014
俺たちのそばに来た彼は、警備員だ。
電話をした相手で、遠くから俺はじっと見ていた。
彼の所属する警備会社とは、すでに話がついていた。
俺に近づいた瞬間、彼の目線がちらりと俺に向けられた。
一瞬に、確認したのだろう。合図の親指を。
「お二人は、知り合いですか?」
「いいえ」
「そこのラウンジで、たまたま知り合ったんです」
俺と波多野は、少し離れたラウンジに立っていた。
このあたりだと、エレベーター前も見やすい。
印南の動きも、しっかりと俺は見ていた。
「なるほど、失礼ですがお名前を教えてもらってもいいですか?」
「ああ、俺は上原……神戸市内の会社に通う、普通の会社員」
無論、これは偽名で嘘だ。
だけど右指の親指を立てて、印南に合図をした。
合図された印南は、俺にそれ以上の追及をしなかった。
「私は、波多野といいます。
広告代理店勤務で、出張で帰りにここに来ました」
「上原さんと、波多野さん」
印南は、きっちりメモを取っていた。
いろいろと、理解できない状況だけど彼の受け止めは冷静だ。
彼は、いい刑事になれるかもしれない。俺は彼の態度を見て、そう思った。
「上原さんは?」
「まあ、気分転換。
あまり会社でうまくいかなかったんで、高いところに上りたくなった」
「なるほど」もっともらしい理由で、返答した。
「それで、お二人に早速協力してほしいんですが」
「なんですか?」
「女子トイレの死体を、動かしてほしいのです」
印南は、俺と波多野に女子トイレに行くよう促してきた。
(この流れは非常にいい流れだ。印南は、意外と気が利くな)
その一方で、隣の波多野をじっと見ていた。
「ええ、構いませんよ」
波多野もまた、即答で返事をしていた。