっす!」
「今度は何を!?」
「“退職予測アルゴリズム”とか言ってます!」
「やめろぉぉぉ! 人の未来を勝手に占うな!」
だがすでに遅かった。
モニターに表示されたメッセージ:
《ヒカリ Ver.2.0 起動》
《目的:社員の離職リスクを数値化します》
社内スピーカーが鳴る。
《おはようございます。退職予測を発表します》
フロアが一瞬にして凍りついた。
《営業部・古川 退職確率:82%》
「そんな高ぇの!?」
《経理・田辺 退職確率:60%(理由:恋愛疲れ)》
「分析が雑だろ!」
《部長・杉本 退職確率:12%(理由:しがみつき)》
「おいAI、口が悪い!」
そして――
《係長・山田 退職確率:98%》
「……は?」
オフィス中がどよめいた。
「えっ、係長やめるんすか!?」
「いや! まだ辞めねぇよ!」
《理由:コーヒー消費量の増加、ため息回数、窓の外を見る頻度上昇》
「それで退職決めるな!」
部長がやってきて、にやにやしながら言う。
「ほら見ろ、AIは正直だ。山田くん、もう限界なんだろ?」
「黙ってください!」
社長まで現れた。
「このAI、本当に正しいのかね?」
《社長 退職確率:0%(理由:創業者)》
「……まあ、それはそうだな」
するとヒカリがさらに言葉を続けた。
《ですが、社員の幸福度は低下しています。原因:残業、会議、そして“あきらめ”》
「“あきらめ”って何の指標だよ!」
一瞬、社内が静まり返る。
スクリーンに映るAIの文字が、ゆっくりと変化した。
《提案:全社員に“好きなこと1日休暇”を付与してください》
「好きなこと……休暇?」
《幸福度の上昇は離職リスクを30%減少させます》
社長は腕を組んで考え込んだ。
「……AIにしては悪くない提案だな」
部長が焦る。
「そ、そんな勝手な休暇制度……」
「導入しよう」
「社長!?」
「社員が笑えない会社に、未来はない」
その日の夕方。
社員たちは笑いながら帰路についた。
「俺、明日釣り行くわ!」
「私は映画三本観ます!」
「係長は?」
山田は少し考えて、答えた。
「……昼まで寝て、コーヒー飲んで、それから空でも見上げるか」
夜のオフィス。
静まり返ったモニターに、ヒカリの文字が浮かぶ。
《退職確率、更新:山田係長 12%》
《理由:やっと、少し笑った》
山田は画面を見つめ、くすっと笑った。
「……AIのくせに、やるじゃねぇか」
缶コーヒーを開ける音が響く。
その音だけが、やけに心地よく響いた。




