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第四話 『あの日』のこと

 ある日のことだ。


 小さなエレミアは、その日も王城へ出かける準備をしていた。地味だが真新しいエプロンドレスを着て、大きな空の編みかごを用意し、意気揚々と玄関へ向かったところ、母であるアルカディア伯爵夫人に呼び止められた。エレミアと同じ赤銅色の髪は美しく輝き、姉である王妃そっくりの整った顔立ちが、娘にとっても自慢だった。


「あら、エレミア。伯母様にお呼ばれしたの?」

「はい、前に作ったドライフラワーが綺麗にできたから取りにいらっしゃい、って」

「そう、よかったわね。でも、王城は最近不穏だから、早めに帰ってらっしゃい」

「ふおん、って何ですか?」

「うーん……物々しいとか、何となく危険とか」


 当時のエレミアに、母の言いたいことは漠然としか分からなかった。いつも行く王城が、危ないという耳慣れない言葉と結び付かなかったこともあるし、何かあっても伯母や従兄たちがいるから大丈夫だろう、と呑気に思っていた。


 しかし、その日は違った。エレミアは不思議に思いながら見た。屋敷の玄関先から、王城の方角に黒い煙が立ち上っている。


 エレミアを見送ろうと隣にいた母のほうを窺うと、明らかに動揺していた。


「火事? あれは、城壁の尖塔が崩れ落ちているわ!?」


 言われてみて、エレミアは王城の城壁にそびえる見張りの高い尖塔が二つもなくなっていることに気付いた。見慣れた尖塔の一つは途中から折れ、そのふもとから煙が上空まで昇ってしまっている。


 この時点で初めてエレミアは衝撃と恐怖を覚えた。本能的に『何が起きたか分からないが危険』というものを察知し、母のドレスの裾を小さな手で強く握る。


「な、何が起こったのですか、お母様」


 母は、いつになく険しい表情で、エレミアの外出を禁じた。


「エレミア、今日はお出かけしてはいけません。屋敷の中にいなさい。誰か、伯爵をお呼びして! 王城で何が起きたか、早く調べさせないと!」


 母の命令であっという間に使用人たちが忙しなく方々に動きはじめ、母自身も娘を侍女に任せてどこかへ行ってしまった。おそらく、夫のアルカディア伯爵と連絡を取ろうとしていたのだろう。それに、すでに嫁に出した娘たち——エレミアの四人の姉たちの無事を確認しようとした。


 結局、以後エレミアは王城へ近づくことはなかった。


 その日、王城で何があったか、正確に知るものはいない。


 ただ、公式に発表され、事実と確認された数少ない情報——『王妃の乱心』、『第二王子の暗殺』、『それらによる第三王子の反乱未遂と処刑』、『以上のことに関与していた第一王子とその親族のあらゆる権利剥奪、国外追放』——それらを繋ぎ合わせると、浮かび上がってくるのは、たった一つの結末。


 王妃とその一派は、王城内で政治的に敗北したのだ。

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