015
普通なら、女子トイレに入ることはない。
俺は男だし、犯人が女なら婦警が代わりに行けばいい。
それはいつもの仕事だ。
だけど、この展望室に潜入したのは俺一人だけ。
無論単身で来たわけじゃないが、俺の相棒が下で待機していた。
エレベーターを止めた理由の一つが、警備体制を整える時間稼ぎでもあるのだ。
展望台の女子トイレは、男子トイレの隣。
通信妨害が起こる少し前、トイレ前の防犯カメラが写っていた。
そこには、鵤という老婆が入っていくのが見えた。
だが、鵤は出てくることがなかった。
今頃、相棒で先輩刑事の国木が通信の復旧を行っているはずだ。
女子トイレに入ると、確かに一人の老婆が倒れていた。
完全な窒息死で。生きていないのがすぐにわかってしまった。
トイレの床に倒れた老婆には、傷は一つない。
首にも絞められた跡がなくて、それでも青白い顔を見せていた。
「一応ご老体なので、安定的に動かしたくて」
「こういうのって、警察を呼ばずに動かしていいんですか?」
当然の質問を、波多野が聞いてきた。
どうやら、俺のことをまだ刑事だと認識していない。
無論、ここで彼にバラす必要もない。
「いいんじゃねえの?」
俺と波多野、それから印南のほかにもう一人の男性がいた。
ぼさぼさの髪型のジャンパーの男性。彼の言葉だ。
少し小太りで、ジーンズを履いていた。
「彼は?」
「あの鵤おばあさんの孫と、付き合っている成沢さんです」
紹介したのは、印南。
見た目は、完全な無職の男性。
無精髭なところと、猫背なところがそう見えた。
「成沢さん」当然、俺は成沢を見ていた。
「なんだよ?」
「あのおばあさんとは知り合いですか?」
「柚乃のばあちゃんだ」
成沢は、険しい顔を見せていた。
悲しいというより、どこかほっとした顔にも見えた。
「そうですか、自分も祖父や祖母を若い時に亡くしたから」
これは、俺の数救いない本当の話だ。
だけど、成沢は小さくつぶやいた。
「あんな婆、いなくて済々する」
成沢の小さなつぶやきを、俺は聞き逃さない。
だけど、その場でそのつぶやきを聞き返さなかった。
おそらく、この婆さんと成沢には何かが因縁のようなものが見えた。
成沢にとって、婆さんとのやり取りで都合の悪いことがあるのかもしれない。
俺がそう考えていると、波多野は老婆の足元に来ていた。
印南も、波多野の近くにいた。
「とりあえず、運んでいいのなら運ぼう」
「ああ」
「私と印南さんが足を持って、そちらの二人は頭を持ってもらっていいですか?」
「ああ、そうだね」
俺は隣にいる成沢と、頭の方に歩いていた。
歩きながらも、俺ははっきりと確信した。
(この中に、ジョンソンがいる)
老婆、『鵤 うね』の頭を丁寧に持ちながら、俺ははっきりと思っていた。