夏祭り 1(蒼人視点)
「今年こそは、ちゃんと花火を見る!」
テレビから流れてくるのは、夏祭りのイベント情報。手元にあるのは、雑誌の夏祭りの特集記事。さらにテーブルに置かれたスマホにも、夏祭りの検索ページ。
何故麻琴がこんなに気合を入れているのかは、容易に想像できる。
麻琴は昔から、花火や太鼓のような大きな音が大の苦手だ。
毎年お祭り自体は楽しめるのに、メインの打ち上げ花火間近になると、そわそわして落ち着かなくなってしまい、結局、花火鑑賞を諦めて早めの帰宅となることが多い。
去年はなんとか花火鑑賞までこぎつけたものの、俺が膝に座らせ包み込んで、耳に手を当ててやって、やっと安心をして夜空に打ち上がる花火を見上げることが出来た。
麻琴は、抱きしめていた俺の腕を、ぎゅっと握りしめたままだったけど。
「去年はさ、一応花火見れたけど、今度はちゃんと音も聞きたいんだ。そしたらもっと感動できるだろ?」
目を輝かせて言う麻琴が可愛くて仕方がない。
でも、そう簡単に克服出来るものではないと思っている。
麻琴の頑張りを否定するつもりはないけど、無理をしてほしくない。
「そのことなんだけど」
俺は、昨年の花火大会のあとから考えていたことを、麻琴に伝えようと口を開いた。
「会場まで行って見る花火もいいけど、花火が見れる温泉宿に泊まるというのはどうだろう?」
「温泉宿?」
「そう。花火を部屋から見れたり、温泉に入りながら見れたりするところもあるんだ」
「温泉に入りながら!? それは凄いね!」
麻琴は、ぱっと目を輝かせて、俺に抱きついてきた。
「蒼人凄い! なんでも知ってるんだね」
「もし音が気になるようなら、窓を閉めて部屋から見ることも出来る」
「そっかぁ。それなら安心だ。これで蒼人もゆっくり花火を楽しめるね」
俺の腕の中にいる麻琴は、嬉しそうにスリスリと頬ずりをしながら言った。
「え?」
「ん?」
麻琴は顔を上げて、ん?っと顔をかしげた。
か、可愛い……。
「俺だって蒼人とゆっくり花火を見たいけど、音が大きくてドキドキしちゃうし、仕方なく帰る時が多くて悪いなぁって思ってたんだよ」
そんな事を考えていたのか……。
俺はいじらしい麻琴が可愛くて、ぎゅっと抱きしめる腕に力を入れた。
「ありがとう。……俺は麻琴と一緒なら、どこにいても何をしていても楽しいから大丈夫だ」
俺の言葉に、麻琴はそっかぁ……と嬉しそうにつぶやくと、再び俺の胸へ顔を埋めた。
夏祭り当日。
屋台が並ぶ中、お揃いの浴衣を着て、ふたり手を繋いで歩いていた。
浴衣は宿のサービスで、サイズ違いでお揃いがあったのでそれを借りることにした。
初めは俺が差し出した手を、恥ずかしそうにちょっとだけ触れるように握ってきたけど「みんな祭りに夢中だから、気にしないでも大丈夫だよ」と伝えたら嬉しそうにぎゅっと握り返してきた。
俺達は番になっているから、夫夫も同然だ。隠す必要もないし、照れることもない。
それでも、いつまで経っても初々しい反応を見せる麻琴が可愛い。
きっと年老いておじいさんになっても、可愛い麻琴のままなのだろう。
宿での食事もあるから、たこ焼きを1パック買って分けて食べて、あとは甘いわたあめでも買う?と言いながら屋台を探していた。
「あ! りんご飴食べたい!」
俺の手をするりと抜けて、急に走り出す。
幼稚園児か! とツッコミを入れたくなるような行動に、それも可愛いなと思いながら急いで後を追った。
「丸々1個の大きいやつが食べたいな」
目の前には、まるで宝石のようにキラキラと輝くりんご飴。その場でカットしてくれるサービスもあるらしい。
でもせっかくお祭りで買うなら、丸々1個のほうが雰囲気も出るだろう。
「ほらよ。落とさないようにしっかりと持つんだよ」
そう言ってりんご飴を渡された麻琴の顔をちらっと見ると、案の定、少し口をへの字にしていた。
確かに麻琴は年齢より若く見られると思う。オメガということもあってか、華奢だし一般男性よりも身長も低い。
全てのオメガが……というわけではないが、第二の性が判明する前から特徴が出やすいと言われている。
腰を下ろして食べられるところを探し歩いている間、麻琴は何やらブツブツと言っていた。
男としてのプライドだってあるし、気持ちは分かる。それでも俺は、腕の中にすっぽり収まるサイズがちょうど良いと思っている。本人には言えないけど。
時計を見ると、予定の時間をオーバーしてしまっていた。宿で夕食をとってから花火……と考えると、そろそろ戻らないといけない。
「麻琴。時間が無くなりそうだから、りんご飴は後で食べよう」
「もうそんな時間? 歩きりんご飴したかったけど、遅くなったら困るもんね」
歩きりんご飴って言い方、可愛いな。今度叶えてやらなきゃ。
「あおとぉ……」
少し歩くと、麻琴がピタリと歩みを止めた。
「ん? どうした?」
「足痛くなってきちゃった……」
しゃがんで足元を見ると、慣れない下駄で歩いたせいか赤くなってしまっていた。
「あー。痛そうだな」
俺はそう言うと、麻琴の前方に腰を落とした。
「ほら、背中に乗って」
「えっ……」
「ほら、時間なくなるぞ?」
「う、うん……」
『おんぶ』してやるよと背中を差し出した俺に、一瞬戸惑ったようだけど、時間がなくなると聞いて、遠慮がちに背中に身を預けた。
「ご、ごめんね。重いよね」
背中に感じる温もりと、耳元で申し訳なさそうに言う言葉に、俺は顔が緩むのを抑えきれなかった。
「大丈夫。背中に麻琴を感じられて、俺は嬉しいから」
言葉足らずが引き起こした事件以来、俺は心の中だけにとどめていた思いを口にするようにしている。言葉にすることの大切さを身にしみて感じたから……。
「っ……。ばかっ」
ばか、なんて言葉とは裏腹に、麻琴の俺への密着度は増していた。
こんな些細なことでも、幸せを感じる事が出来る日々に感謝しながら、少し急ぎ足で宿へと向かった。
(続)




