008
(MIKAGE‘S EYES)
印南に電話をかけたのは、俺だ。
俺がいるのは、展望台の隅にあるトイレの個室。
女子トイレの隣にある男子トイレに、あえて来ていた。
俺は、どうしても彼に伝えないといけない。
「君は、印南 英気だね」
「あんたは?」
「俺は兵庫県警の刑事、神影だ」
「どうして自分の電話を?」
「本部から聞いた。君らを守るためだ」
俺のことを、印南はなんとなく理解してくれた。
相棒で先輩の国木が、いろいろと説明はしているはず。
彼には戸惑いはあったけど、俺は話をつづけた。
「なぜ、携帯を?」
「今、敵の電波妨害に遭って本部と連絡が取れない。おそらく、こちらの動きに合わせて妨害をしたようだ」
「よくわからないけど」
そういいながら、無線をつなごうとする印南。
電話越しの印南が無線をつないだが、応答しない。
「どういうことですか?」
「いいか、今、この神戸タワーの展望室に一人のスパイが潜入している。
しかもそのスパイは、とんでもない兵器を隠し持っている」
いきなり飛躍した言葉に、自分は驚くしかなかった。
「本当の話ですか?」
「君は、女子トイレにいるだろう。
そこにいる女は、おそらくスパイに殺された」
「どういうつもりですか?」
「詳しいことは、調査中だ。でもこの展望台にスパイが隠れている。
そのスパイが持っている武器は、人を殺す危険な武器。
君も名前を聞いていることは、あるはずだ。海神という名の『エノシガイオス』」
その名前を聞いて、通話していた印南も驚いた。
日本よりはるか西では、戦争が行われていた。
そこで使われた生物兵器の名が、生物兵器『エノシガイオス』
非人道的な生物兵器は、国際的に非難の的だ。
驚く印南をよそに、俺は話を続けていた。
会話の相手は、一般人だ。
警備員とはいえ、国木が会話したことのある人間とはいえ、まだ完全に話すことができない。
それに、自分と絡んで向こうも狙われていた。
それと、自分もまた狙われているのがはっきりと分かった。
スパイは、俺を探していた。
そして、一人になった瞬間を狙っているのだから。
「落ち着いて聞いてほしい。
ここにいるスパイは、変装している。
そして、狙っているのは間違いなく俺だ」
「刑事を?」
「スパイが探しているのは、スパイの仲間を拉致した俺たち警察だ。
だから俺も、この展望室に変装してここにいる」
「なんだか、物騒ですね」
「そうだ、だから俺はこうして別の人間の姿をしている。
だから、俺は姿を見せることはできない」
俺の正体を明かせば、彼にも危険が及ぶ。
だけど、彼には話さないといけない。
「そのスパイとは?」
「一人はバーコイ・シスチャニフ。女だ。
もう一人は、ジョンソン・ブリューワ。こっちは男」
俺ははっきりと、印南に言っていた。
「バーコイとブリューワ、どっちも日本人じゃないですね」
「そうだな、二人とも日本人に成りすましている。
危険な方は、バーコイ。兵器を持っている。
ジョンソンは、詳しいことは分からないけど危険は組織であることは間違いない」
「そんな人間が、しかも二人もいるのか?」
「二人とも、成りすまして君を狙うだろう。
その間に、俺が成りすまし外国人を暴く。絶対に、君を救う。そのために協力をしてほしい」
「すいませんが自分には、捜査はできない」
「大丈夫だ、君は鍵を持っているだろう。ここのタワーを降りる非常階段のカギを」
「はい」印南は素直に答えた。
「現在下の降りる方法は、君の持っている階段の鍵だけ。
君には、鍵を死守してほしい」
「わかりました」意外と素直に印南は従ってくれた。
「君も、何か違和感があったら俺に連絡してくれ。
できるだけ、人目のつかない場所で」
「でも…」
「一旦切る、俺も変装しているから、君には親指で合図を送る」
困惑する印南の声を振り切り、俺はスマホの電源を切った。
このスマホは、使い捨てのスマホ。
俺はゆっくりと立ち上がった。
影になった姿から、俺は徐々にその姿を見せた。
スーツ姿の俺は、トイレの個室を出ていく。
そして、俺はサラリ―マン姿でトイレから出ていった。
(今日は、長い夜になりそうだ)
俺は、そのまま鏡で自分の顔を見ていた。
眼鏡をかけた、どこにでもいる若いサラリーマンの俺の顔が見えた。




