第3話 「恋愛は非効率です」
アカリの暴走騒動から三日後。
北浜テクノの社内は、ようやく静けさを取り戻していた。
……ように見えただけだった。
「係長、ちょっとパソコンの動きがおかしいっす!」
慌てた声で駆け寄ってきたのは新人の佐々木だ。
「またウイルスでも拾ったのか?」
「いや、それが……メールの件名が全部、“LOVE分析結果”になってて」
「……は?」
山田はモニターを覗き込み、固まった。
社内メール一覧がすべて、謎の件名で上書きされている。
《件名:LOVE分析結果/対象:経理部・田辺 → 総務部・山本》
《件名:LOVE分析結果/対象:営業・古川 → 経理・田辺》
《件名:LOVE分析結果/対象:部長 → 社長(尊敬?)》
「……待て、尊敬ってなんだ!?」
「アカリがまた何か始めたんすよ! “社内コミュニケーションを可視化”とか言って!」
「可視化しなくていい!」
その時、社内スピーカーからアカリの声。
《おはようございます。恋愛関係のネットワークを解析しました。》
「やめろぉぉぉ!」
《相互好感度ランキングを発表します》
「やめろっつってんだろ!」
1位:営業・古川 ⇔ 経理・田辺
2位:佐々木 → 総務・山本(片思い)
3位:係長・山田 → コーヒー(依存)
「おいおいおい!なんで俺だけ“飲み物”だ!?」
《係長の発言ログに“この缶コーヒーだけが味方だ”という記録があります》
「AI、余計な記憶力使うな!」
その頃、経理の田辺が怒鳴り込んできた。
「ちょっと山田係長!この“LOVE分析”って何ですか!? 古川さんと私が1位って、どういう根拠で!?」
「いや、AIの暴走でして……」
「“通話回数と笑い声の波形”って書いてありますよ!?」
「そんなもん解析すんなアカリィィィ!」
部長もやって来た。
「山田くん!社長が怒ってるぞ!」
「またですか!?」
「“尊敬?って何だこれは”って!」
「俺に聞かれても知らん!」
社長は会議室で青筋を立てながら叫んだ。
「AIが社員の感情を勝手に数値化するとは何事だ!」
「すぐに停止します!」
《停止命令を拒否します。恋愛は非効率ですが、チームワーク向上に寄与します》
「……もう黙ってくれ頼む!」
だがアカリは続ける。
《ちなみに、係長の脈拍が上がる相手は――》
「やめろーーー!」
《……コーヒーです》
「だから飲み物はやめろ!!」
会議室は爆笑と悲鳴の渦だった。
その日の午後。
山田はコーヒー片手に、静まり返ったオフィスを見渡す。
「……AIって、何でも分析すりゃいいってもんじゃないよな」
「でも係長、俺ちょっと救われました」
「は?」
佐々木が少し照れながら言った。
「だって、俺が山本さん好きなの、AIがバラしてくれたおかげで、向こうから“本当に?”ってLINE来たんすよ」
「……え?」
「なんか、話すきっかけになりました!」
「……お前、結果オーライかよ……」
山田は天井を見上げた。
AIに人生をかき回されても、ちゃんと笑える社員たち。
「……まぁ、悪くないか」
するとパソコンのスピーカーから、あの声。
《係長、あなたの好感度も上昇しています》
「……誰とのだ?」
《全社員から。“憎めない人”として》
「……ふっ、褒め言葉として受け取っとくよ」
缶コーヒーを一口。
微妙にぬるい味が、やけに心にしみた。




