第十一話 辺境伯との会談 その1
岩山に囲まれた商業都市、その隣に城壁と一体となった城塞。
圧巻の石積み壁と長大な急斜面に囲まれ、それなのにいくつもの橋やトンネルを組み合わせて立体的な街並みを合成したヤルンヴィト辺境伯領都スレーヴニは、間違いなくこの東の辺境において最大の都市であり、もっとも堅牢な城であると言える。
下手すると王都以上の広さはありそうな都市スレーヴニに入ったエレミアとユリウスを乗せた馬車は、真っ直ぐにヤルンヴィト辺境伯の居城へと急ぐ。景色を楽しむ暇もないまま、馬車は薄暗いトンネルを抜けて、跳ね橋の先にある屋敷とは名ばかりのいかつい城門が開くのを待つ。
そのまましばし待つと、そこで馬車を下りるよう衛兵たちの指示があった。
「現在、辺境伯のご命令により最大限警戒を強めていますので、ご足労をかけますがどうか」
慇懃ながらも圧のある指示だったが、ユリウスは黙って従い、エレミアもそれに倣う。
城門を過ぎた先にも続く重装備の衛兵の多さに辟易としながらも、ユリウスは案内役の兵士にこう頼み事をしていた。
「今回はお叱りだから、まず僕が先に辺境伯と会う。彼女はその後に入室させてくれないか?」
そのくらいのことならば、と案内役の兵士は嫌な顔ひとつせず、引き受けた。叱られるとなれば、ユリウスが一丁前に体面を気にして淑女の前を避けたいのだろうとか、見るに大人しい貴婦人が同行するとヤルンヴィト辺境伯の迫力で気を失うかもしれないとか、案内役の兵士からはそういった気遣いが見て取れた。
ありがたいにはありがたいが、しかしエレミアには別の心配もある。
(ユリウスが理不尽に叱られたりしないかしら……会ったことはないけれど、ヤルンヴィト辺境伯は根っからの武人だと聞くし、とても厳しい方かもしれないわ)
立派とはいえ、まだ十を過ぎたばかりの少年ならば、年嵩のいった武門貴族の強面や叫声を怖がるかもしれない——と考えて、エレミアは頭を横に振った。
(……よく考えたら、イシディヤの仲間が斬られた、という時点で相当ひどい状況なのに、ユリウスは冷静そのものだったわ。ここに来るまでも全然怯えや震えなんてなくって、堂々としていたし、ちゃんと対応策があるのかもしれない。なら、多分大丈夫よね)
ヤルンヴィト辺境伯との面会場所、おそらく居城の広間は、エントランスから割合近い一階に置かれていたため、階段を一段も上らず到着できた。辺境伯ならば外部からの訪問客は引きも切らぬだろうから、いっそ出入り口から近い場所に面会の場所を設けた、というところだろう。そういうところは質実剛健な武門らしい屋敷造りだ。
加えて、広間の扉は頑丈そのもの、籠城だってできそうなほどの鋼鉄で作られている。両開きの重たい扉の片方を開くには衛兵が手回しの仕掛けを作動させなければならず、何ともものものしい。
ユリウスは涼しい顔で広間へと歩を進める。その歩みには躊躇も何もなく、問題はなさそうだった。
残されたエレミアは、案内役の兵士が用意した椅子に座り、扉の横で待つ。
すると、中の声がかすかに聞こえてきた。石造りの壁の隙間でもあるのか、エレミアはすかさず耳を澄ませて、ユリウスとヤルンヴィト辺境伯の会話を聞き取ろうと努める。
「遅くなって申し訳ありません、辺境伯閣下」
そのユリウスのまだ少年らしい高めの声に対し、唸るような低い怒声がエレミアの鼓膜を叩いた。
「まったくだ。ただでさえ隣国の蛮族は警戒されるというのに、面倒なことばかりしおる」
ヤルンヴィト辺境伯——迫力たっぷりの重低音だが、よく通る——は辛辣だ。隣国の支援を得てやってきた元第一王子の嫡男ユリウスに対して、その言葉は無礼にすぎる。
しかし、当のユリウスは気にしていなかった。
「以後気を付けるよう厳重に注意しましたので、何卒ご容赦いただければ幸いです」
ユリウスがしれっと挨拶と謝罪を終え、間が空く。
そういえば、ヤルンヴィト辺境伯はユリウスのことを具体的にどう思っているのか、直接ユリウスへ先に所感を聞いておけばよかったのだ。
エレミアは今更ながら後悔する。もしかすると、助言でも何でもできたかもしれないのに。
(い、今からでも遅くはないわよね? これ以上何かを言われつづけるより、私が注目されれば……!)
椅子から急いで立ち上がったエレミアは、「中へ入れてくださいまし」と衛兵に伝える。扉が開こうとするその間にも、ユリウスはまだ叱責の続きを受けていた。
「ユリウス」
「はい。何でしょうか?」
「儂は、お前がヴィクトリアスの息子であるからこそ、長年忌み嫌う隣国の蛮族どもが自領で跳梁することを許している」
「存じております。辺境伯閣下のお慈悲に縋り、我々はこの国で密かに活動できている。それが実情でございます」
「ならば」
片方の扉が開いた。それと同時に、エレミアが早足で広間へと滑り込む。
ヤルンヴィト辺境伯の言葉が途切れた。飾り気のない広間で、エレミアが見たかの辺境伯の姿は、意外なことに几帳面そうな大柄の中年男性だ。強面というより、古傷は目立つものの鷲や鷹のような鋭さを持った偉丈夫で、室内でも鎧兜を脱がない武人かと思いきや、きっちりと貴族らしく詰襟の礼服を着用している。その傍らにおどろおどろしい巨大な武器が何本も立てかけられていなければもう少し観察できたのだが、エレミアはつい振り返っていたユリウスへ助けを求めるように視線を送ってしまった。
城の主人が座る重厚な色合いのアームチェアが、後ろに吊るされたヤルンヴィト辺境伯家の紋章を描くタペストリーに当たったのち床に倒れた。それは割合柔らかい音だったが、ヤルンヴィト辺境伯へと強引にエレミアの視線が戻された。
ヤルンヴィト辺境伯はひっくり返った椅子を気にも留めず、ユリウスさえも通り越して、エレミアを真っ直ぐに見つめていたのだ。
「赤銅色の髪の婦人、だと?」




