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第七話:王の御前、真実の調律

 謁見の日の朝、王城の空気はガラスのように張り詰めていた。


 私が身に纏った深い青色のドレスは、まるで戦場へ向かう騎士の鎧のように感じられた。隣を歩くカイン様は、獅子の刺繍が施された礼服を堂々と着こなし、その姿は一分の隙もない。私たちは、もう二人だった。その事実だけが、私の恐怖を打ち消してくれた。


 壮麗な扉が開き、謁見の間へ足を踏み入れる。


 玉座には、鋭い知性の光を宿す国王陛下。その傍らには、私たちの後ろ盾であるジグムント元帥が、厳しい表情で控えている。


 そして、その対面。権勢と自信に満ち溢れた、アルバレスト公爵が、息子をはじめとした一派を引き連れて、悠然と佇んでいた。


 私たちが国王の前に跪くと、アルバレスト公爵が、まるで慈悲深い助言を与えるかのように口を開いた。


「陛下。我が国が誇る『氷の監察官』が、何やら根も葉もない噂に振り回されていると聞き、心を痛めております。聞けば、素性の知れぬ娘の、怪しげな力に心酔しているとか。若き英雄の将来に、傷がつかねばよいのですが」


 先手を打って、私を『怪しげな娘』、カイン様を『騙されている愚か者』に仕立て上げるつもりだ。


 しかし、カイン様は挑発に乗らなかった。彼は立ち上がると、国王陛下にのみ、深く礼をした。


「陛下。本日は、王国の安全保障を揺るがす重大な脅威について、ご報告に参上いたしました」


 カイン様は、ケストレル砦での一件から、呪矢の発見、リヴェンでの調査結果までを、冷静かつ論理的に奏上していく。証拠として、あの『呪矢』が恭しく玉座の前へ運ばれた。


 報告を聞き終えたアルバレスト公爵は、鼻で笑った。


「馬鹿馬鹿しい。状況証拠と、裏社会の犯罪者の証言だけで、我がアルバレスト家を罪人だと? 監察官殿も、随分と想像力豊かになられたものだ」


 その傲慢な態度に、謁見の間が静まり返る。


 その時、カイン様が言った。


「陛下。物的証拠だけでは語られぬ真実もございます。私の専門官であり、世界で唯一の『調律師』であるアリアに、この呪矢に残された『記憶』を調律する許可をいただきたく存じます」


 国王陛下は、ジグムント元帥と視線を交わした後、厳かに頷いた。


「許す」


 すべての視線が、私に突き刺さる。


 私は一歩前へ出ると、呪矢には触れず、そっと目を閉じた。意識を集中させると、あの冷たい悪意の残滓が、どろりとしたヘドロのように流れ込んでくる。


『……ケストレル砦の、あの新しい通信石は邪魔だ。あれを持つ騎士ごと、確実に沈黙させろ』

『御意。呪矢を使えば、魔獣の仕業に見せかけるのは容易いかと』

『うむ。報酬は弾む。失敗は許さんぞ……』


 暗い部屋。蝋燭の光。そして、命令を下した男。その指には、一際大きく、精緻な銀の蛇をかたどった指輪が嵌められている。


 私は目を開け、震える声で、しかしはっきりと告げた。


「……見えました。暗い部屋で、この矢の発注が行われる光景が。『新しい通信石は邪魔だ。騎士ごと沈黙させろ』と……。そう命令した方の手には、銀の蛇の指輪が……」


 「戯言を!」アルバレスト公爵が激昂して叫ぶ。「そのような幻術で、陛下を欺けると思うな!」


 だが、その時、今まで沈黙を守っていたジグムント元帥が、重々しく口を開いた。


「陛下。アリア嬢が言及した『新しい通信石』は、騎士団が極秘に開発していた試作品にございます。その配備の事実は、騎士団最高司令部と、軍事予算を監督するアルバレスト公爵、その側近しか知り得ぬ情報。なぜ、ただの工房の娘がそれを知っているのでしょうか」


 元帥の言葉は、決定的な一撃だった。


 公爵の顔から、血の気が引いていく。


 国王陛下は、冷徹な声で、静かに、しかし謁見の間のすべてを震わせるほどの威厳をもって、命じた。


「アルバレスト公爵。その右手の指輪を、朕に見せてみよ」


 万事休す。


 公爵は、わなわなと震えながら、己の右手を隠すように後ずさった。


「衛兵! アルバレスト公爵、並びにその一派全員を捕らえよ! 国家反逆の嫌疑で、身柄を拘束する!」


 国王の号令一下、屈強な近衛兵たちが、呆然と立ち尽くす公爵たちを取り囲んだ。王都を牛耳ってきた絶対的な権力の、あまりにも呆気ない崩壊の瞬間だった。


 裁きが下され、騒然とする謁見の間で、カイン様は私の隣に立つと、そっとその手を握りしめた。


「……よくやった、アリア」


 その手は、温かかった。


 こうして、王国の存亡を揺るがした大いなる陰謀は、一人の名もなき調律師の力によって、白日の下に晒されたのだった。

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