第八話:英雄への褒賞と、新たなる始まり
アルバレスト公爵一派が衛兵に連行され、謁見の間の重い扉が閉ざされた後、残されたのは国王陛下とジグムント元帥、そして私たち二人だけだった。
国王は玉座から降り立つと、厳格な君主の顔から、一人の人間としての温かい表情へと変わっていた。
「アシュトン監察官、そしてアリア嬢。見事であった。二人の勇気と忠誠心に、心から感謝する」
陛下はまずカイン様に向き直った。
「監察官。其方の功績に報いる。本日付で、監察局を『王国特別査察局』へと昇格させ、其方を初代局長に任命する。王国にはびこる不正の根を、その力で断ち切るがよい」
「はっ。身命を賭して」
カイン様が、深く頭を下げる。
次に、陛下は私の前に立った。
「そして、アリア嬢。君はもはや、ただの調律師ではない」
陛下は慈しむように、私の手を取った。
「君の『調律』の力は、この国を悪意から守る、かけがえのない宝だ。よって、君に『王室付き筆頭調律師』の位と、『聖女』の称号を与える。これからは、その力を、国と民のために役立ててほしい」
聖女。その言葉の重みに、私はただ立ち尽くすことしかできなかった。
「それから……」と、陛下は悪戯っぽく笑みを浮かべた。「アシュトン局長。二人の個人的な事柄についても、私が証人となろう。英雄には、その隣に立つべき、気高き魂が必要だからな」
それは、私たちの関係を、国王自らが祝福するという、この上ない言葉だった。カイン様は私の手を強く握り、二人で再び、深く頭を下げた。
◇◇◇
王城の庭園を、二人で並んで歩く。
ようやく取り戻した平穏な時間に、私はまだ、夢の中にいるような気分だった。
「私が……聖女、だなんて。なんだか、まだ信じられません」
「君は、俺を救ってくれた」
カイン様が、足を止めて私を見つめた。「絶望の淵にいた俺を、その手で、その力で。それだけで、君は聖女と呼ばれるに値する」
彼の真剣な眼差しに、私の胸が熱くなる。
これまでのこと、これからのこと。私たちは、たくさんのことを話した。
私の新しい称号。彼の新しい役職。もう二度と戻ることのない、ポンコツ置き場での日々。すべてが変わり、新しい生活が始まろうとしている。
「さあ、帰ろうか。アリア」
「はい、カイン様」
「……カイン、でいい」
「えっ?」
「これからは、そう呼べ」
不器用な命令口調。でも、その耳が少しだけ赤くなっているのを、私は見逃さなかった。
「……はい、カイン」
名前を呼ぶと、彼は満足げに、そして少し照れくさそうに頷いた。
国王陛下が私たちに与えてくださった、新しい屋敷へと向かう。そこが、これからの私たちの家であり、新しい仕事の拠点となる場所だ。
扉を開けると、ジグムント元帥からの使いが、一通の手紙を持って待っていた。
「アシュトン局長、アリア聖女様。陛下からの、新たなご依頼にございます」
手紙には、こう記されていた。
『王国の東部、古来より龍が棲むと言われる『龍哭山脈』にて、地脈の魔力が原因不明の暴走を起こしている。麓の村々では、植物が枯れ、動物が凶暴化するなどの被害が出始めている。聖女アリアの『調律』の力で、この地の乱れを鎮めてほしい』
カイン様……いえ、カインは私の顔を見て、にやりと笑った。
「どうやら、ゆっくりしている暇はなさそうだな。行くか、アリア」
「はい!」
私たちの戦いは、まだ終わらない。
ううん、違う。私たちの、希望に満ちた新しい物語が、今、ここから始まるのだ。
私は、愛する人の隣で、力強く頷いた。
「どこへでも、あなたと一緒なら」