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第八話 『三王子の粛清』

「八年前、この国では『三王子の粛清』がありましたね。第二王子の暗殺、第三王子の反乱未遂と処刑、そしてそれらとの関わりがあったとして第一王子はあらゆる権利を剥奪の上、この国から追放されました」


 エレミアは小さく頷き、そこまでは知っていることを示す。


 それを確認してから、ユリウス少年は話を続けた。


「我が父ヴィクトリアスは、己の潔白を信じる腹心たちとともに東へ向かいました。途中、何度も刺客に襲われつつも撃退し、無人の荒野を抜けてやっと隣国へ辿り着いたのち、病に倒れたのです……それまでに母を含めて何人もが荒野で亡くなっており、彼らの亡骸は置き去りにするしかなかったそうです」


 エレミアは黙って耳を傾ける。優しい従兄たちの死と、生き残ったもののさらなる悲劇に見舞われたヴィクトリアスとその家族、部下たち。エレミアは何一つ知らず、助けることなど夢のまた夢、己の無力さを今更ながら噛み締める。


 当時、エレミアには何もできなかった。できるはずもなく、自分やアルカディア伯爵家が潰えないよう必死に隠れ、立ち回るしかなかった。あれだけ世話になり、あれだけ好きだった伯母と従兄たちが理不尽な目に遭っていても、たかが十歳の伯爵家令嬢に何ができるというのか、それを思い知っただけだった。


 なのに、ユリウス少年と彼の語るヴィクトリアスは、エレミアを責めはしなかった。


「隣国でも、父はずっと自分を責め、後悔していました。弟王子たちが謀殺されたのも、自分についてきた者たちの半数が隣国へ辿り着けなかったことも、そして自分たちに関わりがあった貴族たちが今に至るまでひどく冷遇されていることも、すべて己の王子としての力不足が原因の災禍(さいか)だった、と」


 エレミアは喉を振り絞って、違う、と言いたかった。だが、それは贔屓にすぎず、何の根拠もない無責任な言葉でしかない。それが悲しくて、俯いてしまう。


 ユリウス少年の目には、エレミアはどう映っているのか。少なくとも、憎んだり蔑んだりといった色は一切なかった。それどころか、過分なほどエレミアへ気遣ってくれている。


「そんなに悲しそうな顔をしないでください。父は親交のあった隣国の商人や将軍を通じて、僕や腹心たちの今後を確かなものにしてくれました。僕の姉はすでに隣国の貴族に嫁いでいますし、王族ともたびたび交流して色々と相談しています。この国に対する切り札の一枚として期待されているのだ、とも思いますが……そんなことよりも、まずはあなたを安全なところに届けます。僕は父と約束したのですから」


 ユリウス少年は相変わらず、エレミアへ手を差し伸べ、微笑みかけてくれる。


 きっとそれは迷わずその手を取り、頭を垂れるべきありがたいことなのだ。


 なのに、エレミアの脳裏にはなぜか、一抹の不安がよぎる。


(本当に、そうなのかしら。ユリウスを疑うわけではないけれど、私ごときをあのヴィクトリアス殿下が気にかけてくださるなんて、ひょっとすると人違いではないかとさえ思ってしまう。いいえ、確かにヴィクトリアス殿下は私の従兄だし、あの方が優しかったことはよく憶えている。だからおかしくなんてない、そのはずよ)


 エレミアは頭を横に小さく振る。長い不遇の生活のせいで気の迷いが生まれたのだ、と自分を納得させ、それよりも今示された厚意に礼をしなければならない。


 ユリウス少年へと、エレミアは言葉に気をつけて一礼と謝意を述べる。


「……私一人のために、国境を越えてわざわざ来てくださるなど、恐縮ですわ、ユリウス殿下」

「僕は王子ではありません。何なら、この国ではあなたが貴族であり、僕は平民どころか生存権の剥奪さえされた一族の出です」

「そのような危険を犯してまで、あなたがこのような国に戻ってくる必要はありませんでした。なのに、私のせいで」


 そう、そこまでして、なぜ。自分は、優しい従兄と甥に、そこまでしてもらうほどの人間だろうか。


 やはり、その思いは拭えない。大した価値もない自分などのために、誰かが危険を犯してでも助けようとしているなど、()()()()()()()()()


 だったらなぜ——もっと早く、助けてくれなかったの。そう思ってしまう自分がどれほど卑しいか。母や姉たち、その子たちが次々と亡くなったあのときの悲しみは、今もエレミアの心に大きな傷を残している。


 その気持ちを表に出すまいと、エレミアは下唇を噛む。溢れ出してしまいそうな心の奥底に積もりに積もっていた泥のような感情を引っ掻き回してはいけない、ユリウス少年には何の落ち度もないのだと自分に必死に言い聞かせる。


 ふと、ユリウス少年が、エレミアの顔を覗き込んでいた。見上げるように、心配そうな顔をして、エレミアはついに涙を堪えきれなくなってしまう。


(ダメよ、恨んではだめ。助けてくれたひとへ、私はただ感謝しなくてはならないの。カリシア子爵家(あんなところ)から救ってくれたのだから……私の嫌な記憶なんて、この子に知らせる必要はない!)


 そんな気持ちは、しまいこんでおかなくては。エレミアはユリウス少年にこれ以上何かを背負わせないよう、心に蓋をする。


 それと知らず、ユリウス少年は、相変わらず優しかった。


「泣かないで、レディ・エレミア。父は言っていました、あなたの不名誉を晴らさねばならない、と。我々と親しかったがゆえに貶められたあなたを救うこと。これこそが、父がやり残したこと、僕に託されたことなのです」


 エレミアは、返事ができなかった。今言葉を紡いでしまうと、余計なことを言ってしまうと分かっていた。だから、頷くことしかできない。


 満月が天頂へ届くまで、そして願わくば今後もエレミアは黙して語らないものを抱え、どうにか何もかもが落ち着くのを待った。


 夜は更け、朝に近づく。あともう少しの辛抱だ、と自分に言い聞かせ、ユリウス少年とともにエレミアは再び出発する。

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