019
(SUNAKAWA‘S EYES)
私は、砂川。展望台のバー『メスト』の店員だ。
女子トイレの老婆は、外のベンチに運ばれた。
名前は鵤 うね。元々、神戸タワーの建築に協力した、大手企業の創業者。
彼女の名前は、割とこの神戸タワーでも知られた存在だ。
既に会社経営から引退しており、今は一般の客。
そしてぼさぼさ頭の男性『成沢』と、そばで泣いている少女『柚乃』とは関係があるようだ。
うね婆さんの死因は、どう見ても窒息死だ。
顔が青白く、呼吸するのも大変だったのだろう、
それでも必死にもがいたが、亡くなってしまった。
「失礼ですが、あなた方は鵤さんとどんな関係ですか?」
「俺か?」
「はい、そちらの女性はあなたの連れの方ですよね」
「鵤 うねは柚乃の祖母だ。
香月家の柚乃は、祖母であるうね婆さんの大切な孫でもある。
そんな柚乃と、俺は付き合っているし、結婚も考えていた。
だが、うね婆さんは俺たちの付き合いを反対していた」
話していた成沢は、それでも苦々しい顔を見せていた。
どうやら、彼と柚乃はあの婆さんに恨みがあるようだ。
「なるほど、恨みがあると」
「でも、俺はやっていない。
女子トイレに、一度も入ったこともない。
そもそも、これは急死だろ。殺人事件なんかじゃない」
「いいえ、うね婆ちゃんは死なないわ」
それを否定したのは、さっきまで泣いていた少女だ。
どこかギャルっぽく幼い少女は、目に涙を浮かべながら成沢を睨んでいた。
「疑いたくない、信じたくない。
でもうね婆ちゃんは、恨まれる人がいっぱいいたから」
「そ、そうなのか?」
「会社を持っていたし、その会社筋を調べたら殺した人が出るかもしれない」
「おう、そうだよな。
そうだよ。俺じゃない、柚乃でもない。
うね婆さんの会社と取引をしていた、誰かが殺したんだ」
成沢が、勝手に結論をつけていた。
でも、そんな人が本当にいるのだろうか。
会社経営らしき人間は、この展望室には見当たらない。
OL二人も、動画配信者も、マッシュルームの女も、それと私や警備員の印南。
スーツ姿の二人も、経営者に見えない。みんな2,30代の若さに見えた。
「それと、私も気になったことがあるのですけど」
「どうしました?」
「女子トイレに入ったとき、少し違和感があったんですよ。
変なにおいが、したというか」
「においがするのは、トイレだからじゃないのか?」
「そういう匂いじゃない。何か不思議な甘い香り。
いや、スイーツのような甘酸っぱいにおいがしたんです」
私の言葉に、印南が首をかしげていた。
その言葉に動いたのは、茶色のスーツの男性だった。
「それって、イチゴのようなにおいがしませんでしたか?」
「え、ええ」
茶色のスーツを着た男性の言葉に、私は鼻の微かな感覚からそう思えていた。