016
(BACOI‘S EYES)
ほんの数分前。
私は、カフェの中にある椅子に座っていた。
私の組織は、すでにいくつかのサポート行動をしていた。
(電波妨害には成功したが、エレベーターを封じてきたか)
さっきまでエレベーター前にいた人間は、いつの間にか散っていた。
展望台にいた私たちを仕切っていたあの警備員が、すでにいない。
女子トイレに入って、死体を動かすことにしたようだ。
一緒にいた男性は、全員いなくなっていた。
つまり、女子トイレの外には女性しかいない。
カフェに3人、展望室に2人、エレベーターに1人。
女子トイレには男性4人が、全員集まっていた。
(ジョンソンは、おそらく男子トイレにいる)
取引相手の男性は、さっき私が殺した老婆のところだ。
向こうが欲しがる『エノシガイオス』の効果を、今頃直視で確認しているのだろう。
(あの老婆を、おそらく運ぶのは外に出すため)
日本の警察は、無能なのだろうか。
いや、それは逆だ。
チョウルイベギマの関西支部が、日本の警察の手に墜ちた。
つまり私のエノシガイオスの効果を、どうやら知っているようだ。
普通に考えれば、死体を動かすということをしない。
現場をそのままにして、調査やら検証をするのが普通。
それでも動かしてきたというのは、においによる証拠隠滅を防ぐためだろう。
エノシガイオスの空気が、トイレに漂いやがて死体を腐らせる。
その腐敗は、普通の死体よりもずっと早い。
あっという間に骨になり、数時間もたたずに骨さえも消えてしまう。
そんな中でも、私は考えていた。
(それとも、刑事は女性か?)
外に出ているのが、6人。
私以外の誰かが、刑事という可能性が残っていた。
(まあ、何にせよ今はジョンソンに対する情報を本部から待たないといけない)
私の耳には、イヤホンがついていた。
それでも電波障害が、起こっていた。
本部の無線と、警察側の電波が互いに潰しあっているのだろう。
だけど、刑事側の抵抗もあってボルシュニクの連絡が流れない。
カフェの奥に一人座っていると、間もなくして女子トイレの方から人が出てきた。
それは、老婆を運ぶ二人。
一人は、茶色のスーツの男性。
もう一人は、茶色のジャケットを着ていたぼさぼさの髪の男性。
(スーツの男性は、上原と言っていたな。
あっちの汚らしい男性は、名前は成沢)
スパイの勘だと、怪しいのは成沢だ。
ぼさぼさの髪で、汚らしい顔。
成沢こそが、ジョンソンかもしれない。
さらに、女子トイレを見ていると、足を持った二人組が見えた。
頭を持った二人組も、名前を聞いていた。
(警備員の印南と、グレースーツの波多野)
印南が、ここの警備をしている。
仕事上、彼が刑事としているのが一番可能性は高いだろう。
エレベーターの前で仕切る彼の動きは、よく目立つ。
グレースーツの男性は、この10人の中で一番背が高いのか。
などと思いながら、私はイヤホンに耳を傾けた。
「ザーザー、あっ!」
イヤホンから、間もなくして声が聞こえてきた。
電波妨害からも、ようやくボルシュニクからの連絡がつながった。
ノイズが途切れ、ようやく音声が聞こえた。
「バーコイ、聞こえるか?」
「はい、ボス」
「早速だが、取引相手の話をする。
我が国と戦う反乱軍の工作員、ジョンソン・ブリューワ」
「今、展望台にいるのか?」
「ザーザー…いる」
「ちょっと、誰なんだ?ジョンソンは?」
ノイズが入って、最初は聞き取りにくかった。
そのあと、私は小声で会話をつづけた。
「それは…」
私は、イヤホン越しに取引相手の『ジョンソン』の情報を聞き出していた。