09 いつもの四人
カラオケボックスで知らないアルファに絡まれたのを助けてくれたのは、同じ高校の同級生で佐久星司といった。
友人と遊ぶ約束をしていて少し早く着いたから、先に受付でも済まそうと入店したら、おれが絡まれているところに遭遇したらしい。
後で飯田くんに佐久星司くんって知ってる? って聞いたら、すごく有名な人でとてもモテるんだと言っていた。
おれの交友関係はめちゃくちゃ狭くて、特にアルファクラスの人なんて知るわけがなかった。けど、佐久くんはおれのことを知っていて、ずっと見てたっていうんだ。
『由比くんと森島くんと天間くん。第二の性の違う三人がいつも一緒だって有名なんだよ』……なんて言われたけど、そんな話は初耳だった。まぁ、話題にする友達もいなかったから、仕方がないか。蒼人や太陽は知ってたんだろうか。
『でもそれならなんでみんな話し掛けてこなかったんだろ?』そう問いかけたら、ちょっと首をすくめて、『ずっと森島くんが周りを威嚇してたから、みんな近寄れなかったんだって』困ったようにそう言った。
威嚇ってなんだ? 蒼人はとても穏やかで、俗に言うアルファらしさというのをあまり感じたことがない。
だからどうにも腑に落ちなかったけど、深く追求するのはやめておいた。
助けてもらったお礼をしたいと申し出たけど、『疲れただろうし、今日はもう帰りなよ』そう言ってくれた佐久くんの気遣いに甘え、お礼はまた日を改めることにした。
おれも飯田くんもそのまま遊びに行ける気分でもなかったし、また学校で会えるだろうということで、次の約束をすることなくそのまま解散することにした。
佐久くんは心配だからと駅のホームまで付いてきてくれた。『本当は家まで送りたいけど、送り狼になったら困るから』なんて冗談を言って笑う。
イケメンだし、勇敢だし、優しいし、気遣いも出来るし。それなのにおちゃめに冗談も言う気さくな人。飯田くんが『佐久くんはとてもモテる』と言っていた意味がわかる気がした。
変なアルファに絡まれてから一ヶ月ほど過ぎた。梅雨も明け、窓を閉めてエアコンをかけている教室の中にいても、聞こえてくるセミの大合唱。耳障りだと思いつつも、夏だなーと季節を実感する音だった。
夏休みも目前となっていたある日、いつものように、自分のクラスではなくオメガクラスにやってきたのは、ベータの太陽だった。
「麻琴ー。星司知らねー?」
朝練から戻ってきた太陽は、額から滑り落ちる汗をタオルで拭きながら教室に入ってきて『やっぱ、教室は涼しいなー』と満足げに言いながら近くの椅子へと座った。
「んー? 知らないけど」
そもそも、ここはオメガクラスだ。ベータならまだしも、アルファがそう簡単に入り浸って良い場所ではない。高三ともなると、初めてのヒートを迎えている生徒も多くなっていて、先生たちの目も厳しくなっていた。
「放課後勉強教えてもらおうと思ったんだけどなー」
佐久くんに助けてもらったことを話した日、おれが褒めちぎったせいか『どんなやつなのか見極めてやる』と、まるで保護者みたいなことを言いながら意気込んで対面したけど、実際に会って話をした佐久くんの対応がとても良かったらしく、『案外良いやつじゃないか』って、あっさり手のひらを返したんだ。
それからなんかすっかり懐いちゃって、まるで飼い主の足元にまとわりつく子犬のようになった。
名前もいつの間にか『星司』『太陽』と呼び合う仲になっている。ちなみにおれは相変わらず『佐久くん』『飯田くん』のままだ。
おれ達との時もそうだったけど、太陽は人の懐に入るのが上手いんだ。人懐っこくて本当に子犬みたいだ。
そんな感じなので、いつの間にかおれの周りには太陽の他に、飯田くんと佐久くんがいることも増えて、一気に賑やかになった。四人とも結構話すので、みんなで集まると話題も尽きない。
物心ついた頃から一緒にいた蒼人は口数が少なくて、いつも話すのはおれだった。それでも、嬉しそうに時折相槌を打ちながら話を聞いてくれる。
賑やかなやり取りに憧れることもあったけど、蒼人と二人きりの安心する空気感が好きだった。
だから、蒼人が戻ってくるまでは、一人の時間を満喫したり、太陽と他愛もない話をするだけで十分だと思っていた。
「アルファクラスは登校時間も早いし、早朝から授業があるから、こんな時間には来ないだろ」
性差別が少なくなったと言われているとはいえ、アルファに優秀な人材が多いことには変わりがないので、特別授業も多いらしい。もうすぐ夏休みだけど、なにやら夏休み中も勉強合宿があったりと大変みたいだ。
「夏休みは、星司抜きで遊びに行くかー」
うーんと大きく背伸びをし、太陽は鞄からスマートフォンを取り出し、何やら検索し始めた。
「麻琴はどっか行きたいところある? せっかくの夏休みだし、泊まりなんかも楽しそうだよな」
ウキウキした様子でスマホ画面をタップするけど、大事な時期なのに? と、少し困惑気味のまま無言で立っているおれに気付いてこちらを見た。
「もちろん、やるべきことはちゃんとやるさ。でも息抜きもしないと、変なところで力入りすぎて失敗に繋がったりすんだよ」
そう言いながらニカッと笑うと、ピースサインを作って見せた。
ノープランでその時が楽しければそれでオッケーみたいな性格に思わせておいて、案外色々と考えてるんだよなぁと、スマホ画面をじっと見つめる太陽を眺めながらそう思った。