012
展望台には、いろんな人間がいた。
夜の展望台は、いろんな人間が集まるようだ。
大きな窓には、神戸の夜景が見えた。
あまりにもきれいな景色だが、展望室は一階に全員揃っていた。
特に密集したのはエレベーター前の広場。そこで、困惑した客がほとんど集まっていた。
殺人事件を、自分が公表した。
公表したし、すでに警察もここに潜んでいた。
「キナ?ああ、動画配信者か」
自動棒を見て、自分は理解した。
ポーズを決めるキナは、そのまま自撮りをしていた。
「というか、ここは撮影禁止場所だけど」
「えー、細かいこと、ええやん」
自分は、キナンの自撮り棒を取り上げようとした。
キナンは、自分の手を軽々とすり抜けた。
そのまま体を、反らして自分の手を抜けていく。
「だから、撮影禁止」
「うち、再生回数上げたいねん」
「ダメです」
そんなキナンのそばに、一人の女が立っていた。
少し背の低いマッシュルームカットの女が、手を伸ばす。
キナンより背が低い女は、キナンに手を伸ばす。
不意を突かれたのか、キナンの持っていた自撮り棒をつかんだ。
「あっ、ちょっと」
「ルールはルールですから」
キナンより小さな女は、簡単に自撮り棒を奪っていた。
そして、マッシュルームカットの女はすぐさま自分の方に自撮り棒を手渡す。
「はい、警備員さん」
「あ、ありがと」
キナンの自撮り棒を、自分は受け取った。
だけど、自分はそこからスマホだけを外す。
ゴテゴテにコーデされたスマホを、キナンに渡す。
「この自撮り棒は預かるが、スマホはさすがに返す。
ただし、絶対に無断で撮影はするなよ」
自分は険しい顔で、困惑したキナンにスマホを手渡した。
「マジでええん?」
「ああ、さすがに今の社会でスマホを取り上げるのはねぇ」
そこまで、自分は冷徹になれなかった。自分もまだまだ甘い人間だ。
キナは、それを見て笑顔に変わった。
「ありがとー、めっちゃいい人やん」
キナに、ものすごく感謝されてしまった。
「それよりありがとう、君の名前は?」
「薬栗といいます」
短い言葉で、マッシュルームの頭を下げた。
その顔は、少し幼くも見えた。
薬栗が着ている服は、薄ピンクのワンピース。
若い女性の私服で、右肩にポーチをかけていた
(あとは、カフェ店員の砂川さん。
いつも同じ職場で見ていた。彼女は、おそらく違う…はず)
死体の第一発見者。いつも展望室で見ている彼女。
でも、相手は女スパイ。
こういう時の探偵ものって、殺害して成りすますとか…あるのか?
エプロンを脱いだ、砂川がこちらに来ていた。
「印南さん、どうしました?」
「いや、なに…大丈夫です」
砂川さんは、見た目通りのカフェ店員だ。
とりあえず、彼女も少し警戒しよう。
女スパイが潜伏したのは、いつなのかわからないのだから。
あとは、二人。
俺は茶色のスーツと、グレーのスーツを着ている男性二人組に近づいていった。