018
そうだ、俺は殺していない。
殺していないのなら、堂々としていればいい。
それでも、動機という点では俺は圧倒的に不利だ。
結婚を反対されて、俺には恨みがあった。
柚乃も、結婚を反対されているけど…まさか柚乃が殺したのだろうか。
ベンチのそばで、柚乃が泣いていた。
その涙は、偽物ではない。俺はそう信じていた。
でも疑われやすいのは、俺と柚乃だ。
ほかの人間は、うね婆さんとの接点がない。
いや、本当にないのだろうか。
頭の中で、俺の思考がぐるぐる回っていた。
(いったん冷静に考えよう)
俺は、女子トイレに行った覚えもない。
女子トイレ…そういえばうね婆さんが行ったのは21:50ぐらいだろうか。
エレベーターが停止される、少し前だ。
「うね婆さんが死んだとして、その推定時刻はわかるのか?」
「わからないけど、21:48には彼女は私のカフェにいました」
黒いベストに白シャツのバーテンダーの格好をした女性が、静に答えた。
彼女は、カフェというよりバーの店員。
長い茶髪にカチューシャ、凛とした顔は大人びていた。
名前は確か、『砂川』とか言っていた。
ついでに、彼女がトイレを利用しようとしたときうね婆さんが倒れていた。
「時間は21:50ぐらい。
そこでうねさんが、女子トイレに入った。確か俺はそう見ている。
柚乃、お前も見ているよな?」
「ううっ」柚乃は、俺の言葉も無視して泣いていた。
「なるほど21:50。エレベーターの停止は21:58。
アナウンスが起きて最後のエレベーターが停止したまで僅か8分程度。
その間に、死んだのか」
印南が経緯を、まとめていた。
ここにはうね婆さんを運ぶ四人が、彼女を囲んで立っていた。
印南のそばで、砂川。さらには婆さんの孫娘の柚乃が泣いていた。
うね婆さんは確か71歳だ。
心臓病で急死は、なくはない年齢だ。
だが病気をしていたとか、病院通いだったとかという話を聞いたことがない。
元気をそのまま表現した、婆さんだ。
「それでも、やはり殺人はおかしいと思う。
このタワーに上がる前、お前たち警備員が持ち物検査をするだろう。
エレベーター前で、やっていたあれはなんだ?」
「そうだな、確かに手荷物検査をしていた」
印南はしていないけど、彼と同じ制服を着た人間がエレベーターに乗り込む前に検査をしていた。
簡単な手荷物検査をして、刃物の確認をしていた。
「まあ、うね婆さんには外傷もないけど」
「それなんだが、やっぱり病気じゃないのか?」
俺と一緒に運んだ、波多野が険しい顔で静かに眠るうね婆さんをそう見ていた。