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第一話:ポンコツ置き場の調律師と堅物の監察官

 王都魔道具工房の片隅、通称『ポンコツ置き場』。


 そこが、私の職場だ。


 成功作が並ぶ華やかな表の工房とは違い、ここは失敗作や暴走した魔道具が打ち捨てられる墓場。焦げ付いたマナの匂いと、満たされない命令の残骸が澱のように溜まっている。


「よしよし、辛かったわね。あっちへ飛べ、こっちへ飛べって、無茶な命令をいっぱい詰め込まれちゃって……」


 私は、羽が片方折れてしまったブリキの伝書鳥にそっと話しかけながら、その小さな頭を撫でた。私の指先から、ごく微かな魔力が伝う。それは命令する魔力じゃない。絡まった糸を優しくほぐすような、『調律』の魔力。


 すると、伝書鳥の内部で黒く淀んでいたマナの塊が、ふっと霧散した。もうめちゃくちゃな命令に苦しむことはない。あとは翼を直せば、また飛べるだろう。


「アリア! またガラクタと話してるのか。気味が悪い」


 工房長の甲高い声が飛んできた。彼は鼻をつまみながら、一つの魔道具を私に放り投げる。掌サイズの、美しい虹色の巻貝だ。


「これ、貴族様からの返品だ。録音した声を再生するはずが、悪口しか言わなくなったらしい。お前に任せる。どうせ捨てるもんだ、壊しても構わん」


 『音写の巻貝』。繊細な魔道具で、録音者の強い感情がこびりつきやすい。きっと、持ち主が誰かの悪口を録音しては、一人で聞いて楽しんでいたのだろう。その負の感情が、貝にこびりついてしまったのだ。


 私がその巻貝に手を伸ばした、その時だった。


 工房の入り口がにわかに騒がしくなり、悲鳴のような声が上がった。


「き、騎士団監察局の、カイン様がなぜここに!?」


 工房の誰もが、凍り付いた。


 王立魔道具騎士団・監察局。それは、魔道具の不正利用や欠陥を調査する、エリート中のエリート集団。そして、カイン監察局長といえば、その冷徹さと完璧主義で『氷の監察官』と恐れられる人物だ。


 長身に、寸分の隙もなく着こなした漆黒の制服。切れ長の瞳は、まるで獲物を探す猛禽のように鋭い。工房長がへりくだって出迎えるが、カイン様は一瞥もくれなかった。


「この工房で、意図的に『不調律』にされた魔道具の反応を複数確認した。案内しろ」

「ふ、不調律ですと!? 滅相もございません!」

「私の魔力探知器がそう示している。時間の無駄だ」


 カイン様はそう言うと、工房長を無視して自ら歩き出した。そして、その足は迷いなく、誰もが避ける『ポンコツ置き場』――私の仕事場へと向かってきた。


 彼は、私が手にしていた『音写の巻貝』を見て、ぴたりと足を止める。


「……なんだ、この淀みは」


 カイン様の目が、鋭く巻貝に向けられる。


 私は心臓が跳ね上がるのを感じながらも、仕事だから、と自分に言い聞かせ、巻貝の『調律』を始めた。そっと両手で包み込み、内部にこびりついたドロドロの感情に意識を集中させる。


『お前なんて、大嫌いだ』

『失敗すればいい』

『惨めな姿ね』


 持ち主の醜い感情が、私の頭の中に流れ込んでくる。気持ち悪い。でも、この子(巻貝)はもっと辛かったはずだ。私はその感情の糸口を見つけ、そっと、優しく引き抜いていく。


 私の様子を、カイン様が息をのんで見つめていることに、私は気づいていなかった。


 彼の目には、常人には見えないものが見えていた。巻貝の内部で、黒く、禍々しく絡み合っていたマナの糸が、アリアの指先から放たれる柔らかな光によって、一本、また一本と綺麗に浄化されていく様が。それは、彼が今まで見たどんな高度な修復術とも違う、神業のような光景だった。


 やがて、最後の一本の淀みが消え去る。


 私が巻貝に「綺麗な歌を思い出して」と念じると、貝殻は淡い虹色の光を放ち、澄み切ったソプラノの美しい旋律を奏で始めた。


「で、できました!」

「ほ、ほう! アリアもたまには役に立つな!」


 工房長が慌てて駆け寄り、手柄を横取りしようとする。だが、カイン様は彼を完全に無視していた。その氷のような視線は、私だけに注がれていた。


 彼はゆっくりと私に近づくと、低い、けれどよく通る声で尋ねた。


「君が、ここの『調律師』か」


 そして、彼は『ポンコツ置き場』の山から、騎士団の紋章が入ったまま壊れている通信用の魔晶石を拾い上げた。それは内部回路が焼き切れ、誰もが修理を諦めたものだった。


「これを、やってみせろ」


 有無を言わさぬ命令だった。


 私は恐怖で震えながらも、その魔晶石を受け取り、同じように『調律』を始める。これも、誰かの強い焦りや怒りの感情が暴走した結果だ。私がその感情を鎮め、正常な魔力の流れを取り戻した瞬間、カイン様の目が確信に変わった。


 彼は私の手から魔晶石を取ると、まっすぐ私を見据えて、宣言した。


「アリア、だったか。君を、本日付で王立魔道具騎士団・監察局付きの専属調律師として任命する」

「…………はい?」

「これは決定事項だ。異論は認めん」


 私の間抜けな返事と、工房長の引きつった顔を置き去りにして、堅物の監察官様はそう言い放った。


 私の地味で平和な日常が、音を立てて崩れ始めた瞬間だった。

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